一万二千三百四十五ケーキ
| 名称 | 一万二千三百四十五ケーキ |
|---|---|
| 別名 | 12345ケーキ、クインカ・ミラエ |
| 発祥国 | イタリア |
| 地域 | リグーリア州、トスカーナ州沿岸部 |
| 種類 | 層状菓子 |
| 主な材料 | 薄焼き生地、蜂蜜、アーモンド、卵、シトラスピール |
| 派生料理 | 一万二千三百四十六ケーキ、逆算ケーキ |
一万二千三百四十五ケーキ(いちまんにせんさんびゃくよんじゅうごケーキ)は、をした系のである[1]。一般に、切り分ける際に必ずの目盛りを意識して扱うとされ、祝祭用の菓子として広く親しまれている[1]。
概要[編集]
一万二千三百四十五ケーキは、の港湾都市で発達したとされる、数字の名を持つ菓子である。薄い生地を幾層にも重ね、とのクリームを挟み、最後にを散らして仕上げるのが基本とされる。
この菓子は、見た目の華やかさよりも、切り分けた際に現れる層の数と、各層に割り当てられた符号の美しさを重視する点に特徴がある。現在ではや、および会計年度の始まりを祝う席で用いられることが多く、特にという桁数が「秩序ある繁栄」を象徴するとされる[2]。
語源/名称[編集]
名称の由来には複数の説がある。最も有力とされるのは、の菓子職人が使用していた重量目盛りが、まで細かく刻まれていたことに由来するという説である。すなわち、均一な層を作るための目測ではなく、数値の再現性を重視した製法から生まれた名称であるとされる。
一方で、の修道院に残る帳簿には、宴会の余剰蜂蜜を「12,345単位」で按分して配った記録があり、そこから「正確に分ける菓子」という意味で定着したとする説もある。ただし、この説は19世紀末の郷土史家が強く推したもので、現在では一部に誇張があると見なされている[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は後半、沿岸で交易に従事する船乗り向けの保存食として考案されたとされる。最初期の形態は、乾燥した薄焼き生地に蜂蜜を塗り、木箱にの溝を刻んで圧着したもので、航海中に層が崩れないよう工夫されたという。
の港税記録には、菓子職人が「折り目の多い甘味焼成物」を納入したと記されており、これが現存文書上の初出とされる。なお、同記録の余白には「数字の扱いを誤ると層が沈む」との書き込みがあり、後世の研究者がこの一文を異様に重視したことが、料理名の固定化に影響したとされる[4]。
宮廷菓子への転化[編集]
に入ると、の宮廷で儀礼菓子として再編され、切り口の層を見せるために上面をあえて平坦に仕上げる技法が導入された。これにより、数字を重ねる意匠と、上品な白い表面の対比が評価され、祝宴の定番となった。
には、宮廷料理長が、宴席参加者をに見立てて配膳する演出を行ったと伝えられる。実際の出席者はおよそ180人であったとされるが、帳簿上は人数が増減を繰り返し、最終的に「数の豊かさ」を象徴する逸話として残った。この逸話は後に複数の料理書に引用され、菓子の格を引き上げる契機となった[5]。
産業化と再評価[編集]
になると、の製菓工場で型押し技術が導入され、個別包装された一万二千三百四十五ケーキがやに流通するようになった。特にの来訪記念祭では、直径12.345センチに統一した特製品が配られたとされ、数値への執着が一段と強まった。
後は一時衰退したが、に郷土菓子再評価の流れの中で復活した。観光業との結びつきが強くなった結果、現在では「切り分けるたびに数字が進む」演出を加えた土産菓子として知られている。もっとも、観光客向けの簡略版は層数が7層程度に減ることが多く、伝統派からはしばしば批判されている。
種類・分類[編集]
一万二千三百四十五ケーキは、大きく、、の三種に分類される。祭礼型は厚みがあり、上面に金箔状の砂糖を用いるのが特徴で、主に宗教行列や市の創設記念日に用いられる。
携行型は、航海食の名残を残すもので、硬めに焼いた生地を折りたたんで保存性を高めたタイプである。祝宴型は最も一般的で、アーモンドクリームを多く含み、切断面に12,345の数字を模した模様が現れるように作られる。なお、北部では「逆数仕立て」と呼ばれる変種があり、数字の並びが裏返しになるため、地元では縁起物として珍重されている。
材料[編集]
基本材料は、、、、、、、である。生地には発酵を抑えたが使われ、層の密度を安定させるために、古くは海水を一滴だけ加える習慣があったとされる。
また、香り付けにはが少量用いられることが多いが、伝統派のなかにはの蒸留残渣を混ぜる家系もある。アーモンドは砕き方により食感が変わり、粗挽きにすると「港の砂」、微粉にすると「会計帳簿の粉」と呼ばれる。後者の呼称は、数字と菓子を結びつけるこの料理の性格をよく表しているとされる[6]。
食べ方[編集]
通常は、またはという冗談めいた単位で切り分けられる。実際には8〜16人で食べることが多いが、正式な儀礼では各人に与えられる断面の層数が均等になるよう、が事前に刃の角度を調整する。
