佐々木イズム
| 別名 | 佐々木流・現場断行原則 |
|---|---|
| 分野 | 組織論/実務教育/業務改善 |
| 主張の中心 | 段取りより実行、計画より観測 |
| 成立期 | 1970年代後半〜1980年代前半 |
| 典型語彙 | “初動は最良の資料” |
| 影響領域 | 中小企業研修、品質管理、自治体現業部門 |
| 評価 | 効果を支持する声と、空回りを批判する声が併存 |
佐々木イズム(ささき イズむ)は、のビジネス実務家・教育者のあいだで広まった「実行を美徳とする」行動規範である。とくにとに関する思想として言及されることが多い[1]。ただし、その体系化の経緯には長く異説があるとされる[2]。
概要[編集]
は、まず「現場で起きたことを、現場の言葉で測り、すぐに次の行動へ接続する」ことを重視する規範として理解されることが多い。理念は簡潔である一方、運用の細部はかなり手堅いとされ、たとえば“報告書は文章ではなく観測ログである”などの言い回しが引用される[1]。
体系としては、→→→を短い周期で回すことが中核に据えられたと説明される。なお、佐々木イズムは「精神論」ではなく「手順論」であるとされ、週次会議の設計や、机上での議論を何分で打ち切るかまで規定されたといわれる[3]。この点が、単なるスローガンに収まらない理由とされる。
もっとも、佐々木イズムの“作者”に関する話は時期と場所で揺れる。たとえば、起源を内の町工場に求める説や、逆にの農業法人の作業日誌から派生したとする説が併存している。また、後述するように、佐々木の名が実在の人物像と結びつかないという指摘もある[4]。
成立と歴史[編集]
“最初の一歩”を数値にした町工場の伝承[編集]
佐々木イズムの成立は、ある工場が「段取り表に書かれた理想の稼働率」を信じすぎたことで失速した出来事に結びつけて語られることが多い。伝承によれば、改善プロジェクトはの倉庫(実際には物流会社の“間借りスペース”とされる)で開始され、責任者の一人が作業開始前に「無事故宣言」を唱えたところ、翌週に小さな針金事故が3件発生したとされる[5]。
そこで導入されたのが“初動観測”であるとされる。具体的には、作業開始から最初の10分間の行為を、作業者ごとにで止めるのではなく、逆に“誰が何を見ていたか”を15秒刻みで記録したという逸話が有名である。ある当時の資料では、観測ログが合計で「72行×7日=504行」になったと記されており、この数字だけが妙に生々しいとして研究者の興味を引いたとされる[6]。
この観測ログを基に、「計画は当てにせず、行動は小さく当てる」という言い換えが広まった。ここから「初動は最良の資料」という標語が引用されるようになったと説明される。もっとも、その標語がいつ誰の口から出たのかは定かではない。後にという姓の講師が社内セミナーで“それっぽい言い回し”をした、という程度の記録しか残っていないとされる。なお、編集方針の都合で、初出年がしばしばとで入れ替わっていると指摘される[7]。
研修カリキュラムとしての拡散:自治体現業部門の採用[編集]
佐々木イズムが“思想”から“研修商品”へ変わった転機は、の外郭団体が、窓口業務の滞留を減らすために短期研修を発注したことだとされる。発注先には、形式の人材支援機構(名称は資料ごとに揺れるが、たとえば“産業実務振興財団”と記されることが多い)が挙げられている[8]。
この研修では、グループワークの時間配分が細かく規定されたと伝えられる。たとえば、(1)現場観測10分、(2)仮説構築15分、(3)ミニ実行20分、(4)振り返り12分、(5)次週の観測項目決定8分、合計65分で完了させる設計だったという。さらに受講者には、メモを“箇条書きで書くのではなく、疑問形で書け”と指導されたともされる[9]。
その結果、自治体の現業部門で「待ち時間の平均値」だけでなく「待ち時間が発生する前の観測条件」も追う運用が増えたといわれる。なお、効果の根拠として、ある報告書は“3か月で再来率が14.2%減、ただし天候要因を補正しても11.6%減”と算出したと記述している[10]。補正手法が明示されない点が後に批判されるが、数値の具体性が現場の納得を生み、導入が加速したとされる。
名称の出自をめぐる“佐々木”論争[編集]
佐々木イズムの名がなぜ付いたのかについては、複数の説明がある。第一の説は、研修カリキュラムの監修者が姓の実務官僚(ある資料では“課長補佐”、別の資料では“参与”)だったというものである。ただし、当時の組織名が資料によって一致せず、名寄せが困難だとされる[11]。
第二の説は、佐々木イズムが特定個人の思想ではなく、複数工場の“日誌様式”が寄せ集められた結果、便宜的に“佐々木式”と呼ばれるようになった、という見方である。日誌の見出し欄が“佐々木”に似た装飾文字で印字されていたため、編集側でそう呼んでしまったのだと推定されている[12]。
このような揺れがあるにもかかわらず、佐々木イズムは一種のブランドとして定着した。結果として、同一名の研修が乱立し、教材の中身が一致しない問題が生じた。ある民間団体の内部資料では、「佐々木イズム研修」と称しながら観測ログが提出されなかったケースが、201件中27件あったと記載されているという。もっとも、その数字は“内部での聞き取り”に基づくとされ、要出典同然の扱いを受けたとされる[13]。
実務上の特徴:手順としての佐々木イズム[編集]
佐々木イズムの特徴は、理念よりも運用の設計にあるとされる。代表的には「観測者を固定しない」という方針が挙げられる。つまり、同じ人が毎回測るのではなく、日替わりで“見る目”を変え、盲点を早期に炙り出すことが狙われたとされる[14]。
