不眠症が見る夢
| 分野 | 臨床心理学・睡眠研究・物語神経学 |
|---|---|
| 主な関心 | 入眠困難者の夢内容の系統化 |
| 初出とされる年 | 1897年(未確定) |
| 観測手法 | “夜間想起日誌”と音響誘導(通称フクロウ法) |
| 関連用語 | 滞留記憶・時間遅延夢・暗順応夢 |
| 代表的な比喩 | 時計が逆回転する回廊 |
不眠症が見る夢(ふみんしょうがみるゆめ)は、不眠者の報告に基づくとされる「夢の観測学」概念である。不眠は睡眠不足だけでなく、特定の時間帯に記憶の“滞留”を起こすとされ、夢の様式に特徴があると説明されてきた[1]。
概要[編集]
不眠症が見る夢とは、不眠者が覚醒状態へ滑り込む瞬間に生じるとされる夢の“残像”を、臨床的報告から類型化した概念である。夢は睡眠中の出来事と一般に考えられるが、本概念では「不眠でも夜が“支配”する時間がある」として、夜間における認知の偏りを夢として記述する点に特徴があるとされる[1]。
この概念は、夢の内容を治療に結びつけようとする試みの中で生まれた。とりわけ前後に報告頻度が高いとされたことから、夜間想起日誌では同時刻の項目が最初に整備された経緯がある[2]。また、夢の描写には視覚よりも触覚・聴覚の手がかりが多いとされ、音響誘導の実験が“民間の迷信”から研究計画へ格上げされた事例としても知られる[3]。
概要(分類)[編集]
不眠症が見る夢は、少なくとも3系統に分けて語られることが多い。第一は「時間遅延夢」であり、登場人物が急ぐほど出来事が遅れる(本人だけが追いつけない)という記述が典型とされる。第二は「暗順応夢」であり、暗い場所で“色が増える”といった表現が繰り返されると報告される。第三は「滞留記憶夢」であり、思い出したくない出来事が短い反復単位として固定されるとされる[4]。
分類を支える指標として、夢の“粒度”が用いられた。夜間想起日誌の原型では、夢の中の視点移動回数を1単位(視線ジャンプ)と呼び、平均が0.7回(標準偏差0.22)という“規格値”が作られたとされる[5]。ただしこの規格値は、当時の記録者が手書きの換算を誤ったために後年修正されたとも言われており、資料によって数値の桁が揺れる点が指摘されている[6]。
歴史[編集]
夜間想起日誌と、フクロウ法の誕生[編集]
本概念の原型は頃にの私立病院で行われた、入眠困難患者の“記録継続”にあるとする説がある。記録法はの衛生課が配布した簡易ノートに由来し、各ページに「見たもの」「聞こえたもの」「体に残った感覚」を3欄設けたとされる[7]。
しかし、研究が学術の体裁を得た転機はの“音響誘導”である。呼び名の由来は、夜間に流す音がフクロウの鳴き声に似ていたためだと説明される。実際にはの技術者が発明した低周波発振器の試作品が転用されたとされ、名称だけが民俗学に寄った結果、当時の講演録では「フクロウ法」として引用された[8]。この方法により、夢の報告が「音から始まる」形式へ寄る傾向が統計的に示されたとする資料が存在する[9]。
一方で、フクロウ法の普及には倫理的懸念も絡んだ。患者の中には誘導音の直後に強い動悸を訴える者がいて、記録係は“夢の開始時刻”を自己申告から聞き取り直した。ここで生じた聞き取りのブレが、後年「時間遅延夢」の定義をめぐる争点になったとされる[10]。
研究機関の乱立と、夢の“規格化”[編集]
、睡眠研究の統計化を目指す研究会がのに設置され、通称「夜間記録標準化委員会」が発足したとされる。委員会は、夢の内容を患者の言語に任せず、代替指標(体感温度、喉の渇き、足先の冷えなど)へ写像する方式を推した[11]。
この写像の過程で、夢は“現象”として扱われるようになった。たとえば「夢の中で時計が逆回転する」記述は、足先温度の低下と対応する、と内部報告で示されたことがある。具体的には、逆回転が出た群の足先皮膚温が平均、対照群が平均だった、と書かれた会議メモが残っている[12]。ただし後年の照合では、測定のタイミングが平均で12分ずれていたため、差の解釈には注意が必要だと記されている。
また、規格化が進むほど現場では“嘘っぽい夢”が増えたとも言われた。夢を尋ねられるうちに患者が分類を学び、結果として報告が平均へ寄る現象が起きたとする指摘がある。とりわけ新人記録員の教育が形式化した以降、夢の粒度が規格値(視線ジャンプ平均0.7回)に吸い寄せられた、という内部資料が一部の研究者に共有されたとされる[13]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、夢の観測が実験設計として不安定である点であった。夢は主観であり、時間遅延夢の“遅れ”は時計の見え方や注意の向け先に依存する。しかし、本概念では誘導音や日誌項目によって注意が操作される可能性があるため、観測自体が介入になり得ると論じられた[14]。
さらに、地理による偏りも問題化した。のある臨床グループでは、夢の開始が「夜景」ではなく「室内の匂い」から始まる報告が多かったとされ、フクロウ法が必ずしも同じ形に夢を寄せないことが示唆された[15]。一方でこの説明は、標本の年齢層が平均と偏っていたため“結論が先行した”という批判も受けた。
論争の終盤では、用語そのものが批判された。夢は睡眠と結びつくはずだが、不眠症が見る夢という言い方が「不眠は睡眠に近い何か」を暗に含むとされ、臨床現場では慎重な運用が求められたと記録されている[16]。なお、これらの批判に対して一部の研究者は「不眠は睡眠の欠如ではなく、夜の文法の一種である」と反論したとされるが、同趣旨の文章は後に“比喩を根拠のように見せた”として編集上の修正が行われたとも言われる[17]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯一馬『不眠症における想起の機序:夜間記録標準化の試み』日本睡眠学会, 1963.
- ^ Margaret A. Thornton『The Syntax of Night Vigil: Dream Reports in Insomnia』The Journal of Chronopsychology, Vol. 12 No. 3, pp. 201-244, 1979.
- ^ 小高緑『フクロウ法と音響誘導:臨床報告の再現性をめぐって』【夜間記録標準化委員会】叢書, 第5巻第2号, pp. 55-88, 1982.
- ^ Hiroshi Matsunaga『Tactile Onsets in Time-Delayed Dream Narratives』International Review of Dream Studies, Vol. 7, pp. 1-19, 1991.
- ^ 田中昌弘『夢の粒度指数の導入と、その換算法の系譜』生理心理研究, 第20巻第1号, pp. 77-103, 1998.
- ^ Eleanor V. Rusk『Why Induction Sounds Become Categories』Sleep & Culture Review, Vol. 3, pp. 33-60, 2006.
- ^ 市川眞琴『主観指標を写像する技術:体感温度と夢の対応づけ』人間環境計測学会, pp. 140-176, 2012.
- ^ 日本記録誌編集部『夜間想起日誌アーカイブの解読:写しと原本の相違』【文京区】資料室, 第1版, pp. 9-41, 2016.
- ^ “嘘のように正しい夢”編集委員会『Insomnia That Feels Like Sleep』(※題名が一部誤植とされる)Science of Narrative Press, 2018.
外部リンク
- 夜間想起日誌アーカイブ
- フクロウ法音響資料館
- 夢の粒度指数データポータル
- 睡眠研究倫理メモ
- 時間遅延夢用語集