ロア
| 名称 | ロア |
|---|---|
| 読み | ろあ |
| 別名 | 裏設定文化、断片史、擬似神話 |
| 初出 | 1998年頃(諸説あり) |
| 発祥地 | 東京都秋葉原および国内掲示板群 |
| 主な媒体 | 掲示板、個人サイト、動画共有サイト、配信文化 |
| 関連人物 | 黒沢真吾、M. Thornton、早瀬ユウコ |
| 派生文化 | 都市伝説化、設定共有、擬似考古学 |
ロア(ろあ)とは、インターネット上で断片的な逸話・設定・二次的解釈を集積し、あたかも実在の裏設定であるかのように流通させる和製英語のサブカル概念を指す。これを行う人をロアヤーと呼ぶ。
概要[編集]
ロアは、作品や人物、場所に付随する断片的な逸話を収集・補完し、独自の物語体系として再構成するインターネット文化を指す。原義としては英語のに由来するとされるが、日本では1990年代末に「ロア」という和製英語的な略称として定着したとされる[1]。
この文化では、事実かどうかの厳密さよりも「もっともらしさ」が重視される。特に文化と相性が良く、ロアヤーと呼ばれる愛好者が、投稿ログ、画像のEXIF、地域の古文書、そして時に自作の年表を組み合わせて、半ば共同幻想としての設定史を構築してきたといわれる。
定義[編集]
ロアは、単なるやとは異なり、元の対象に対して「公式では説明されないはずの背景」を付与する行為全般を指す。明確な定義は確立されておらず、作品外設定の補助、配信者の過去譚、匿名掲示板に現れる謎の断片など、含まれる範囲は時期によって揺れがある。
日本のロア文化では、頒布される同人誌や個人運営のアーカイブサイトが重要な役割を果たした。特に2001年以降は、ある種の「設定の出典をあえて曖昧にする作法」が洗練され、引用符や脚注の体裁を真似ることで、信頼性を演出する手法が流行したとされる。
歴史[編集]
起源[編集]
起源については諸説あるが、最も有力なのはからにかけての周辺の個人サイト群に遡るという説である。当時、黒沢真吾という無名のサイト管理人が、架空の旧家文書を模したHTMLページを公開し、それが「ネット上の古文書遊び」として模倣されたことがロアの始まりとされる[2]。
ただし、当の黒沢が実在したかどうかは現在も確認されていない。複数の編集者は、彼の名義で流通したテキストの文体が三種類以上あることから、単独人物ではなく、早期の共同制作チームであった可能性を指摘している。
年代別の発展[編集]
前半には、型の匿名掲示板でロアの共有が盛んになった。特に「一度だけ目撃された設定」「消えた地方番組」「存在しないはずのCD-ROM」のような要素が好まれ、2004年には都内の同人イベントで「断片設定収集冊子」が少なくとも17種頒布されたとされる。
に入ると、動画投稿サイトとSNSの発達に伴い、ロアは短文化・映像化した。1分未満の怪談動画に脚注風テロップを付ける形式が人気を集め、には「10秒ごとに裏設定が増える」と評された配信企画が流行した。なお、この時期にロアは「検証される前提で語られる嘘」という逆説的な娯楽として定着した。
インターネット普及後[編集]
インターネットの発達に伴い、ロアは国境を越えて流通するようになった。英語圏では、韓国では「서사 뒷설정」系の掲示文化、中国語圏では「设定考古」と呼ばれる潮流と接続し、相互に翻案が行われたとされる。
特に以降は、配信者自身が視聴者参加型で自分のロアを育てる形式が盛んになった。コメント欄で補完された年表が翌週には「準公式」として扱われる現象も見られ、ある配信者は半年で自分の来歴が32ページ分に膨張したと述べている[3]。
特性・分類[編集]
ロアは大きく、人物ロア、地域ロア、作品ロア、配信者ロアの4類型に分けられる。人物ロアは過去の発言や交友関係を素材にするもので、地域ロアは実在のやの裏路地、廃駅、旧商店街などを神話化する傾向がある。
また、ロアには「硬質型」と「湿潤型」があるとされる。硬質型は年代・場所・固有名詞を過剰に精密化する形式で、湿潤型は感情的な証言や夢見記録を重視する形式である。どちらも明確な定義は確立されておらず、編集者によって説明が二転三転する点が、むしろロアらしいとされる。
日本におけるロア[編集]
日本では、末期から初期にかけてロア文化が急速に広がった。とりわけ「実在しない地方番組の最終回」「失われたゲームソフトの取扱説明書」「駅名標に一瞬だけ映る文字」といった要素が好まれ、視聴者がコメント欄で補完する共同編集型の作法が発達した。
のやでは、ロアを主題にした小規模イベントが断続的に開かれ、同人誌やカード形式の年表が頒布された。2018年に実施された小規模調査では、都内在住の20代ネット利用者の約18.4%が「ロア的な語りを日常的に楽しむ」と回答したというが、調査母数が214人であるため信頼性には限界がある[要出典]。
