亀にょん
| 区分 | 口承儀礼・擬音文化 |
|---|---|
| 由来とされる要素 | 亀(象徴)+にょん(合図) |
| 主な伝承地域 | 北部〜東播磨 |
| 成立時期(諸説) | 江戸後期〜昭和初期と推定 |
| 使用場面 | 集会の合図、物の受け渡し、和解の口上 |
| 関連語 | 亀にょん返し、にょん点、甲羅礼 |
(かめにょん)は、長寿の象徴としてのに、擬音「にょん」を結びつけた民俗的合図であるとされる。主にの一部で、即席の儀礼として語り継がれてきたとされるが、その実態は学術的に曖昧である[1]。
概要[編集]
は「合図を短く、場を丸くする」ための口承表現として伝わったとされる。具体的には、誰かが困っている方向へ軽く息を吐きながら「亀にょん」と言い、続けて相手の物差し(距離感)を測るかのように親指と人差し指の間隔を示す作法であると記述されることが多い。
語源については「亀は遅いが確実である」という価値観に「にょん」という跳ねる擬音を当てた、いわば“遅さの可聴化”であるとする説明がある。一方で、民俗学者のは、擬音が付くことで“言葉の責任範囲が狭まる”効果が生じる点を指摘している[2]。
なお、当事者の証言では「儀礼というほど堅くない」「言った回数で意味が変わる」といった特徴が挙げられる。たとえば、二回言うと「話を先へ進める」、三回言うと「その場を一度リセットする」という運用があるとされるが、記録の揺れも大きい。
歴史[編集]
成立の経緯と“亀にょん暦”[編集]
の成立をめぐり、江戸後期の港町での小規模な“転売仲買人の調停”に起因するという説がある。舞台として挙げられるのはの周辺で、当時の帳面には「甲羅礼(こうられい)」という奇妙な項目があったとされる[3]。
同説では、調停の場で声が荒れると取引が止まったため、仲買人たちは“言い切らない合図”を統一した。そこで「亀の首が引っ込む動作=言い直し」「にょん=戻りの音」を象徴として採用した、という筋書きが語られる。さらに、雨の日と風の日で合図の出し方が変わり、結果として「亀にょん暦」と呼ばれる簡易カレンダーが作られたとされる。
亀にょん暦の細目は、当時の気象記録に依拠して“にょんの長さ”を規定したものだとされる。たとえば、南風の強さが毎秒3.2メートルを超えた日は「にょん」を0.7秒長く言う、などの規約が書かれていたとされるが、当該写本は所在不明である。ただし後年の模写に似た記述が複数あることから、伝承の反復は確かだとする見方もある[4]。
組織化したのは誰か:地元の“動管室”風会議[編集]
昭和初期になると、口承のはずの亀にょんが、妙に行政っぽい場で運用されるようになったと説明される。特に、の内で「簡易物品返却調整会議」が設けられた際、会議の議事録に“亀にょん宣言”という定型句が紛れ込んだとされる[5]。
同会議の実務責任者として語られるのは、当時の役所にある“それっぽい部署名”を帯びた人物である。資料上は「生活安全部 言質保全課(通称:言保課)」という組織が挙げられるが、当該課は実在の行政組織ではないとされるのが普通である。ただし地域史の編纂者は、当時の書類体系が似ていたため、正式名称が別紙で説明されていたのではないかと論じている[6]。
とはいえ、亀にょんが“人の衝突を丸める技術”として機能したことは、複数の回覧板により裏づけられる。回覧板では、亀にょんの前置きとして「確認は遅延しても破棄しない」と書かれており、さらに「口上は必ず三拍のあとに言う」といった運用も記録されている。三拍というのは、太鼓の合図に合わせた結果だとされるが、太鼓係が誰だったかについては証言が割れている。
科学化の試み:にょん点測定器と“跳ねる沈黙”[編集]
亀にょんが“儀礼”から“計測対象”へ近づいた出来事として、1970年代の音響研究が挙げられることがある。研究チームはの工学部に属する「音声反射評価研究班」と名乗り、擬音「にょん」に含まれる母音遷移が摩擦ストレスを下げる可能性を検討したとされる[7]。
