人力データセンター
| 別名 | ヒューマン・コプロセッサ・センター |
|---|---|
| 運用理念 | 人間の運動=ゼロエミッション電力 |
| 主な処理形態 | 手作業による照合、転記、搬送制御 |
| 稼働方式 | 人力補助+機械バッファ |
| 関連組織 | ミラクル・ヒューマン・パワー社、環境庁エコ電力実証室 |
| 初出とされる時期 | 平成初期の実証計画(諸説あり) |
| 所在地(代表例) | 横浜臨港地区の実証棟 |
| 社会的評価 | 雇用創出と省エネの両面で議論の的 |
(じんりきでーたせんたー)は、が掲げた「究極のエコ」を体現する、俗称としてのデータセンターである。データ処理や搬送などの一部工程を、人間の手と身体の動きで代替する運用が特徴とされる[1]。なお、現代のデータセンターの文脈では逸脱的な存在として扱われることが多い。
概要[編集]
は、電力消費を抑えるという名目のもと、サーバ計算の一部ではなく周辺の「データの取り回し」を人間の動作に置き換える発想として、俗称的に流通したとされる。とりわけ、が「運動がそのまま演算になる」と説明したことが社会に広まるきっかけとなったとされる[2]。
実際には、完全な人手運用ではなく、人が行うのは照合・転記・搬送・一定の整流(ケーブル取り回し)などの工程であり、計算機本体は低負荷状態で待機し、人間の入力動作をトリガとして処理が進む設計とされた。もっとも、この「待機がエコだ」という論法に対しては後述の通り批判も多い[3]。
用語は業界外にも広がり、単なる比喩ではなく、の実証棟で一般報道にも登場したことで、筋肉労働の新しい形として語られることがあった。さらに、同社が配布した教材では「人力は人の体内コンピュータである」といった誇張表現が見られたとされる[4]。
仕組み[編集]
構造としては、の設計思想に基づき、床面に速度制御用の磁気マーカーを敷設し、作業者が一定の歩幅で移動するとログが自動生成される方式が採られたとされる[5]。このため、同センターは「歩行がバックアップになる」とも呼ばれた。
データ処理は「人間の身体動作→状態遷移→機械バッファ」として段階的に分離された。例えば、転記工程では紙のチェックリストを作業員が指差しし、指差し位置がセンサーで読み取られる仕組みが採用されたと説明されている。ここでの細かい規則として、作業員が指差しを開始してから確認完了までの平均時間は「12.4秒±1.1秒」に最適化され、誤転記率は「0.0037%」まで下げたと発表された[6]。
なお搬送面では、ラック内のカードやラベルを人がスライドさせる「疑似ランダムアクセス」が採用されたとされるが、対外説明の際には「ランダムアクセスとは言えない」と一部技術者から指摘されたという記録もある[7]。このあたりの言い回しの揺れが、用語としての「人力データセンター」を曖昧にしたとも推測されている。
歴史[編集]
構想の成立:環境キャンペーンから実証へ[編集]
という発想は、エネルギー危機を機に「電力は悪、運動は善」という単純化された倫理観が企業広報に取り込まれたことで成立したとされる。特に、系の「エコ電力実証室」が、電力削減に関心の高い企業を集めた審査会を頃に開いたことが契機になったと語られる[8]。
この審査会には当初、光学データストレージや冷却効率の議論が中心だったが、だけは「人の心拍を電力に換算する研究をしている」と主張し、観客の注目を集めたとされる。のちに同社は心拍ではなく「指差し作業でエラーが減る」と方向転換したとされるが、転換の経緯は公表資料では一貫していない[9]。
さらに、最初の実証は横浜の臨港倉庫転用施設で、床面積は「1,680㎡」、同時作業者数は「37名」、1日の処理対象は「約84,000件」とされた。これらの数字は当時の広報で強調され、のちに“人力データセンターの標準イメージ”として独り歩きしたとされる[10]。
拡張と標準化:業界用語として定着[編集]
実証が一定の成果を出したとされる後、同社は関連する下請け企業を束ね、作業手順を「人力オペレーティング手順書(HOPS)」として標準化したとされる[11]。この手順書は作業員の姿勢角度まで規定し、「肘角度は101°を上限とする」といった項目が含まれていたと報じられた。
また、同社は報告書の中で「人力は監査可能」という利点を強調したとされる。機械ならログが改ざん可能だが、人間の作業ログは作業者の視線移動として残り、説明責任を果たしやすいという論旨である。ただし、監査が可能という主張は、後年になって「監査しやすいが、検証しやすいとは限らない」と反論されることになる[12]。
定着の決め手は、実証棟がの産業見本市に出展した際、参加者が見学通路を歩くだけで「擬似処理が完了した」演出が評判になった点とされる。実際の演出にはデモ用の固定データが使われたが、その区別が説明不足だったため、一般には“あたかも処理そのものが人力で完結している”と誤解されたとされる[13]。
衰退:人力の限界と「究極エコ」の失速[編集]
