人間工学に基づいたデザイン
| 名称 | 人間工学に基づいたデザイン |
|---|---|
| 英語名 | Ergonomic Design |
| 成立 | 1912年 横浜港荷役実験を起源とする説 |
| 提唱者 | 大槻健二郎、Margaret E. Wilcoxほか |
| 主な対象 | 椅子、机、入力機器、乗物内装 |
| 中心理論 | 姿勢負荷分散理論、視線節約設計、握力補償設計 |
| 代表的指標 | 背部圧分布指数、手首回旋係数、誤操作率 |
| 普及期 | 1958年から1970年代 |
| 関連機関 | 国際人間機構設計協会、日本姿勢計測学会 |
人間工学に基づいたデザインは、人体寸法、筋電特性、視線移動、疲労回復曲線を総合的に設計へ反映させることで、使用者の負担を最小化する設計思想である[1]。一般にはやの改良技術として知られるが、その起源はので行われた荷役監督実験にさかのぼるとされる[2]。
概要[編集]
人間工学に基づいたデザインとは、使用者の身体的・認知的負担を抑えつつ、作業効率と快適性を両立させる設計手法である。今日では家具、輸送機器、事務機器、医療機器にまで広く応用されているが、もともとは期の港湾労務管理から派生した半ば実験的な技術であったとされる[3]。
この概念が独自の発展を遂げた背景には、単なる「使いやすさ」ではなく、人体の限界を数値化して設計へ埋め込むという発想があった。なお、初期の研究資料には、作業台の高さを1mm単位で変えた結果、被験者の「帰宅時の口数」が増減したとする記述があり、後世の研究者からはやや疑義を持たれている[4]。
歴史[編集]
港湾実験から事務机へ[編集]
起源として最もよく知られているのは、にの新港埠頭で行われた「荷役姿勢最適化調査」である。これは出身の技師・が、米俵の持ち上げ角度と腰痛発生率の関係を調べたもので、のちに彼はこれを「労働具の人間適合化」と呼んだ[5]。
には、英米の事務機器メーカーがこの発想を吸収し、タイプライター台や電話交換台の高さを調整可能にする動きが生まれた。とくにの近郊で開催された「International Posture and Desk Fair」では、机に座ったまま足首の角度を測定する展示が人気を集めたという[6]。
戦後の標準化と「椅子戦争」[編集]
後、人員不足と生産性向上の必要から、は各国の工場再編に取り込まれた。特にの前身組織における座席設計会議が有名で、パイロットの臀部圧力を計測するために「泡の消える速さ」が指標として採用されたと伝えられる[7]。
にはで「椅子戦争」と呼ばれる業界論争が起きた。国内大手家具メーカー3社が、背もたれ角度を2度ずつ変えた試作品をの百貨店で同時展示し、来場者の滞在時間を競わせたのである。結果として、最も売れたのは最も快適な椅子ではなく、「高級そうに見えるがやや硬い椅子」であったことが報告され、以後、快適性とブランド感の両立が重要視されるようになった。
計測文化の成熟[編集]
になると、設計の中心は経験則から計測へ移った。の年次報告書によれば、当時の標準測定項目は身長、座高、肩幅、前腕長、まばたき頻度、昼食後の集中持続時間の6項目で、うち最後の1項目はの研究所が強く推したとされる[8]。
また、の「手首回旋係数事件」は、コンピュータ端末の普及とともに有名になった。ある事務機メーカーが、キー配列を5度傾けただけで入力ミスが17%減少したと発表し、これを受けて各社が一斉に「人間の手首は右利き前提でなく左右非対称である」とする宣伝を行ったためである。なお、この研究の原データには被験者数が19人しかいなかったとする指摘がある[9]。
理論[編集]
人間工学に基づいたデザインの中核には、いくつかの擬似古典理論がある。代表的なものとして、姿勢負荷分散理論、視線節約設計、握力補償設計の三つが挙げられる。
姿勢負荷分散理論は、身体の一部にかかる負担を別の部位へ「見えないように移す」ことを理想とする。これにより、長時間作業でも利用者が疲労を自覚しにくくなると説明されるが、批判者は「単に疲れを遅らせているだけではないか」と指摘している。
視線節約設計は、目線移動の総距離を最小化するようUIや配置を組む考え方である。初期の研究では、冷蔵庫の取っ手を右上に置くと購入率が3.4%上がるとされたが、これはの商店街で行われた12日間の観察に過ぎず、後年の文献ではやや誇張された可能性が示されている[10]。
主要人物[編集]
大槻健二郎[編集]
(おおつき けんじろう、 - )は、初期の人間工学的設計を体系化した日本の技師である。彼はの港湾労働を観察する中で、「道具は人に合わせるべきで、逆ではない」という信念を持ったとされ、晩年は茶碗の持ち手まで研究対象に加えた[11]。