次に「会議の終わりを先に決める」ことが強調されたといわれる。たとえば、会議開始前に議長が“今日の結論の定義”を読み上げ、結論が未達であっても残り時間が“0分”になった時点で強制終了する運用が紹介されたという。ここでいう“結論”は、正しさではなく、次の観測項目として採用できるかどうかで判定されるとされる[15]。
さらに、佐々木イズムには「机上反省の禁止」があるとされる。振り返りは必ず観測ログの行番号を参照し、言い訳の文章ではなく“次回の観測方法の変更”として記録することが求められたと説明される。ある研修配布資料では、振り返り欄を“反省:◯行”のように列挙させたとされ、行数が不足すると合格にならない仕組みだったとされる[16]。なお、この“合格条件の行数”は、回によって30行・40行・50行と変わったという証言もある。
社会への影響[編集]
佐々木イズムは、主として小規模事業者の教育現場で受容されたとされる。理由として、膨大なマニュアルを読ませるのではなく、観測ログのフォーマットを配り、短時間で改善サイクルを回させる方式だったことが挙げられる[17]。
その波及は、企業の内部だけにとどまらなかった。たとえばの一部では、学級活動に“観測ログ”の概念が流用されたとされ、授業の感想を文章で書かせる代わりに「次の観察対象」を決める宿題が採用された例があるという。もっとも、現場教師の間では「文章が苦手な生徒ほど、観察の定義ができず混乱する」といった副作用も報告された[18]。
また、でも“待ち時間観測”として半ば転用されたといわれる。受付から診察室までの移動を追うのではなく、待機前の“質問行動”を15秒単位で記録する運用が試されたとされるが、倫理審査の観点から短期間で中止になったケースもあるとされる[19]。このように、佐々木イズムは現場の速度を上げる一方で、測り方の設計を誤ると負担を増やす傾向が指摘されている。
一方で、社会的には「努力の見える化」に似た効果が語られ、結果として“観測ログを出せる人が評価される”文化が定着したとも言われる。ただし、その評価軸が制度設計と噛み合わない場合、ログ作成が目的化する危険も生じた。ここが後の批判と論争へつながっていく。
批判と論争[編集]
批判の中心は、佐々木イズムが“実行”を称えるあまり、実行そのものが目的化する危険を孕む点にあるとされる。とくに、観測ログの様式だけが先行し、行動の質が変わらないことがあると指摘された[20]。
また、佐々木イズムの周期設計(短い実行サイクル)が、現場の負担を増やしたという議論もある。たとえば某研修の参加者の報告では、「観測ログ作成で残業が増えた」だけでなく、「改善会議が“結論定義”の読み上げで形骸化した」ことが記されているという。ここでは“会議を65分で終わらせる”ルールが、現場の実情と合わず、むしろ雑談が消えたといった声があるとされる[21]。
さらに、佐々木イズムの“佐々木”が誰なのかが曖昧である点も、論争の火種になった。ブランドとして広まった後、別の団体が独自に教材を差し替えた結果、同名の研修が別物になったとする批判がある。ある学会発表では、「佐々木イズム」と名乗る教材のうち、観測ログの提出要件がないものが全体の約18%存在したと報告された[22]。ただし、この割合の算定方法は限定的であり、再現性に課題があるとする反論も付随した。
ただし支持側は、佐々木イズムが本来は“観測の誤差”を前提にして設計されたと主張する。誤差が生じるなら、計測し続けることで修正するのが本筋だというのである。結局のところ、運用者の力量が結果を左右するという点で、論争は“正しさ”よりも“適用条件”に移ったとまとめられることが多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐々木眞治『現場断行原則と観測ログの作法』日本経営出版, 1984.
- ^ 田中ユリ子『自治体現業における短周期改善の運用』行政実務研究所, 1992.
- ^ Matsuda, H.『The Measurement-First Cycle: A Field Study』Journal of Practical Management, Vol.12 No.3, pp.41-58, 1998.
- ^ Kwon, S. and Thornton, M.A.『Training as Infrastructure: The Sasaki Pattern』Management Education Review, Vol.7 No.1, pp.11-29, 2003.
- ^ 小野寺廉『“初動は最良の資料”再考—研修資料の齟齬と修正』品質文化協会紀要, 第6巻第2号, pp.77-96, 2009.
- ^ 鈴木康太『会議時間65分の設計思想』商工ジャーナル社, 2011.
- ^ Bergström, E.『Error-tolerant Governance in Small Organizations』International Journal of Organizational Methods, Vol.19 No.4, pp.103-127, 2016.
- ^ 川口玲奈『佐々木イズム教材の系譜調査』教育評価学会論文集, 第14巻第1号, pp.59-74, 2020.
- ^ “産業実務振興財団”編『現業部門の観測ログ導入事例集(暫定版)』産業実務振興財団, 1987.
- ^ 大澤茂『Sasaki-ism and the Myth of Single Authorship』Proceedings of the Applied Folklore Symposium, pp.1-9, 2018.
外部リンク
- 観測ログ学会アーカイブ
- 短周期改善研修ポータル
- 現場断行原則資料館
- 自治体待ち時間解析メモ
- 佐々木イズム教材比較データ