中道
| 分野 | 天文航法・緯度計測・航海史 |
|---|---|
| 主な対象 | 赤道(地球の自転軸に直交する円周) |
| 別称 | 白道、極道、神道(資料により異同) |
| 成立仮説 | 近世の航海術体系化に伴う実務語 |
| 関連概念 | 緯度の校正、時差換算、星表 |
| 論点 | 用語の指示対象が時期により揺れる点 |
(なかみち)は、赤道の別称として文献に現れることがある用語である。類義語として、、が併記されることもあり、航海・天文観測の実務用語として流通したとされる[1]。
概要[編集]
は、本来「赤道」を指す語として用いられたとされる[1]。ただし、同音の宗教語彙(いわゆる修行上の中庸)とは別系統に扱われることが多く、少なくとも航海・観測文脈では「地球上の帯状の基準線」として説明される。
この用語体系は、緯度観測と時刻推定を同時に行う必要から生まれたと考えられている。とくに、赤道域での太陽高度の計算が「基準線の取り方」に強く依存するため、船乗りの間で「どの線を基準にするか」を短く言い当てる実務語が発達したとされる[2]。
また、資料によっては(明るい線)や(極近傍の線)、(儀礼的に扱われる線)が、緯度別の“呼称セット”として併記される。編集者の間では、これらは同一人物が別の媒体(天文書、航海日誌、儀礼記録)に記した分類体系ではないかという指摘がある[3]。
歴史[編集]
航海暦の「中」統一計画[編集]
17世紀末、香川県の小規模海運団体であったが、観測結果の帳尻を合わせるための内部用語を整備したとされる。ここで「赤道を指すときは、緯度が“真ん中”に来ることを強調する語を使う」という方針が採られ、という呼称が台帳に登場したと説明される[4]。
具体的には、同局は「太陽黄経から時差換算を行う際、観測者の恣意が混入しやすい」という問題を統計的に整理し、観測者別誤差を“3桁の分”単位で記録した。誤差が平均で±0.8分を超えると帳尻が合わなくなるため、基準線の呼称自体を固定する必要が出たとされる[5]。
この計画の中心人物として、当時の測量技師であるが挙げられる。朱衛門は、観測用の卓上模型(真鍮製)に刻まれた円環の内側に、わざわざ「白=補助、赤=本線」と注記し、さらに赤道そのものを「中道」と呼んだという記録が残る。後年の研究では、模型が現存しているかどうかに議論があり、目録が「確認済み(ただし所在不明)」と矛盾する点が“わりと面白い”と評されることもある[6]。
用語の増殖:白道・極道・神道[編集]
の周辺語として、、が併記されるようになったのは、その後の天文航法教育の標準化によるとされる。特に、が遠洋航海のために開いた講習では、緯度帯ごとに“読むべき星表”が変わるため、学習者が混同しないよう呼び方をセット化したと説明される[7]。
講習の手引き『星帯通則』では、白道は「反射が強い太陽光の帯」として、極道は「最終的に磁針が寄りやすい局所の線」として、神道は「観測日程を神事暦に合わせる際の線」として、それぞれ意味づけされたとされる。しかし、実際には同書の改訂版で定義の順序が入れ替わっており、ある編集者は「誰かが校正係の気分で入れ替えたのではないか」と注記したとされる[8]。
この“入れ替え”は、観測上の矛盾を直接生まない一方で、後世の辞書編纂者を悩ませたとされる。つまり、が赤道を指す場合でも、神道が「儀礼上の基準線」だと読めてしまうため、用語が宗教・航海の境界で擦れていったと推定されるのである。とくにの海事実務者の講義録では、神道の記述がやたら丁寧で、太陽高度の計算より先に“日の出方位”が書かれていることがあるという[9]。
社会的影響[編集]
という呼称セットは、航海における意思疎通を短縮し、港と船団の“約束”を強くしたとされる。たとえば、に出入りする外洋船は、出港申告の欄に「中道航程」「白道航程」といった簡略コードを記入する慣行があったとされる[10]。コードの記入により、検疫係や書記が必要な帳簿(時差換算表や星表の抜粋)を即座に準備できたという。
この制度がもたらしたのは、単なる事務効率だけではない。船団の人員配置にも波及し、では中道コードに応じて「観測役の交代時間」を“分単位で一律化”する規則が採られたとされる。ある規程では、交代は「前半航海 112分、後半航海 97分」と定められており、理由は「太陽が観測窓の汚れを均す時間が経験的に一致したため」と説明される[11]。
ただし、このような標準化は、逆に現場の自由度を奪う面もあった。一部の船では、悪天候で観測可能時間がずれたため、やむなくではなくコードで申告した例が報告されている。記録上は“手続き上の誤り”とされるが、当事者の手紙では「誤りというより、言葉が地球より先に壊れた」と比喩的に書かれており、史料の読み味としては高いと評価される[12]。
批判と論争[編集]
用語の混線をめぐっては批判がある。特に、が必ずしも赤道を一意に指すわけではない、という点が論争の核となった。天文書によっては「中道=赤道」だけでなく「中道=観測者の“中立線”」として別解釈を許すため、同じ年に出版された異なる版で参照すべき星表が食い違うという事態が起きたとされる[13]。
また、という語が宗教儀礼を連想させるため、航海実務に不向きだとする意見もあった。の匿名報告では、「神道という語を使うと、現場で“祈りの順序”が増え観測が遅れる」と不満が述べられている[14]。一方で、同報告には筆者の署名がなく、代筆者名も後から削除されているため、信頼性に揺れがあるとされる。
この論争の“おかしさ”は、最後の改訂で折衷が起きた点にある。折衷案では、神道を廃する代わりに「神道=中道の周辺儀礼」として扱い、結果として用語の数が減らないまま説明だけが増えたとされる。百科事典的に書けば、よくある失敗であるが、史料的には「減らなかったこと自体が証拠になる」という妙な評価が添えられることがある[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ クラウス・ヘルベルト『赤道呼称の地域差:中道・白道・極道の比較』海洋計測学会, 1937年.
- ^ 遠藤文弥『星帯通則にみる航海語彙の規格化』暦法出版社, 1962年.
- ^ 松葉堂綾子『瀬戸内御用測量局の帳簿術:誤差±0.8分説の再検討』日本航法史研究会, 1981年.
- ^ Dr. リカルド・ベラスコ『On the Practical Names of Latitude Bands』Journal of Maritime Astronomy, Vol.12 No.3, pp.41-62, 1999.
- ^ 【江戸幕府天文方】編『観測講習記(増補)』官刻本局, 【昭和】9年.
- ^ 村雲誠三『磁針が寄る局所としての極道』地磁気通信, 第6巻第2号, pp.99-113, 1975.
- ^ ハンス=ヨアヒム・クレーマ『Ritual and Navigation: The Case of “Shindo” in Latitude Lore』International Review of Nautical Lexicons, Vol.3 No.1, pp.10-27, 2008.
- ^ 佐伯鶴之助『文政海測監督局・匿名報告の筆跡分析』法文史料館紀要, 第18巻第1号, pp.201-230, 2014.
- ^ 鈴木真一『中立線としての中道(誤読の歴史)』緯度論叢, 第2巻第7号, pp.55-73, 2021.
- ^ 星の索引委員会『星帯通則(照合版)』星索引出版, 1893年。
外部リンク
- 航海語彙アーカイブ
- 緯度校正資料庫
- 天文航法講習アトラス
- 海事帳簿研究会Web
- 長崎港旧記デジタル集