ロッチョン
| 名称 | ロッチョン |
|---|---|
| 分類 | 港湾民具、民俗測定具 |
| 起源 | 江戸時代後期・長崎港周辺 |
| 用途 | 風圧の可視化、音階補正、荷役合図 |
| 材質 | 杉材、和紙、真鍮線 |
| 運用地域 | 九州北部、瀬戸内、房総の一部 |
| 考案者 | 松田玄圭ほか数名とされる |
| 絶頂期 | 1890年代 - 1930年代 |
| 現在の位置づけ | 民俗資料、再現演奏の対象 |
ロッチョンは、後期にの港湾労働者の間で成立したとされる、細長い木枠に紙片を張り、風圧と手振りで音階のずれを視覚化するための民俗的な装置である。のちに期の港湾測量と結びつき、沿岸の一部で半ば実用、半ば遊戯として普及したとされる[1]。
概要[編集]
ロッチョンは、細長い木枠に複数の紙片を張り、風の向きや手の振幅によって紙片の震え方を変化させることで、荷役の拍子や合図の誤差を可視化する装置とされる。一般には港湾の現場で用いられたとされるが、内陸部の寺院では、盆踊りの拍子取りに転用された例もある[2]。
名称の由来には諸説あり、ロが「露」、ッチョンが「張る」を意味するから来たとする説、あるいは荷縄を締める際の音象徴だとする説がある。ただし、いずれの説も文献上の初出が遅く、とされる記述が多い。
歴史[編集]
成立と初期の使用[編集]
最初期のロッチョンは、の荷揚げ監督に雇われていた松田玄圭が、湿度で膨らむ紙と、風で鳴る真鍮線の反応を観察したことから着想したと伝えられる。玄圭は当初これを「風拍子枠」と呼んだが、現場の職工が紙片の跳ねる音を「ろっちょん、ろっちょん」と模倣したことから、通称が定着したという[3]。
には、が港内の荷崩れ事故を減らす目的で、試験的に14基のロッチョンを主要桟橋へ設置した。記録によれば、同年の積み替え作業における拍子乱れは月平均23件から7件へ低下したとされるが、同じ帳簿に魚の目方調整も混在しているため、信頼性には疑問がある。
明治期の制度化[編集]
に入ると、ロッチョンはの臨時沿岸測量班によって「簡便な気圧補助器」として再解釈された。とりわけの実験では、3名の測量士が同時に異なるテンポで揺らした場合、潮風の乱流がほぼ7秒遅れて可視化されることが報告され、海図修正の参考にされたという。
この時期、の下町で活動していた民俗研究家の高瀬伊織は、ロッチョンを「港の笛と帳簿の中間にある装置」と評した。高瀬は『港拍子記』の中で、ロッチョンが子どもの遊び道具に変質していく過程を記しているが、記述の一部には当時存在しないはずのの部品が出てくるため、後世の補筆と考えられている。
大衆化と衰退[編集]
末から初期にかけて、ロッチョンは港湾の安全教育に取り入れられ、系の講習所では新人船員に対して「一分間で9回鳴らせば中潮、12回で大潮寄り」といった独自の訓練が行われた。これにより、現場での伝達速度は平均で18%改善したとされるが、同時に居眠り率も上昇したと伝えられる。
しかしに入ると、無線通信の普及とともに実用品としての地位を失った。戦後は一部の沿岸で祭礼具として存続し、毎年の潮待ち祭では、長さ1.2メートルの復元品が子どもたちに持たせられた。なお、ある地区ではロッチョンを振ると魚が寄ると信じられており、漁師が1日で23kg多く揚がったという逸話が残る。
構造と動作[編集]
典型的なロッチョンは、杉材の縦枠2本、横桟3本、和紙の反射板5枚、そして真鍮線1本からなる。紙片は海藻灰を溶いた糊で固定され、湿度が高いほど振幅が増す設計であったとされる。特に時の性能が高く、の記録では、最大風速8.4m/sの条件下で、紙片の揺れがほぼ「4拍子のずれ」として読めたとある[4]。
操作には熟練が必要で、左手で枠を持ち、右手で紐を引く者、周囲の音を採る者、帳面に記録する者の最低3人が必要とされた。熟練者はロッチョンの音だけで潮の満ち引きを予測できたというが、実際には多くの場合、近くの鐘楼の時刻と混同していたとみられる。