拡張後、導入企業の中には特定業務の繁忙期に人員確保が追いつかず、結果として処理遅延が増えたという報告が出たとされる。さらに、作業者の疲労に起因するヒューマンエラーは、訓練で下げられるとしてもゼロにはならず、誤入力率は繁忙期に「0.0037%→0.0102%」へ上昇したと推定された[14]。
ここで決定的になったのが「電力削減の算定方法」である。同社は、搬送制御に使う機械の稼働率を下げた分を“電力ゼロ相当”として計上したが、批判側は人員管理や照明、空調、手順書印刷などの間接コストを含めて再計算した。再計算の結果、実際のCO2換算は“究極エコ”と呼ぶには隔たりがあるとする指摘が出たとされる[15]。
そのため、は一部の研究機関の実験テーマとして残りつつ、商業運用としては縮小した。とはいえ、言葉としてのインパクトは残り、「人力を導入するなら“手順の設計”が本体」という教訓だけが残ったと総括されることが多い。
実例:横浜臨港実証棟の“奇妙に具体的”な運用[編集]
最も語られやすい事例として、横浜臨港地区の実証棟(通称「港区画B-3」ではなく、当時は“臨港B-3”とされた)がある。ここでは作業者がラック列を往復するたびに、搬送タイムスタンプが「歩行ラベル」として記録され、同時にサーバ側のバッファへ割り当てられる仕組みが説明された[16]。
同棟での作業は「朝イノベーション会議」から始まり、作業者37名のうち、先頭担当は“最短距離で最初の確認をする人”として指定された。確認の手順は単純に見えるが、細部が異様に厳密だったとされる。例えば、指差しセンサーのキャリブレーションは毎時「第17分・第47分」に実施し、キャリブレーションで消費するとされた電力量は「0.9kWh(単回)」と公表された[17]。
さらに、失敗時の挙動が説明されているのも特徴である。誤転記が発生した場合、作業者はチェックリストを二重に折り、折り目の向きを“再学習フラグ”としてサーバに送る運用があったという。これは技術的には過剰に見えるが、報告書では「折り目は人間の記憶を呼び戻す」と説明されており、数値としては再発率が「月次で18%減」になったとされた[18]。
批判と論争[編集]
には、究極のエコという標語に対して多方面から批判が寄せられた。代表的な論点は、直接電力だけを見て間接コストを見ない“部分最適”である。批判側の試算では、作業員の休憩用空調が年間「約312MWh」増加したとされ、結果としてCO2削減が相殺される可能性があると指摘された[19]。
また、倫理面の論争もあったとされる。雇用創出を掲げたはずが、実際には「作業を美談化するPR」により、負荷の実態が見えにくくなるという懸念が指摘された。現場では「安全靴の推奨」と「フォーム矯正」が強く求められたとされ、作業員の負担と賃金設計のバランスについて疑問が投げられた[20]。
ただし擁護側では、人間の関与によって監査可能性が上がる点や、教育効果(手順書が“職能の継承”になる点)を評価する声もあった。とはいえ、擁護の根拠は主に社内資料に依存しており、第三者検証の公開が限定的だったため、結論は揺れ続けたと総括されることが多い[21]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 志賀節也『人力最適化と“歩行ログ”の設計論』環境計測出版, 1993.
- ^ エミリー・タナウィック『Human-Triggered Buffering in Low-Load Computing』Journal of Sustainable Computing, Vol.12 No.4, pp.41-58, 1995.
- ^ 田丸幸平『ゼロエミッション表現の算定基準:直接電力と間接コスト』省エネ会報社, 1998.
- ^ クリストファー・レイン『Auditability and Manual Workflows』International Review of Data Operations, Vol.7 No.2, pp.9-27, 2001.
- ^ 岡崎真琴『現場手順書が生む品質:HOPS運用の事例解析』データ品質研究所, 第3巻第1号, pp.70-96, 2004.
- ^ 横浜臨港産業協議会『臨港B-3 実証報告書(一般公開版)』横浜臨港産業協議会, 1992.
- ^ ミラクル・ヒューマン・パワー社『HOPS-101:人力データセンター運用手順(改訂第7版)』ミラクル社内資料, 1996.
- ^ 相川灯『“エコ”の言葉と検証可能性:試算の再現手順』再現評価研究会, pp.113-140, 2000.
- ^ R. M. グレイヴス『The Myth of Ultimate Efficiency in Human-Assisted Systems』Proceedings of the Energy Modeling Society, Vol.19, pp.201-219, 2002.
- ^ 大島凪『指差し入力はなぜ誤るか:人間動作の統計モデル』情報行動学会, 2006.
外部リンク
- 港区画B-3アーカイブ
- エコ電力実証室の公開資料庫
- HOPS手順書ギャラリー
- 歩行ログ研究メモ
- 人力監査実務ガイド