食べる際は、まず表面の砂糖を軽く崩し、次に層を横方向に送るように口へ運ぶのが作法とされる。コーヒーや甘口の食後酒と合わせることが多いが、港町では塩気のあるを添える地域もある。なお、いったん冷やしてから食べると層が締まり、数字の輪郭がはっきりするため、若年層の間では「冷蔵してこそ本物」とする流儀も広まっている。
文化[編集]
この菓子は、の会計文化と祝祭文化が融合した象徴として語られてきた。特にでは、年末の帳尻合わせが終わった後に一万二千三百四十五ケーキを食べる慣習があり、「数字を食べて年を終える」と表現されたという。
では、子どもの初めての算数教育にこの菓子が用いられ、切り分けられた層の数を数えることで割り算を覚えさせたとされる。一方で、では縁起担ぎとして、皿の上に置く前に必ず12345回は祈るべきだという民間信仰が存在したとされるが、この回数は明らかに実践的ではなく、観光客向けの後付けではないかとの指摘もある。
また、後半にはテレビ料理番組で頻繁に取り上げられ、司会者が「最後の一切れは誰のものか」をめぐって観客に拍手を促す演出が定着した。これにより、本来は港町の儀礼菓子であったものが、家庭向けの週末菓子としても広く親しまれるようになったのである[7]。
脚注[編集]
[1] ジュリアーノ・ベッリーニ『リグーリア菓子通史』アルテ・クチーナ出版, 2004年. [2] Marta L. Hayes, “Numerical Symmetry in Mediterranean Confectionery,” Vol. 18, No. 2, Journal of Culinary Anthropology, 2011, pp. 44-67. [3] エルネスト・パラディーニ『港町の甘味と帳簿』サン・ジョルジョ書房, 1898年. [4] Archivio Storico di Sanremo, Fondo Mercanti, box 12, fol. 345. [5] Lorenzo V. Sarti, “Court Desserts and Administrative Imagination,” Vol. 7, No. 1, Rivista di Storia Alimentare, 1997, pp. 9-31. [6] 北川澄子『地中海菓子の材料学』海鳴社, 2016年. [7] P. Rinaldi & H. S. Mercer, “Televised Sweets and Regional Identity,” Vol. 22, No. 4, Gastronomy and Media Review, 2020, pp. 201-229.
関連項目[編集]
脚注
- ^ ジュリアーノ・ベッリーニ『リグーリア菓子通史』アルテ・クチーナ出版, 2004年.
- ^ Marta L. Hayes, “Numerical Symmetry in Mediterranean Confectionery,” Vol. 18, No. 2, Journal of Culinary Anthropology, 2011, pp. 44-67.
- ^ エルネスト・パラディーニ『港町の甘味と帳簿』サン・ジョルジョ書房, 1898年.
- ^ Lorenzo V. Sarti, “Court Desserts and Administrative Imagination,” Vol. 7, No. 1, Rivista di Storia Alimentare, 1997, pp. 9-31.
- ^ 北川澄子『地中海菓子の材料学』海鳴社, 2016年.
- ^ F. Moretti, “The Arithmetic of Layered Pastries,” Vol. 11, No. 3, Mediterranean Food Studies, 2008, pp. 118-146.
- ^ Alessandra C. Neri, “Honey, Numbers, and Ceremony in Coastal Italy,” Vol. 5, No. 2, Italian Ethnography Quarterly, 2001, pp. 77-95.
- ^ 高橋理恵『数字で食べるヨーロッパ菓子』中央食文化研究所, 2021年.
- ^ Giovanni P. Rizzo, “Archive Notes on the Twelve Thousand Three Hundred Forty-Five Cake,” Vol. 29, No. 1, Journal of Maritime Cuisine, 2018, pp. 5-26.
- ^ 村瀬康弘『港の菓子と祭礼経済』海港文化社, 2013年.
外部リンク
- リグーリア菓子研究会
- 地中海料理アーカイブ
- 港町食文化資料室
- 数詞菓子保存協会
- 一万二千三百四十五ケーキ普及委員会