六島玲治
| 氏名 | 六島 玲治 |
|---|---|
| ふりがな | むつしま れいじ |
| 生年月日 | 4月17日 |
| 出生地 | 松山市 |
| 没年月日 | 9月2日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 小説家 |
| 活動期間 | - |
| 主な業績 | 芥川賞・直木賞同時受賞(史上初) |
| 受賞歴 | 第◯回芥川賞、第◯回直木賞同時受賞 ほか |
六島 玲治(むつしま れいじ、 - )は、の現代作家である。芥川賞と直木賞を史上初、同時に受賞した人物として広く知られる[1]。
概要[編集]
六島玲治は、戦後日本の文学界において、都市の「沈黙」を計量し、言葉に“温度”を与えようとした小説家である。特に、とを史上初の同時受賞として獲得したことで、文学賞のあり方自体が議論の対象となった[1]。
その作品は、事件の筋だけでなく、同じ一文の反復回数、句点の位置、登場人物が席を立つまでの秒数といった“作法”を、読者が気づくより先に織り込む点で特徴づけられる。六島は、文学を感想ではなく設計として扱う稀有な作家として、のちに「構文工学派」の先駆者に数えられた[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
六島玲治は松山市の港町で生まれた。父・六島宗次はの旧式文書係であり、時刻の書き方に異様な几帳面さを持っていたと伝えられる。玲治は幼少期、帳簿の余白に「12時07分」のような細かい時間だけを書き連ね、母・松野ユキはその癖を「石の数え方」と呼んで叱らなかったという[3]。
、松山市は臨時の防潮訓練を実施し、避難指示の伝達を“秒単位”で記録する仕組みを導入したとされる。玲治はこの記録媒体を、のちに自分の小説のリズムに転用したという説がある。もっとも、父の机の引き出しからは、訓練当日の秒数を書き込んだ紙片がになって見つかったといい、その遅れが本人の執筆態度と結びつけて語られた[4]。
青年期[編集]
に地元の旧制中学へ進んだ玲治は、国語の授業で作文よりも朗読の“間”を評価されるようになった。彼は「読点は呼気の回数である」として、原稿用紙の罫線に沿って吸って吐く練習をしたといわれる。部活では演劇部に所属したが、台詞の練習よりも、舞台袖で秒針を見つめる時間の方が長かったと、当時の先輩が回想している[5]。
、玲治は学徒動員の一環として周辺の保安記録を手伝い、“人が走り出す瞬間”の統計をまとめた。その数字が異常に整いすぎていたため、担当の警防係は「誰かが脚色している」と疑った。もっとも、玲治自身は脚色ではなく、紙にインクが乾く速度まで測っていたとされ、この逸話が後年の“過剰な正確さ”へつながったと説明される[6]。
活動期[編集]
玲治はに上京し、系の講座に通いながら短編を投稿した。最初の掲載は『潮騒』の別冊であり、作品名は『七秒で静かになる駅前』である。短編は評判になったが、編集側が「文章が正しすぎる」として改稿を求めたため、玲治は句点を1回増やす代償として、舞台設定の方角を“わざと1度ずらす”ことにしたという[7]。
その後、玲治はに長編『赤い秒針、白い息』を発表する。作品の中心は犯罪ではなく、犯罪の“前後の音”であるとされ、審査員の間で論争を呼んだ。議論は「犯罪小説は事件を中心にすべき」という保守的立場と、「事件の前後にこそ社会が写る」という革新的立場に分かれたと記録される。なお、同年の選評で、審査委員長が“秒針の色”を理由に賛否を述べたという証言があり、ここから同作が賞レースに乗ることになったとされる[8]。
そして、玲治は短期間で完成させた二つの作品――芥川賞候補の『影の回送』と直木賞候補の『呼気計算』を同時に提出し、結果として同年のとを史上初の同時受賞として獲得した。受賞会見では、彼は「賞の名称より、審査員の沈黙の長さを測らなければならない」と述べたと報じられ、以後、授賞式の会話が“沈黙の秒数”で語られる奇妙な慣行が生まれた[9]。
晩年と死去[編集]
後半、六島は過度な作法への批判を受けて、作品を意図的に“粗く”する試みを始めた。しかしそれでも結果は、句点や改行の密度だけが不自然に整ってしまうことが指摘された。本人は「粗いのではなく、緻密さの隠し方が変わっただけだ」と語ったという[10]。
に長編の発表を停止し、エッセイと講義ノートの整理に向かった。講義では、学生に「物語は速度である」として、ページをめくる手の力の方向まで想定させた。最後の年、玲治は愛媛へ戻り、の閉架で自身の草稿を整備していたと伝えられる。
9月2日、玲治はの病院で死去した。享年はであるとされ、臨終の際に「秒針だけは止めるな」と遺したと報じられた[11]。
人物[編集]
六島玲治は、温厚であると同時に執筆に関して頑固だったとされる。弟子筋の回想では、彼は原稿の赤入れを受け付けず、「赤は血の色だから」と言って、代わりに青ペンだけで“呼吸”を直したという。さらに、執筆机の引き出しには、鉛筆の長さを測るの定規が必ず入っていたとされる[12]。
性格面では、他者に優しく、しかし研究と称して相手の癖を観察しすぎる傾向があった。ある編集者は、六島から「あなたの笑いは3回目で終わります」と言い当てられ、以後の打ち合わせが気まずくなったと語っている。一方で、彼は同じ編集者に対し、翌月には書店での売れ行きを“1店舗あたり週単位”で集計した報告書を渡しており、対人距離の取り方が独特だったとも指摘される[13]。
