予測可能回避不可避
| 分野 | リスク理論、政策工学、行動経済学 |
|---|---|
| 提唱とされる背景 | 予測技術の高度化と、実行可能性の欠落 |
| 別名 | PBAU(Predictable, But Avoidance Unfeasible) |
| 主な対象 | 災害、事故、規制遅延、サプライチェーン断絶 |
| 評価方法 | 回避不能度指数(AUI)や遅延許容量で推計 |
| 関連概念 | 制約付き自由度、フィードバック遅延、制度的慣性 |
| 成立時期(語の流行) | 1990年代後半〜2000年代初頭 |
予測可能回避不可避(よそくかのう かいひふかひ)は、将来の出来事が予測できるにもかかわらず、回避手段が制度的・物理的に成立しない状態を指す概念である。航空安全や災害対策、さらには投資リスク管理の言説としても参照される[1]。この語は、想定の精密化が当事者の行動選択をむしろ固定化するという逆説を説明するために用いられてきた[2]。
概要[編集]
予測可能回避不可避は、ある事象がモデル化され、発生の時期・規模・経路が十分に推定できるにもかかわらず、実際の社会設計では回避が成立しない状態として定義される。ここでいう「回避」とは、単に危険を“避ける”行動ではなく、制度・インフラ・人員配置・予算配分の全段階で成立する必要があるとされる。
この概念は、政策現場における説明責任と、計画・運用のタイムラグとの衝突を説明するために採用された。とりわけ気象物流医療の領域では、予測が当たるほど“手を打つ期限”が切り詰められ、結局は「当たってしまう」ことが回避の芽を潰すと指摘されている[3]。一方で、用語の曖昧さが批判され、学術界では「回避可能性」の測定方法が統一されていないともされる[4]。
用語の成り立ち[編集]
この語が流行した発端は、1997年に運輸技術審議会(当時、東京都港区に仮庁舎があったとされる)の委員会報告書で「予測が当たりすぎると、現場が動けなくなる」という趣旨の注記が引用されたことにあるとされる。報告書の筆者は渡辺精一郎で、彼は自著で「予測は刃である。刃を研げば、切るべき布の在庫が先に尽きる」と比喩したと記録される[5]。
のちに、概念を計量化する試みとして回避不能度指数(AUI)が提案された。AUIは「回避に必要な意思決定の連鎖が何日遅れるか」を中心に、規制改正入札訓練の三層を掛け合わせて算出されるとされる。たとえば、ある橋の点検から補修までが平均で43.6日必要で、予測が“確度80%で14日前に確定”した場合、AUIは概算で1.29に跳ね上がると計算された(この例が講演スライドとして模倣され、広まりを見せた)[6]。なお、当時の計算式には後年「回避の定義が循環している」との指摘が付いたとされる[7]。
さらに、語の語感から、英語圏では略称PBAUとして短いキャッチコピー化された。ある編集者が「Predictable, But Avoidance Unfeasible の頭文字は、都合よく“回避が不可能”を強調する」と述べたとされるが、当人の記録は残っていないとされる[8]。このように、言葉は学術モデルの補助線としてではなく、議論の武器として定着していった。
歴史[編集]
前史:予測と運用の“ズレ”が主役になった時代[編集]
予測可能回避不可避の前史として、1970年代の交通工学で発展した確率的安全余裕の考え方が挙げられることが多い。安全余裕は、事故が起きる確率を下げることで全体リスクを管理する枠組みだったが、同時に“確率が下がるほど意思決定が先送りされる”現象が観測されたとされる。たとえば名古屋市の港湾管理では、1991年の暫定シミュレーションで冬季の風浪が「昨年より18.2%穏やか」と出たため、資機材の更新が2四半期遅れた結果、翌年だけ波高が想定を超えたと報告される[9]。
ここで重要なのは、予測が外れるかどうかではなく、予測が当たったときの運用が遅れる点にあった。予測が当たることで、予算要求の根拠が“減点される”という制度の逆作用が指摘され、公的調達のスケジュールに沿わない予測は役に立たない、とされた。この逆作用が、のちの予測可能回避不可避の語に接続していったと考えられている[10]。
成立:災害対策と航空安全で同時に言われ始めた[編集]
概念の成立は、1998年の阪神・淡路沖対策研究会(正式名称は長く、議事録では通称のみが残ったとされる)と、1999年の航空運航品質統合推進部の二つが並行して論文化したことにあるとされる。前者は淡路島周辺の強風災害を対象に、「予測できる強風は“見えた時点で対策が遅い”」という実務者の声を集計した。具体的には、通報から避難勧告までが平均で12.7分、しかし意思決定の会議が17時を超えると自動的に翌日扱いになり、結果として回避の窓が閉じると整理された[11]。
一方、航空安全側は管制のフィードバック遅延を理由にした。フライトシミュレータの改善で到達時間が予測できるほど、乗務員の交代調整が“確定した到達見込み”に合わせて固定化し、突発遅延時の迂回が設計上できなくなる、という説明がなされた。ここでは、迂回経路の割り当てが「毎時00分の更新」しか持たないため、予測が“毎時13分に確定”すると回避不能になりやすい、という雑なルールがむしろ流行した[12]。その後、この二つの実務論が、出版社の編集会議で同じ見出し語としてまとめられ、予測可能回避不可避として一般化したと記されている[13]。
仕組み:なぜ“当たる予測”が回避を殺すのか[編集]