この研究では、会話中の沈黙時間を「跳ねる沈黙」と呼び、亀にょんを言う直前の沈黙が平均で0.31秒短くなると報告したとされる。さらに、参加者83名のうち74名で「相手の声量が下がった」という自己申告が得られたとされるが、自己申告の影響を除外できていないという注記が付くという[8]。
また、研究班は“にょん点”という指標を作った。これは「にょん」の高周波成分の強さを、擬音に含まれる破裂のタイミングに合わせて100点満点で評価するもので、最適範囲は62〜68点と提案されたとされる。ただし後年、同研究班の内部メモが断片的に流出し、「測定器の校正が—ほんの少し—甘い」と書かれていたことが話題になっている[9]。
批判と論争[編集]
亀にょんが“衝突を丸める技術”として語られる一方で、儀礼化が進むほど逆に対立が増すという批判も存在する。たとえば、学校現場では「亀にょんを義務化したら、言っていない生徒が“悪い側”に見える」という声が出たとされ、教育関係者のは「合図は中立ではない」と述べたと報告される[10]。
さらに、科学化の試みについても「計測値が“話し手の自信”と連動しているだけではないか」という疑義があり、音響研究の一部は追試が成立しなかったとされる。追試では、同じにょんでも“方言の滑らかさ”によって評価が変わる可能性が指摘され、結果として最適点の範囲が62〜68点ではなく、58〜73点に拡大したという[11]。この結論は、亀にょんが単なる音ではなく関係性に依存することを示すとも解釈されるが、信頼性の弱さを示すとも読める。
なお、最もよく笑われる論争として「亀にょんは本当に亀由来なのか」という点がある。古い噂では、亀にょんは亀の鳴き声を模したものではなく、実は“にょん”が商家の商品の掛け声だったという説がある。ただし、その掛け声の元商品は「甲羅ではなく、保存用の砂糖」だったとされ、当時の帳面の言葉遣いと一致しないため、真偽は定かではない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 黒田涼真『擬音が鎮めるもの:亀にょん口承儀礼の社会言語学』青雲書房, 2012.
- ^ 松本千鳥『回覧板の裏面に書かれた合図:関西小規模紛争の合意形成』勉誠出版, 2016.
- ^ 田中義則『中立な言葉は存在しない:学校現場における儀礼の副作用』教育文化研究所, 2019.
- ^ Kawaguchi, M.『Acoustic Timing of Interpersonal De-escalation』Journal of Applied Phonetics, Vol. 41 No. 3, 1978, pp. 221-247.
- ^ Thornton, Margaret A.『On “Nyon” as a Soft-Commitment Signal in Regional Speech』International Review of Gesture Studies, Vol. 12 No. 1, 1983, pp. 9-34.
- ^ 藤堂律子『亀にょん暦の復元と気象相関:南風が変える間(ま)』風土計測学会誌, 第6巻第2号, 2004, pp. 55-73.
- ^ 音声反射評価研究班『跳ねる沈黙の計測法と統計上の注意』京都大学工学部紀要, 第18巻第4号, 1972, pp. 101-118.
- ^ 田村晃『生活安全部における言質運用の周辺:言保課仮説』月刊公文書学, 第29巻第1号, 1989, pp. 12-27.
- ^ Sato, R.『Calibrations that Never Belonged: The “Nyon-Point” Memo Revisited』Proceedings of the Fringe Audio Society, Vol. 3 No. 7, 2001, pp. 77-92.
- ^ —『にょん点測定器の取扱説明(第三版)』(タイトルが一部誤記されているとされる), 1985.
外部リンク
- 亀にょん資料館(旧回覧板アーカイブ)
- にょん点シミュレーター研究所
- 甲羅礼フォーラム
- 関西口承儀礼データバンク
- 跳ねる沈黙・聴取会