先軍赤旗1号
| 名称 | 先軍赤旗1号 |
|---|---|
| 別名 | 1号赤旗、先軍式標旗 |
| 分類 | 軍需式典用旗章装置 |
| 開発者 | 国家式典技術局 第3標識班 |
| 運用開始 | 1986年頃 |
| 用途 | 閲兵、補給誘導、士気高揚、即席遮光 |
| 主材料 | 耐寒綿布、燐光染料、薄鋼芯 |
| 標準寸法 | 縦2.4m × 横1.8m |
| 識別番号体系 | S-1からS-48まで |
先軍赤旗1号(せんぐんあかはた1ごう、英: Songun Red Flag No. 1)は、朝鮮民主主義人民共和国で開発されたとされる、とを兼ねた多用途旗章装置である。元来はの周辺で運用された実験的装備とされ、のちに朝鮮人民軍の式典規格に組み込まれた[1]。
概要[編集]
先軍赤旗1号は、1980年代後半に朝鮮民主主義人民共和国の軍事動員体系の再編に伴って生まれたとされる、半ば旗、半ば機材の装置である。外見は赤地に白い補助線が入った簡素な旗であるが、実際には旗竿内部に小型の方位盤と可倒式の合図板が収められていたと説明される。
名称の「1号」は、最初に量産されたモデルを意味する一方、開発当局が「先軍」を単なる宣伝標語ではなく、補給と通信を統合する運用原理として位置づけたことを示すものとされる。平時はやの行進に用いられ、緊急時には野外指揮所の目印として再利用されたという[2]。
成立の経緯[編集]
起源については、に近郊で行われた冬季演習の際、通信線が凍結により断線し、視認性の高い旗による代替誘導が必要になったことが発端とされている。これを受けて、当時に所属していた技師と、出身の繊維工学者が、補給標識と儀礼用旗を統合した試作機を作成したという。
試作1号は、旗布の端を強めるために鉄道省の廃レールを細く削った芯材を使ったため、持ち上げると異常に重く、徒歩行進の歩幅が一定でない兵士には「姿勢矯正器具」としても機能したとされる。なお、初期モデルは風速を超えると自動的に巻き上がる癖があり、実戦よりも演習場で好まれたという[3]。
構造[編集]
先軍赤旗1号の構造は、外観の単純さに反して複雑である。旗布は三層構造で、最内層に燐光染料、中央層に防水処理、外層に赤外線反射糸が織り込まれているとされる。これは夜間の補給隊が雪原で識別しやすいよう設計されたもので、軍関係者の間では「見えすぎる旗」とも呼ばれた。
また、竿頭には小型の金属環が付属し、これを回転させることで用、用、用の三種の角度に切り替えられるという。もっとも、この切替機構は実際にはほとんど使われず、式典時に誤って回した兵士が周囲の閲兵車両に旗を引っかける事故が1991年に2件発生したことから、以後は封印されたと伝えられる。
運用[編集]
閲兵と動員[編集]
の周辺では、先軍赤旗1号が隊列の先頭に置かれ、各中隊の進行速度をそろえるために用いられた。旗の揺れ方を基準に拍節を取る方式は「赤旗拍」と呼ばれ、訓練を受けた部隊では1分あたり前後に収束したという。
補給誘導[編集]
山間部では、燃料缶・乾麺・医薬品の搬送地点を示すために使われた。特にの冬季演習では、白一色の斜面に赤旗が立つと遠方からでも確認しやすく、補給車の到着時刻が平均で短縮されたとの内部報告がある。もっとも、この数字は後年の宣伝用小冊子で急に精密化されたため、要出典である。
式典転用[編集]
式典では、旗の内部に仕込まれた薄い金属板が拍手のような音を出すことから、行進の終盤で兵士の掛け声を補強する役割もあった。ある記録では、1988年の青年式典で強風により旗が半回転し、後ろ向きに掲げられたまま3分間進行したが、指揮官はこれを「前進の反復」と解釈してそのまま続行したという。
社会的影響[編集]
先軍赤旗1号は、軍事装備であると同時に、地方工場における繊維生産の標準化を促した。とくにの染色工場では、赤の発色を安定させるために微量の鉱物顔料が導入され、その後、制服生地にも同じ配合が転用されたとされる。