予測可能回避不可避が起きるメカニズムは、モデルの外部にある制約が律速することにあるとされる。第一に、意思決定の連鎖が時間遅延を伴う点が挙げられる。意思決定の当日処理が可能な部分と、議会承認・入札・発注・教育訓練が必要な部分が混ざり、予測が“確度高く早く出る”ほど、遅い部分の準備が間に合わない場合がある。
第二に、予測の結果が心理的・制度的インセンティブを変形させるとされる。回避のために動くと、後から「その程度なら不要だった」と判断されるリスクが増すため、現場は過剰な予算を取らない傾向を強める、と政策会計の研究者は述べたとされる[14]。この逆説は、予測が“正しいほど”監査上の説明が厳しくなることで加速する、とも説明された。
第三に、回避不能度はしばしば“技術”ではなく“手続”の問題として発現する。たとえば東京都のある地域では、避難所の開設許可が区役所の夜間当番ルールに紐づき、当番が不在だと仮開設が禁止されるとされた。予測が正しく、避難の必要が明確でも、許可の形式要件が満たされなければ回避が完了しない。こうして、予測可能回避不可避は、物理世界ではなく行政世界の律速で説明されることが多い。
事例[編集]
この概念は、災害だけでなく日常の意思決定にも“説明の型”として持ち込まれてきた。たとえば渋谷区の地下歩道で、熱ストレスの予測が当たり、換気制御を自動で早めた結果、別系統の清掃スケジュールと衝突し、翌週の衛生監査が強化されて運用が固定化したというエピソードが、雑誌記事で取り上げられたことがある[15]。
また、東北地方の送電網では、落雷頻度の季節予測が改善されたことで、雷対策の“季節点検”が前倒しされ、点検要員の配置が固定された。その結果、突発の事故復旧時に応援要員が確保できず、回避の代替策が制度上禁じられたとされる[16]。ここでは、「予測ができるようになったことで、例外運用の余地が減った」という筋書きが、まさに予測可能回避不可避の典型例として説明された。
一方で笑い話として広まった事例もある。あるコンサルタントが大阪市の食品物流に対し「需給の予測が当たるほど廃棄は増える」と言い、精密な需要曲線を作成したところ、社内の監査が“予測誤差の少なさ”を評価して発注を固定化し、結果として返品や融通が制度的に縮小した、といった具合である[17]。この手の事例は実証より比喩が先行するが、概念の説得力を高める教材として用いられた。
批判と論争[編集]
批判としては、予測可能回避不可避があまりに多目的である点が挙げられる。災害対策からビジネス戦略まで同じ説明を当てはめるため、反証可能性が薄いとする指摘がある[18]。また、AUIのような指標が提案されたにもかかわらず、回避の定義が主体に依存し、比較が困難であるとされる。
さらに、学術的には「予測が当たること」と「回避不能が発生すること」の因果を取り違えている可能性が指摘されている。すなわち、もともと回避が成立しない設計になっていたために、予測が当たっただけではないか、という反論である[19]。この批判に対し、支持側は「回避不能度は手続の変更で下げられる。だが、手続を変えるには別の予測と別の承認が要るため、循環が起きる」と応じたとされる。
なお、最も有名な論争として、2006年に日本学術会議のシンポジウムで「予測可能回避不可避は“企業の免責語”として利用されている」という発言が取り上げられた件がある。議事録では発言者の所属が「匿名」とされ、後に「匿名が最速で回避不能を証明する装置だった」と揶揄された[20]。この種の笑いが、用語の拡散をさらに後押しした面もあるとされる。
脚注[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『予測は刃である——回避の時間遅延を読む』港湾技術叢書, 2001.
- ^ M. A. Thornton『Predictability and Administrative Inflexion』Journal of Applied Risk, Vol. 12, No. 3, 2004, pp. 51-73.
- ^ 小林律子『AUI: 回避不能度指数の試算と限界』政策工学年報, 第7巻第2号, 2003, pp. 119-142.
- ^ 田中宗介『災害対策における意思決定連鎖のモデル化』防災科学研究, Vol. 28, No. 1, 2005, pp. 7-29.
- ^ 伊藤みなみ『監査が行動を固定する——予測の成功が生む逆説』会計行動研究, 第3巻第4号, 2006, pp. 233-260.
- ^ S. Al-Hassan『Institutional Latency in Safety Systems』Risk & Governance Review, Vol. 5, No. 2, 2002, pp. 88-104.
- ^ 鈴木健太『回避可能性は誰のものか——主観と指標の齟齬』現代行政学研究, 第11巻第1号, 2007, pp. 41-66.
- ^ 『運輸技術審議会報告書(港区仮庁舎版)—予測と運用の衝突』運輸技術審議会, 1998.
- ^ 【誤植】加藤章『PBAUの数学的再解釈』応用数理叢書, 2006.
- ^ Nakamura, Y. & Reed, J.『Feedback Delay Meets Forecast Success』Proceedings of the International Symposium on Operational Uncertainty, Vol. 19, 2005, pp. 301-318.
外部リンク
- 予測可能回避不可避データベース
- AUI計算機(試作版)
- 運用遅延アーカイブセンター
- 政策会計レビュー
- 航空安全フィードバック遅延集成