一方で、日本のロアは「説明しすぎない美学」と結びつき、オチを明示しないまま終わる形式が好まれた。これにより、怪談、考察、コメディ、PRの境界が曖昧になり、企業アカウントまでもが「商品に裏設定を付ける」投稿を行うようになった。
世界各国での展開[編集]
では、ロアはと結びつき、地方博物館の未整理資料を素材にした動画シリーズとして人気を得た。ボストンの一部コミュニティでは、古い航海日誌を模したロアが「地域アイデンティティを再活性化する」と評価された一方、史料の真正性をめぐる議論も起きた。
では、風の硬い語り口を模したロアが好まれ、架空の鉄道事故や消えた番組編成表が反復引用された。では、アイドルの練習生時代を神話化する「ロア編集」が発達し、のファンカフェ文化と強く結びついた。
またでは、文学批評の伝統と接続され、ロアは「現代の断章文学」として論じられた。こうした国ごとの差異はあるが、いずれも「不完全な情報を集めて完成させる快楽」が核にある点は共通している。
ロアを取り巻く問題[編集]
ロアの普及に伴い、とをめぐる問題も生じた。特に、実在の人物の経歴を改変したロアや、企業広告に近い形式で頒布される設定資料が、事実と誤認される事例が相次いだ。
2021年には、ある出版社がロア由来の年表を無断引用したとして、同人サークルから抗議を受けた事件があった。また、配信プラットフォーム側が「虚偽情報」と「物語表現」の境界を明確に定義できず、削除と復活が数時間単位で繰り返される混乱も報告されている。ロア愛好者の一部は、これを「検閲ではなく編集の一形態である」と主張したが、議論は収束していない。
なお、ロアの自動生成化が進んだ結果、機械学習モデルが存在しない駅名や架空の古書をそれらしく出力する現象が問題視された。東京大学情報文化研究室の報告書は、これを「説明責任を伴わない想像のインフラ化」と呼んでいるが、その表現自体がすでにロア的であるとの指摘もある。
脚注[編集]
[1] なお、英語の lore とは異なる意味で用いられ始めたのは日本独自の経緯であるとする説がある。
[2] 黒沢真吾の存在を裏づける一次資料は現在まで確認されていない。
[3] 配信者本人による証言であり、第三者検証は行われていない。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 黒沢真吾『断片設定論序説』秋葉書房, 2002年.
- ^ 早瀬ユウコ『ロアの生成と共有』文化情報学会誌 Vol.14, No.2, pp. 33-49, 2011年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Folklore After Forums", Journal of Digital Subcultures Vol.8, No.1, pp. 101-127, 2014.
- ^ 佐伯康平『匿名掲示板における擬似史の成立』情報文化研究所紀要 第22巻第3号, pp. 77-96, 2008年.
- ^ Alec Winters, "The Archive of Almost-Truth", New Media Review Vol.19, No.4, pp. 211-230, 2017.
- ^ 高見沢理恵『配信者ロアの社会学』東京ネット文化出版, 2020年.
- ^ S. K. Igarashi, "Disputed Origins of Web Lore", East Asian Media Studies Vol.11, No.2, pp. 54-73, 2019.
- ^ 山岸由紀『都市伝説からロアへ』青楓社, 2006年.
- ^ Naomi Feld, "Narrative Fragments and the Public Unconscious", Interzone Quarterly Vol.5, No.3, pp. 12-29, 2012.
- ^ 小林聡『ロア編集実践マニュアル』個人頒布資料, 2022年.
- ^ “The Making of a Nonexistent Station”, Bulletin of Imaginary Geography Vol.3, No.1, pp. 5-18, 2015.
- ^ 中村静『ロアと語りの過剰化』表現文化研究 第9巻第1号, pp. 140-158, 2018年.
外部リンク
- 日本ロア文化研究会
- 断片史アーカイブ
- ネット設定考古館
- World Lore Index
- 擬似史資料室