全人類皆殺しウーマン
| 分類 | 都市伝説、終末思想、サブカルチャー |
|---|---|
| 初出 | 1987年ごろ |
| 発祥地 | 東京都新宿区歌舞伎町周辺 |
| 提唱者 | 石塚玲子(という説) |
| 主要媒体 | 深夜ラジオ、同人誌、繁華街の貼り紙 |
| 象徴色 | 黒、臙脂、蛍光ピンク |
| 関連団体 | 都市安全文化研究会、東都終末表現協議会 |
| 影響 | 一部の雑誌で特集化、イベント名として流用 |
全人類皆殺しウーマン(ぜんじんるいみなごろしウーマン、英: All-Humanity Extermination Woman)は、末期のを中心に観測された、極端な終末思想を帯びた大衆文化上の女性像である。後の都市伝説との過激な誤読が重なって成立したとされる[1]。
概要[編集]
全人類皆殺しウーマンは、単なる暴力的表現ではなく、後半ので生まれた「破滅願望を商品化した女性キャラクター群」の総称であるとされる。とりわけの深夜文化圏で、退廃的なファッション、過剰な防災意識、そして半ば冗談としての反社会性が結びついて成立したと説明される[2]。
名称の初出は、裏手の貸しスタジオで配布された手書きのチラシにあるとされるが、実物は確認されていない。ただし、同時期の番組『午前二時の非常口』において、匿名投稿者が「世界を終わらせる女」という言い回しを使った記録が残っており、これが後年の呼称定着に寄与したとする説が有力である[3]。
成立史[編集]
前史:防災と退廃の混交[編集]
この概念の前史には、の以後に全国で高まった防災ブームがあるとされる。防災頭巾、非常食、簡易浄水器といった実用品が、やがて「終末を先取りする美学」として若年層の間で消費され、特にの輸入雑貨店では黒い懐中電灯や軍用風ポーチが異常に売れたという[4]。
一方で、当時の女性誌は「強い女」「壊れない女」を特集しており、これが一部の編集者により誇張され、ついには「壊す側に回る女」という逆説的な表現へ変質した。ここでの語彙が、なぜか火器・爆薬・非常口表示と結びついたのが特徴である。
初期の広まり[編集]
には、都内のミニコミ誌『月刊・廃墟通信』が「全人類皆殺しウーマン入門」という4ページ特集を掲載し、これが一般化の契機となった。記事では、彼女たちの装いを「防毒マスク風の襟、片側だけ折り返したブーツ、そして異様に整った口紅」と定義しており、読者投稿欄には「見たことはないが、いる気がする」という感想が多数寄せられた[5]。
この時期、のライブハウスでは、女性ボーカルによるノイズユニットが「皆殺しは比喩である」と宣言しながら、ステージ上で非常ベルを鳴らし続ける演出を行ったとされる。主催者側は翌月から会場規約を改定し、「非常装置の芸術利用は禁止」と明記した。
制度化と商業化[編集]
頃になると、この語は都市伝説としてよりも、ファッション雑誌とテレビ番組の煽り文句として流通するようになった。特に系の深夜番組『現代怪異学講座』で、司会の民俗学者・が「破滅の身振りを持つ女性像は、近代都市の自己防衛願望の鏡である」と述べた回が有名である[6]。
同年、外郭の委託調査として「危険印象語と若年購買行動に関する基礎研究」が実施され、報告書の余白に「全人類皆殺しウーマン的商品は売れる」と手書きで追記されたという逸話が残る。ただし、この追記の筆跡が後に複数の人物のものと判定され、いまなお真偽は定まっていない。
文化的特徴[編集]
全人類皆殺しウーマンの図像は、一般に「長いコート」「無表情」「やけに清潔な靴」「危険物保管庫の鍵束」を基本要素とする。また、左手に、右手に赤い缶飲料を持つ構図が好まれ、これは「終末の直前でも水分補給は必要である」という奇妙な実用主義を表すとされる[7]。
音楽面では、と工業ノイズの混成が「全人類皆殺しウーマン的サウンド」と呼ばれた。テンポは毎分118〜124拍が理想とされ、これは「歩くと追いつかれるが、走ると怖くない」速度として、ある無名のイベントプロデューサーが定義したという。
言語表現としては、断定形よりも命令形が好まれた。「退避せよ」「振り向くな」「だが化粧は崩すな」といった矛盾したフレーズが、サブカル誌の見出しに多用されたことが知られている。
社会的影響[編集]
この概念は、実際の暴力を助長したというより、危機管理を過剰に演出する広告やイベントの文法を変えた点で重要である。たとえばの百貨店では、の防災フェアにおいて「全人類皆殺しウーマン協力:非常持出し袋コーナー」という極端なコピーが掲示され、売上が前週比で137%増加したと報告された[8]。
また、若年層の間では「終末系女子」という派生語が生まれ、これはのちに雑誌やで反復的に消費された。なお、には関連資料として7点が登録されているとされるが、資料番号の一部が欠番になっており、研究者のあいだでしばしば話題になる。
批判と論争[編集]
批判の多くは、過度に攻撃的な語感が女性像を暴力と短絡させるとして、の観点から提起された。とくにの社会学者・は、1997年の論文で「破滅を装うことは、必ずしも破滅を望むことではない」と述べ、概念の再解釈を試みた[9]。
一方で、当事者不在の概念であるにもかかわらず、インタビュー記事では「全人類皆殺しウーマンを自認する女性」が少なくとも3名存在したと報じられた。もっとも、そのうち2名はクラブイベントの受付係、残る1名は書店員であったと後年に訂正されている。
各地の派生表現[編集]
関西圏[編集]
では「全人類皆殺しレディ」として紹介され、より上品で上流階級的なイメージが付与された。具体的には、黒い日傘と低音の笑い方がセットで語られ、港湾地区の夜景と結びつけられたことが特徴である[10]。
地方都市[編集]
やでは、これが都市伝説というより観光土産のモチーフとして定着した。とくにの一角で「終末の女神像」が制作され、主催者が「全人類皆殺しではなく、全人類の記憶を一度消すイメージ」と説明して混乱を招いた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯真一『深夜文化と破滅表象』東都出版, 1993.
- ^ 高橋麻衣子『ジェンダーと終末の身振り』青灯社, 1998.
- ^ 小野寺拓也『歌舞伎町の都市伝説学』新潮選書, 2001.
- ^ M. Thornton, "Apocalyptic Femininity in Late-Show Media", Journal of Urban Folklore, Vol. 12, No. 3, pp. 44-67, 2004.
- ^ 渡辺精一郎『非常口から読む平成前夜』岩波書店, 2007.
- ^ R. Caldwell, "Consumer Panic and the Black Jacket Aesthetic", Media & Society Review, Vol. 18, No. 1, pp. 9-31, 2011.
- ^ 『月刊・廃墟通信』編集部『全人類皆殺しウーマンの時代』廃墟通信社, 1989.
- ^ 白井由美子『終末を売る広告』ミネルヴァ書房, 2015.
- ^ 佐伯真一・編『現代怪異学講座 講義録』テレビ東京文化研究会, 1994.
- ^ K. Nakamura, "Urban Safety Fashion and the Female Menace", Tokyo Cultural Papers, Vol. 7, No. 2, pp. 101-128, 2002.
- ^ 高橋麻衣子『全人類皆殺しウーマン再考』京都社会学叢書, 1999.
外部リンク
- 都市安全文化研究会アーカイブ
- 東都終末表現協議会年報
- 深夜ラジオ資料室
- 廃墟通信デジタル図書館
- 新宿怪異年表プロジェクト