大槻は、被験者に同じ椅子へ30分ずつ座らせ、その後に味噌汁の飲み方を観察するという独特の方法で知られていた。弟子たちはこれを「生活動作総合試験」と呼んだが、本人は単に「皆で昼を食べるついでである」と述べたという。
Margaret E. Wilcox[編集]
は、の産業デザイン研究所に所属した米国の研究者で、操作部の位置関係に関する「三角配置定理」を提唱した人物である。彼女は自動車のダッシュボード設計において、速度計・換気口・灰皿の3要素を等辺三角形に収めると運転者の落ち着きが増すと主張した[12]。
もっとも、のちの調査では、彼女の試験車両はたまたま左ハンドル向けに最適化されていただけで、右ハンドル地域では効果が半減したことが分かった。これが理由で、彼女の理論は「普遍的であるが地域差に弱い」と評されることが多い。
社会的影響[編集]
この概念の普及により、以降のでは役所、学校、駅、病院の椅子が徐々に「座りやすいが立ち上がりにくい」方向へ改良された。とくにの区立図書館で導入された読書机は、利用者が深く没入しすぎて閉館時間を超過する事例を多数生み、運営側が悩まされたという。
一方で、企業側は人間工学を「残業を減らす技術」ではなく「同じ時間でより多く働かせる技術」と再解釈する傾向を見せた。このためには、背もたれの角度を変えるたびに作業ノルマが増えるとする労使紛争が複数記録されており、の事務機メーカーでは「快適すぎる椅子は怠慢を誘発する」として回転椅子の採用が一時中止された[13]。
批判と論争[編集]
人間工学に基づいたデザインは、しばしば「科学を装った好みの押しつけ」であると批判されてきた。実際、にで開かれたシンポジウムでは、ある研究者が「最適な椅子は存在せず、あるのは平均化された諦めだけである」と発言し、会場が一時騒然となった[14]。
また、測定値の過信も問題とされた。身長・座高・腕長の平均値だけで設計した結果、子どもと高齢者が同時に使いにくくなる事例が続出し、後に「平均値の暴政」と呼ばれた。なお、1980年代後半には、社内で最も背の高い社員に試作品を座らせて承認する慣習が一部企業に存在したとされるが、これは文書化が十分でないため要出典とされることが多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 大槻健二郎『労働具の人間適合化に関する覚書』東京高等工業学校紀要 第14巻第2号, 1914, pp. 11-39.
- ^ Margaret E. Wilcox, “Three-Sided Placement and Driver Calmness,” Journal of Applied Industrial Form, Vol. 8, No. 3, 1951, pp. 201-227.
- ^ 佐伯真一『姿勢負荷分散理論の基礎』日本姿勢計測学会出版部, 1963.
- ^ H. R. Bellamy, “Desk Height and Afternoon Complaint Index,” Ergonomics Quarterly, Vol. 12, No. 1, 1968, pp. 44-58.
- ^ 中村誠『椅子戦争史』丸善工房, 1971.
- ^ Jean-Luc Moreau, “Blink Rate as a Design Variable,” Revue Internationale de Design Humain, Vol. 4, No. 2, 1975, pp. 90-113.
- ^ 小泉由紀子『手首回旋係数事件の再検討』情報作業研究, 第21巻第4号, 1981, pp. 7-26.
- ^ A. T. Hargrove, “The Myth of Universal Comfort,” Proceedings of the International Institute of Human Mechanism Design, Vol. 19, No. 4, 1986, pp. 301-329.
- ^ 高橋祐介『平均値の暴政とその周辺』労働環境評論社, 1990.
- ^ M. E. Wilcox and S. N. Patel, “Left-Hand Bias in Passenger Consoles,” Journal of Ergonomic Civilities, Vol. 22, No. 1, 1994, pp. 1-19.
外部リンク
- 国際人間機構設計協会
- 日本姿勢計測学会
- 横浜労働具史資料館
- 東京事務家具研究センター
- 快適性工学アーカイブ