社会的影響[編集]
ロッチョンは単なる港湾用具にとどまらず、労働組織の拍子感覚を揃える道具としても機能した。とくにの倉庫街では、作業員間の口論を避けるため、合図を言葉ではなくロッチョンの揺れで統一する「無言荷役」が試みられ、1週間で会話量が37%減少した一方、作業事故も若干減ったと記録されている。
また、民間信仰との結びつきも強く、の一部では、正月にロッチョンを三回鳴らすと「一年分の風待ち」が終わるとされた。これにより、子どもたちが港へ向かう習慣が生まれたが、近年の聞き取りでは、単に面白い音がするから通っていた可能性が高いとされる。
批判と論争[編集]
ロッチョンの歴史は、地方史研究の分野でしばしば論争の的となっている。批判派は、初期史料の多くが中期に編まれた聞き書きであり、しかも筆者が同一人物である可能性が高いことを指摘している。とりわけの「14基設置」記録は、実は翌年の祭礼台帳を転用したのではないかとの疑義がある。
一方で擁護派は、実物がとにそれぞれ1基ずつ残っていることを重視し、少なくとも「何らかの装置」としては確実に存在したと主張する。ただし、両者の寸法が微妙に異なり、片方は長さが118.5cm、もう片方は117.9cmであるため、複製と原型の区別はなお不明である。
現代における再評価[編集]
以降、ロッチョンは港湾民俗を扱う研究者の間で再評価が進み、との共同調査では、復元実験により「風向の見える化」に一定の教育効果があると報告された。特に小学生向けのワークショップでは、参加者48名中41名が「なんとなく潮が読めた気がする」と回答した。
また、映像作家の野々村陽介がに発表した短編記録映画『ろっちょんの音、港の影』は、全国のミニシアターで延べ3,200人を動員し、民具としての価値を一気に広めた。もっとも、作品内でロッチョンが雷避けとして描かれたことには、専門家からやや強い修正要求が出たとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 松田玄圭『港拍子器考』長崎港湾史料刊行会, 1811年.
- ^ 高瀬伊織『港拍子記』東京民俗研究社, 1884年.
- ^ 佐伯辰之助『明治沿岸測量補助具概論』工部省沿岸測量局, 1891年.
- ^ Elizabeth H. Crowe, "Wind Frames and Harbor Rhythm in Early Japan," Journal of Maritime Folklore, Vol. 12, No. 3, 1978, pp. 44-67.
- ^ 中村千代子『無言荷役の成立と崩壊』港都出版, 1936年.
- ^ Samuel R. Bell, "The Visual Meter of Port Labor: A Case Study of Rochchon," Pacific Studies Quarterly, Vol. 8, Issue 1, 1986, pp. 101-129.
- ^ 長崎県立歴史博物館編『民具台帳 第17巻 ロッチョン』, 1999年.
- ^ 神戸海洋資料館研究室『港の震えを読む装置群』第4巻第2号, 2007年, pp. 9-31.
- ^ 野々村陽介『ろっちょんの音、港の影』シナリオノート, 2011年.
- ^ 小栗康平『潮と紙片の民俗学』里文出版, 2016年.
- ^ Marjorie K. Hill, "A Curious Apparatus Called Rochchon," The Review of Invented Ethnography, Vol. 2, No. 4, 2020, pp. 55-58.
外部リンク
- 長崎港民具アーカイブ
- 日本港湾民俗研究会
- 瀬戸内潮拍子データベース
- 架空民具図鑑オンライン
- 神戸海洋資料館デジタル特別展