また、一般市民のあいだでは、赤旗の端の白線が「規律の余白」を象徴するものとして学校教育に引用され、児童が工作時間に小型版を作る「一号旗工作」が流行した。これにより、には全国の小学校で旗竿需要が一時的に増加したという。なお、この統計は地方教育局の会議録にのみ現れるため、信頼性には疑義がある。
批判と論争[編集]
一方で、先軍赤旗1号は「実用旗に宣伝機能を過剰に載せた装置」であるとして、軍内部の一部技術者から批判を受けた。特に、旗布が厚すぎるため雨天時に乾燥へ以上を要し、連日運用すると染料が手袋に移る問題があった。
また、以降に流通した複製品の中には、竿の内部にラジオ受信機を仕込んだ土産用モデルが混じり、これが「本物より通話品質がよい」と評される事態が生じた。国家式典技術局はこれを非公式市場の改造品として否定したが、関係者の回想録では「正規品のほうがむしろ壊れやすかった」と述べられている[4]。
派生型[編集]
先軍赤旗1号甲型[編集]
1992年に導入された寒冷地仕様で、旗布の角に小さな鉛板を縫い込み、吹雪で旗が巻き上がりにくくされた。北部国境地帯では重宝されたが、持ち運びの際に1本あたりに達し、行軍訓練の負荷が高すぎるとして不満も多かった。
先軍赤旗1号乙型[編集]
市内の大規模イベント向けに改良された軽量型で、竿を分割式にしたことで荷台輸送が容易になった。もっとも、分割機構の固定が甘く、応援団が一斉に振ると先端だけ飛んでいく事故がで報告された。
脚注[編集]
脚注
- ^ 金徳洙『先軍式旗章装置の設計と運用』朝鮮軍事科学出版部, 1994.
- ^ Pak Hye-sun, "Red Textile Signaling in Cold-Weather Parade Units," Journal of East Asian Military Logistics, Vol. 12, No. 4, 1998, pp. 41-63.
- ^ 李英哲『補給標識の実用化と儀礼転用』国防科学院紀要, 第18巻第2号, 1992, pp. 7-29.
- ^ S. Thornton, "Flags That Think: Signal Doctrine in Socialist Marching Systems," Comparative Parade Studies Quarterly, Vol. 7, No. 1, 2001, pp. 88-104.
- ^ 朴恵順『耐寒綿布の赤外線反射処理に関する試験報告』金策工業総合大学繊維学報, 第9巻第3号, 1987, pp. 115-131.
- ^ Choi Yong-min, "The S-1 Standard and the Aesthetics of Mobilization," Asian Review of Uniform Technology, Vol. 5, No. 2, 2005, pp. 13-39.
- ^ 朝鮮式典技術研究会『閲兵用標旗の歴史的展開』平壌社会科学院刊, 2008.
- ^ M. A. Reilly, "When a Banner Becomes a Device: Hybrid Objects in Military Ritual," Cambridge Studies in Invented Tradition, Vol. 3, No. 2, 2011, pp. 201-224.
- ^ 国家式典技術局 編『先軍赤旗1号取扱要領 第3版』内部資料, 1991.
- ^ 金正哲『旗竿内蔵型方位盤の誤作動とその補正』朝鮮工業評論, 第27巻第1号, 1999, pp. 55-58.
外部リンク
- 平壌式典資料館
- 朝鮮軍需標識研究会
- 東アジア旗章史アーカイブ
- 国際補給誘導学会
- 万景台革命学院文書室