また、六島は酒席を嫌ったわけではなく、むしろ好きだったが、乾杯の音が一定になる居酒屋を選んだとされる。具体的には、グラスが当たる反響が“0.72秒”で減衰する店を優先したという逸話があり、のちに「玲治基準」と呼ばれて、仲間内で笑われた[14]。
業績・作品[編集]
六島玲治の業績は、文学賞の単なる受賞ではなく、「読む行為を計測可能な文化」として提示した点にあるとされる。彼は作中でしばしば、時刻や呼吸回数を明記し、それがリアリティを増す一方で、読者に“意味の過剰さ”を突きつける形になった[2]。
代表作として『影の回送』()が挙げられる。作品は列車事故を扱うが、描写の主役はレールの金属音であり、登場人物の会話は“音に負けない”長さで設計されているとされる。六島はこの音の設計のため、の地下通路で録音を試みたとされるが、これは同駅の警備担当が記録を残しており、後年の作家研究に引用された[15]。
次に『呼気計算』()がある。こちらは企業人の不正を題材にしつつ、実際には「不正を可能にする沈黙」を描くとされる。作中で主人公がペンを置く回数はと明記され、読者が数えられることに重きが置かれている点が特徴である。なお、このがなぜ出てきたのかについて、六島が打ち合わせのたびに“ペンを置く癖”を観察した結果だとする説と、単なる縁起の数字だとする説が併存している[16]。
さらに『赤い秒針、白い息』()は、社会小説の語り口を、時間の比率で再編した作品として位置づけられる。評論家の一人は「六島は事件の因果を“速度”へ置換した」と述べ、以後の計量的批評の先鞭とみなされた[17]。
後世の評価[編集]
六島玲治は、受賞の衝撃によって一度は“奇才”として祭り上げられたが、その後は作法の硬さが評価と批判の両方を生む形になった。肯定側は、彼が日本語のリズムを“測定できる芸術”へ引き上げたとし、否定側は、測定が読者の感情を奪うと指摘した[18]。
批評史の中では、とりわけに彼の方法が模倣され、若手作家の作品が「句点過多」「沈黙過多」と呼ばれる時期があった。これに対し六島自身は、晩年に「沈黙は数えると汚れる」と書いているとされ、逆説的に彼の理論が自分の足かせになったとも語られる[10]。
一方で、文学賞制度への影響は比較的大きかった。芥川賞と直木賞の同時受賞が制度運用の見直しを促し、候補作品の審査手順が透明化されたとする見方がある。ただし、当時の運用改定が六島の受賞によるものか、それとも別の委員交代によるものかについては、資料の整合性が十分でないとして、後続の研究で慎重な態度が取られている[19]。
系譜・家族[編集]
六島玲治の家族構成は複数の資料で食い違いが見られるが、概ね父・宗次、母・ユキのもとで育ったことが共通している。兄弟については、ある回想録では「姉が一人」とされる一方、別の手紙では「弟が二人」とされ、どちらが正しいかは未確定とされる[20]。
玲治はに出身の編集補助員・山田綾乃と結婚したとされる。彼女は後に、六島の原稿を第三者が読める形に整える役割を担い、“秒数の脚注”を作る仕事で貢献したという。離婚したという噂もあったが、少なくともの署名簿には同居名義が残っているとされ、噂は否定的に扱われることが多い[21]。
子どもについては、長男の六島陸(りく)がで翻訳業に従事したとされる。陸は父の作品を英語圏向けに「沈黙のメトロノーム」として再編集したが、その編集方針が“原文の温度”を損ねたとして、批評家から軽い反発を受けた。もっとも陸自身は「父の句点は世界語にならない」と言っており、結果的に翻訳の不可能性を認めた姿勢が評価されることもあった[22]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『沈黙の秒針――戦後文学の計量化』中央出版, 1974.
- ^ Margaret A. Thornton『Rhythm as Evidence in Postwar Japanese Fiction』Oxford Academic Press, 1981.
- ^ 森田一誠『句点過多はなぜ笑うのか』文芸評論社, 1966.
- ^ 河野真琴『同時受賞の制度史:芥川賞と直木賞の交差』日本審査機構研究所, 1999.
- ^ 石井裕司『駅前の七秒:六島玲治の初期短編を読む』潮文庫, 2007.
- ^ 佐々木澄人『赤い秒針、白い息の音響解析(第1巻)』音響文学叢書, 1962.
- ^ Hiroshi Tanabe「Mutsushima Reiji and the Temperature of Japanese Prose」『Journal of Fictional Mechanics』Vol.12 No.3, 1978 pp.141-169.
- ^ Katarina V. Holm『Awards and Authorship in Contemporary Japan』Tokyo University Press, 2003.
- ^ 山根葉月『玲治基準:沈黙の0.72秒を追って』玄鳥書房, 2012.
- ^ 内藤勝則『嘘ではない注:脚注が物語を支えるとき』架空学術書院, 2016.
外部リンク
- 六島玲治研究会
- 芥川賞・直木賞同時受賞アーカイブ
- 潮騒別冊 1950年代索引
- 松山市港湾防潮訓練記録(デジタル)
- 構文工学派の資料室