全身スープレックス
| 名称 | 全身スープレックス |
|---|---|
| 別名 | 全身反転投げ、フルボディ式背面移送 |
| 起源 | 昭和30年代・東京都墨田区 |
| 考案者 | 大島 恒一郎、北村 ミナトほか |
| 分類 | 身体技法、投げ技、舞台演出 |
| 主な用途 | 荷役補助、格闘技、見世物興行 |
| 普及期 | 1962年 - 1980年代 |
| 特徴 | 相手の重心を自分の全身で受け渡しする |
全身スープレックス(ぜんしんスープレックス、英: Full-Body Suplex)は、とを同時に制御して相手を反転させる、発祥の総合身体技法である[1]。もともとは30年代ので考案されたを起源とし、後にの投げ技として体系化されたとされる[2]。
概要[編集]
全身スープレックスは、相手のを直接ねじるのではなく、からまでの運動連鎖を一括で使い、持ち上げ・反転・落下の三動作を一息に処理する技法である。表向きはの必殺技として知られるが、実際にはの現場で、袋物を素早く積み替えるために発展したとされる。
この技法が注目されたのは、前年の1963年に、の仮設倉庫で行われた荷役実演会で、作業員が「背中を使わずに相手を運ぶ」奇妙な動きとして披露したことがきっかけである。以後、の内部研修、地方巡業の余興、さらには舞台殺陣の稽古へと拡散し、1980年代には一般に「見た目が派手で実用性もある謎の投げ」として定着した。
なお、の1968年通達には、全身スープレックスに類する動作を「荷役時の過負荷防止に有効」とする記述があったとされるが、原本は焼失しており、現在では要出典扱いのまま半ば都市伝説化している[3]。
歴史[編集]
誕生以前の原型[編集]
起源は28年ごろ、沿いの倉庫街で用いられた「肩替え」という作業法に求められる。これは、米俵や木箱を持ち上げたまま、上半身を一回転させて次の作業者へ受け渡す方法であり、現場では「投げているのに置いている」と表現された。
この技法を観察したの嘱託研究員・大島 恒一郎は、力学的にはよりもの再配分が重要であると考え、助手の北村 ミナトとともに動作解析を開始した。1959年には竹製の人体模型を用いた実験が行われ、平均での移動との姿勢制御改善が確認されたという[4]。
プロレス技への転用[編集]
1964年、の改装控室で、巡業中のレスラーが肩替えを見て「これはそのまま投げにできる」と発言したことから、興行用の型が整備されたとされる。初期の名称は「全身背面投げ」であったが、観客が技の途中で思わず息を止めること、また実況アナウンサーが一拍で言い切れなかったことから、1966年に現行名へ改称された。
普及に決定的だったのは、の深夜中継で行われた「空中姿勢保持秒数チャレンジ」である。ここで北村が開発した補助ベルトを用いると、平均相手が宙に浮いた状態を保てたため、全身スープレックスは「危険そうに見えて実は姿勢学の勝利」として人気を得た。もっとも、当時の記録映像には、相手役が着地直前に自ら回転を増やしていた痕跡が残り、現在では競技記録としては疑義があるとされる。
学校体育と舞台演出への拡大[編集]
1970年代に入ると、の一部委託事業として、都内の中学校で「全身移動運動」の授業案に採用された。ここでは相手を投げるのではなく、2人1組で重心移動を学ぶ教材として使われ、学期末には廊下で「背中を貸す練習」が流行したという。
一方、周辺の小劇団では、戦国物の立ち回りに導入され、舞台上で鎧役を一気に反転させる演出が生まれた。特に1978年の『』では、全身スープレックスを受ける敵役が着地後にそのまま三味線を弾くという演出が話題になり、演劇評論家の間で「日本的身体感覚の極点」と評された[5]。
技術[編集]
全身スープレックスの要点は、腕力ではなく・・の三点を同調させる点にあるとされる。熟練者は相手を持ち上げるのではなく、相手の重みを自分の重心線の外へ「預ける」ことで反転を成立させる。
このため、訓練では畳の上に含ませた布を敷き、滑り抵抗の変化を身体で覚えさせる方法が採られた。1981年のの内部資料によれば、3か月間の訓練で受講者12名のうち9名が「相手を投げた」というより「自分が一回転した感覚」を報告している。
なお、上級者の間では「肩を使うな、背中を使え、最後は息で押せ」という独特の教えが残るが、これは大島が晩年に禅寺で学んだ呼吸法の影響とされる。ただし、本人の手記は達筆すぎて判読不能な箇所が多く、後世の解釈が先行した可能性が高い。
社会的影響[編集]
全身スープレックスは、格闘技の技法にとどまらず、との現場に奇妙な影響を与えた。1970年代後半の調査では、港湾地区の荷役事故が前年より減少したとされ、その理由の一つに「全身スープレックス式の受け渡し訓練」が挙げられている。
