円陣投打式
| 分野 | 競技民俗学・身体技法研究 |
|---|---|
| 中心原理 | 円環(円陣)によるリズム同期 |
| 主な運用 | 投擲→捕球→打撃の循環設計 |
| 成立の推定時期 | 江戸後期〜明治初期の現場改良 |
| 想定される使用者 | 祭礼の警護班・徒士組・草野球の名残 |
| 代表的な合図 | 太鼓「半拍前倒し」 |
| 物議の焦点 | 安全性と技能の再現性 |
| 関連用語 | 投打相図、円陣位相、返し足 |
(えんじんとうだしき)は、円形陣形の中で投擲と打撃を連動させるとされる「統率型打投法」である。日本では主に競技民俗として語られてきたが、近年はスポーツ科学史の題材としても扱われている[1]。
概要[編集]
は、円形に組まれた参加者が「投ずる者」と「打つ者」を固定せず、投擲の着地点と打撃のタイミングを円周上の位相として同期させる技法として説明されてきた。形式上は単純である一方、学術的には「群衆同期(collective synchrony)」の初期事例に見立てられることが多い。
技の説明書では、投擲の角度・腕の振り幅・打撃の当たり点だけでなく、視線の移動(首の回旋角)まで規定されたとされる。たとえば伝承資料の一つには「見返り角は18度、耳朶が揺れるまで待て」といった、スポーツではなく儀礼に近い注意書きが残っているとされる[2]。
概要[編集]
選定基準と「式」の意味[編集]
「式」と名づけられる点は、単なる動きの集まりではなく、一定の手順を持つ設計体系だったことを示すと解釈されている。たとえば円陣の半径は「直径の3/5が最適」と記録されることがあるが、これが身体寸法の平均式に由来するのか、祭具の寸法に寄せたのかは議論がある[3]。
また、投打が交代制である場合でも「投の人が打の人になる条件」が定義されることが多い。具体的には、投擲の後に全員が一度だけ足幅を変える(返し足)ことが条件とされ、これによって円周上の位相が揃えられると説明される。もっとも、後述する通りこの説明は後世の講釈が混入している可能性が指摘されている。
運用環境(場所・音・距離)[編集]
運用環境は、の「河川敷の土手」やの「塩釜浜の臨時広場」など、地面が固く風の抜けが一定な場所に寄る傾向があったとされる。とくにでは祭礼中の安全確保のため、円陣の内側に直径7.2mの柵が設置され、投擲の最長飛距離を11.4mに制限した運用があったと、聞き取り記録にまとめられている[4]。
音環境も重要で、太鼓の「半拍前倒し」が合図として定着したとされる。講師のは、半拍前倒しにより打者の膝裏が同じ重さになる(と観察された)という、観測と願望の境目のような理屈で受け入れられたと記録されている[5]。
歴史[編集]
起源:徒士組の「即興相図」[編集]
円陣投打式の起源は、江戸後期のにおける徒士組訓練の現場改良に求める説がある。根拠として挙げられるのは、当時の訓練記録に見られる「円を崩さず、役を崩しても成果を崩さぬ」という散文である[6]。
この説では、投擲は「合図具(縄付き玉)」であり、打撃は「縄を切る動作」から転用されたとされる。さらに、訓練が長くなると円周上の見張り役が疲弊するため、疲弊の偏りを相殺する目的で円陣の位相が導入されたという。なお、この説明は一見筋が通るが、実在史の枠組みと合わせると時期が3年ほど前後すると指摘されてもいる[7]。
明治の制度化:文部省とは別の「民間式」[編集]
明治期には、学校教育の運動科目へ円陣投打式が「形式だけ」取り入れられたとする物語が広い。だが実際には、の体育検定ではなく、の街頭訓練に付随する民間指導者たちが、円陣を「群集管理の訓練」として転用していた、という筋書きが有力とされる[8]。
この転用に関わった人物として、(当時は測量技師の肩書で記録される)が挙げられることがある。彼は「距離と角度の帳尻は、紙ではなく足で取れ」という言い回しを残したと伝わり、その後の円陣運用において半径・角度が再現されるようになったとされる[9]。ただし、帳簿の年代は筆写により後年改竄が疑われ、信頼度は研究者間で割れている。
大正〜昭和の競技化:草野球の“安全誓約”[編集]
大正期には、の下町で行われた草野球の派生競技として、円陣投打式が「安全誓約」と結びついたとされる。ここで奇妙なのは、誓約が技能指標ではなく「投擲者が打者の顔を見てから始める」ことを要件に含む点である。見返り角18度がここで再解釈され、打者の視野と投擲の放出タイミングが同期することで事故率が下がると説明された[10]。
昭和初期には、(NHK)に似た名称の「地方体操音声局」が宣伝のために円陣投打式を紹介したとされる。放送台本には、太鼓の前倒しを“アナウンスより先に身体が先行する感覚”として描く奇抜さがあり、後世の編集者が「技術書ではなく詩である」と評したという[11]。
批判と論争[編集]
円陣投打式には、科学的再現性への懐疑が常につきまとった。とくに、円陣位相を合わせるための条件が「身体寸法の平均値」だけでは説明できず、実際には指導者の口伝と現場の空気に依存したのではないか、という批判がある[12]。
一方で擁護側は、位相同期は「練度」ではなく「合図の設計」で決まると反論する。擁護の根拠として、半拍前倒しのタイミングを音響測定器で記録したという逸話が挙げられることがあるが、測定器の型番が資料によって変わるため、信憑性は揺れている。さらに安全面について、円陣の内側半径が小さすぎると打球が“円に沿って返る”とされ、逆に投擲距離が制限され過ぎると「打撃が滑って気持ちが先行する」現象が報告されたとされる[13]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 小倉遼『円陣投打式の位相論的考察』河内書房, 2011.
- ^ 山根久雄「群衆同期をめぐる身体技法—半拍前倒しの事例研究」『体育史研究』第32巻第1号, pp. 45-73, 2014.
- ^ 鵜飼儀太『徒士組即興相図録』明倫館, 1923.
- ^ 大久保清彦「祭礼広場における投擲距離規制の運用史」『地域安全学年報』Vol. 7, pp. 101-129, 2008.
- ^ M. Thornton『Rhythm and Circle: Early Synchronized Throwing』Oxford Academic Press, 2016.
- ^ A. van der Meer「Collective Synchrony in Pre-Modern Sports Rituals」『Journal of Improvised Athletics』Vol. 12, No. 3, pp. 210-241, 2019.
- ^ 中島真琴『口伝技術の検証—再現性の揺らぎ』学術工房, 2020.
- ^ 【書名が微妙におかしい】『円陣投打式入門(第2版、しかし第1版が存在しない)』円陣学会出版局, 1958.
- ^ 佐伯由紀夫「放送原稿に現れる身体表現—地方体操音声局の台本比較」『メディア身体文化』第5巻第2号, pp. 12-36, 2022.
- ^ 渡辺精一郎「測量技師の現場知と運動規定の交差」『計測史叢書』pp. 77-95, 1931.
外部リンク
- 円陣投打式アーカイブ(東部地方体育史資料室)
- 半拍前倒し研究会データベース
- 縄付き玉・合図具コレクション
- 塩釜浜広場運用史ギャラリー
- 河川敷土手群衆同期実験メモ