また、企業研修では、相手を「支える」「預ける」「反転させる」という発想がに応用され、課長と新人の座席入れ替え訓練まで行われたという。これに対し一部の労組からは「上司を投げる比喩が現実に近すぎる」との抗議があった。
1990年代には、地方ので開かれる健康イベントの定番となり、参加者が畳の上で中腰からぐるりと回る「全身スープレックス体操」が普及した。もっとも、自治体の広報紙が誤って「全身ストレッチ」と表記したところ、住民から「それでは回転しない」と問い合わせが相次いだとされる。
批判と論争[編集]
批判の多くは、安全性よりも「そもそもそれは投げなのか、受け渡しなのか」という定義をめぐるものであった。1972年のでは、全身スープレックスは武道の体系に入るのか、あるいは物流技術なのかが議論され、採決はの同数で持ち越しとなった。
また、1984年にはの地方巡業で、技の名をめぐる商標紛争が発生した。ある地方新聞が「全身シュープレックス」と誤記したことから、北村派と大島派の双方が「正しい綴りはどちらか」を主張し、最終的に新聞社が謝罪広告を出した。しかし謝罪文の末尾にも誤字が残っていたため、かえって話題を呼んだ。
なお、海外ではの名で紹介されたが、英語圏の編集者の一部は「これは体操競技ではないか」と誤解したため、1987年の展示会では、実演のたびに観客が拍手より先に身を引いたと記録されている[6]。
各流派[編集]
大島流[編集]
最古の流派とされ、反転の途中で相手の肩を自分の胸骨に密着させることで安定性を確保する。弟子筋には、の興行会社へ移った者が多く、地方巡業向けに「短く、速く、よく見える」型へ改変した。
北村流[編集]
北村 ミナトが発展させた学派で、補助具と姿勢制御を重視する。ベルト、滑り止め粉、そして「掛け声の拍数」を細かく規定することで知られ、練習帳には『相手より先に呼吸を合わせよ』という一文が繰り返し書かれている。
劇場型[編集]
の小劇場を中心に発展した派生で、技の成功よりも着地音と照明の同期が重視される。現在でも一部の舞台演出家は、これを「倒すための技ではなく、場面転換のための技」と呼んでいる。
脚注[編集]
[1] いずれも所蔵の未整理カードに基づくとされる。
[2] の草稿には同名の作業法が見えるが、記述が鉛筆書きのため判読困難である。
[3] 当該通達の存在自体を疑う研究者もいる。
[4] 竹製模型の保存先は不明である。
[5] 初演時のパンフレットには「空中で礼をする技」とある。
[6] 展示会記録は英語とドイツ語が混在しており、翻訳の過程で意味が拡張された可能性がある。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 大島 恒一郎『全身反転法の基礎研究』墨田身体工学出版, 1965.
- ^ 北村 ミナト『肩替えと荷役補助の実際』港湾労働研究会, 1967.
- ^ 佐伯 俊一『日本プロレスの身体技法史』東都新書, 1974.
- ^ Margaret A. Thornton, "Kinetic Transfer in Full-Body Suplex", Journal of Applied Folkloric Mechanics, Vol. 12, No. 3, 1982, pp. 44-61.
- ^ 田中 進『舞台上の反転動作と観客心理』歌舞伎座学術叢書, 1985.
- ^ Hiroshi Watanabe, "A Strange but Efficient Throw", International Review of Combat Anthropology, Vol. 7, Issue 2, 1989, pp. 101-119.
- ^ 墨田区史編纂室『隅田川沿岸産業動作資料集』墨田区役所, 1991.
- ^ 北村ミナト研究会編『全身スープレックス年鑑 1971-1988』北村資料保存会, 1993.
- ^ Jonathan K. Reed, "The Ethics of Lifting People into the Air", Sport, Labor and Stagecraft Studies, Vol. 4, No. 1, 1997, pp. 9-28.
- ^ 『全身スープレックス活用ハンドブック』日本身体移送協会, 第2版, 2002.
- ^ 福田 里見『現代都市における投げと運搬の境界』中央身体文化研究所, 2008.
- ^ A. H. Carter, "Why Does It Sound Like a Finishing Move?", Proceedings of the London Symposium on Practical Motion, Vol. 19, No. 4, 2014, pp. 233-247.
外部リンク
- 日本身体移送協会アーカイブ
- 墨田区産業動作史データベース
- 全身スープレックス保存会
- 国際反転技術連盟
- 後楽園ホール資料室