処女卒業式
| 名称 | 処女卒業式 |
|---|---|
| 別名 | 初経験修了式、白紙解除式 |
| 起源 | 1978年ごろの東京都新宿区の私設カルチャーサロン |
| 主催 | 日本成人移行研究会、後に都内各地の自主運営会 |
| 目的 | 未経験状態の自己申告と社会的区分の更新 |
| 式次第 | 誓約文朗読、白布返納、証票交付 |
| 関連地域 | 東京都、神奈川県、愛知県、福岡県 |
| 通称の由来 | 「処女」を学籍、「卒業」を状態更新になぞらえたため |
| 主な論点 | 公的儀礼か私的通過儀礼かをめぐる解釈 |
処女卒業式(しょじょそつぎょうしき)は、の都市部を中心に後期から広まったとされる、成人儀礼の一種である。未経験の状態を「学びの途中」とみなし、一定の作法に従って「卒業」を宣言する慣習として知られている[1]。
概要[編集]
処女卒業式は、個人が「未経験」であることを自ら申告し、その状態を社会的に更新するための式典であるとされる。形式上は私的な通過儀礼であるが、の貸会議室やの地下ギャラリーで実施された記録が多く、1980年代には若者文化の一部として認知された[2]。
この儀礼は、が1979年に発行した小冊子『白紙からの門出』を契機に広まったと説明されることが多い。もっとも、当初の参加者の多くは演劇関係者と美術大学の学生であり、のちに一般化したという経緯があるとされる[3]。
起源[編集]
新宿の私設サロン説[編集]
有力とされるのは、秋にので開かれた「夜間教養講座」が起源とする説である。主宰者のは、当時の雑誌インタビューで「経験の有無を恥ではなく学修歴として扱うべきだ」と述べたと伝えられる[4]。
この講座では、参加者が白い封筒に「未了」と書き込み、最後にそれを木箱へ納める作法が採用された。箱の中には既に23枚の封筒が入っており、うち2枚は宛名だけが書かれたまま無記名であったことから、後年「匿名性の美学」が形成されたという。
地方青年会の独自発展[編集]
一方で、のでは、1981年に市民会館の和室を借りて行う簡略版が始まったとされる。ここでは式典の最後にの箸が一本ずつ配られ、参加者はそれを持って帰ることで「未経験の期間を使い切った証」とした[5]。
この地方版は、当初は学園祭の余興に近かったが、のちに保健所の講習資料に引用されたことで急速に広まったとされる。ただし、当時の配布資料には「衛生教育との関係は未確認」とだけ記されており、要出典のまま定着した。
式次第[編集]
典型的な処女卒業式は、受付、誓約文朗読、白布返納、証票交付の四部から成る。受付ではの提示は求められず、代わりに「自己認識票」と呼ばれる一枚紙に、現在の心境を一語で記入するのが通例である[6]。
誓約文は「私はここに、未了の時期を一つの経験として尊重し、次の段階へ進む」などの文言で始まる。朗読時にが鈴を三度鳴らすが、この回数は「個人史・社会史・未来史の三層を閉じるため」と説明される。なお、以降は鈴の代わりに小型の電子音が用いられることもある。
白布返納では、参加者が胸元に垂らした布を畳んで返却する。これは「初期状態の視覚的表示」を終了する意味があるとされるが、実際には会場の照明が暗く、返却忘れが毎回2割前後発生していたため、運営側は予備布を常備していた。
社会的影響[編集]
1980年代後半、処女卒業式は内の私設カルチャーサークルから大学生協、さらには婚活セミナーへと流入したとされる。とくにのレンタルスペースで開かれた「卒業証書付き自己理解講座」は、1991年だけで延べ1,840人を集め、会場近隣の文具店が白紙カードを増刷したという逸話が残る[7]。
また、自治体によっては「個人史の節目を可視化する市民文化」として紹介されたことがあり、の広報誌に短く言及された際には、読者相談欄に「中学校の卒業式と紛らわしい」との投書が14通寄せられたとされる。これに対し、運営側は「卒業とは本来、制度ではなく状態の終結である」と回答した。
一方で、宗教団体や学校関係者からは「通過儀礼の名を借りた過剰な自己演出」と批判された。もっとも批判が強かったの討論番組では、コメンテーターの一人が「この式には証明力がない」と発言し、直後に司会者から「卒業とは証明するものではなく、参加するものです」と返されて番組が若干混乱したという。
批判と論争[編集]
最大の論争は、処女卒業式が「本人の自己申告で成立するのか」という点である。反対派は、公的証書を伴わない儀礼に社会的実効性はないと主張したが、擁護派は「実効性がないからこそ自由である」と反論した[8]。
また、にはの会場で、卒業証書の文言が「未経験の修了」から「未了経験の完了」へ誤植され、参加者37人中11人が意味を取り違えた事件があった。この誤植はむしろ人気を呼び、翌年以降はわざと曖昧な表現を用いる自治が定着した。
なお、2000年代に入るとインターネット掲示板上で「卒業できない場合の再履修制度」が話題となったが、運営実態は不明である。いくつかの会場では再履修者にだけ金色のリボンが渡されたとされるが、記録写真が4枚しか残っていないため、後世の編集者は半ば伝説として扱っている。
儀礼文化としての展開[編集]
処女卒業式は、単なる性に関するイベントではなく、自己申告によって人生の節目を作る文化装置としても研究されている。とくにの外部研究員だったは、これを「近代都市における仮設の成人式」と呼び、既存の学校儀礼の補完物として位置づけた[9]。
その後、式典には地域差が生まれた。では海岸沿いのカフェで行う「潮風式」が流行し、では屋台街の奥で拍手だけで終える簡略型が定着したという。いずれも共通しているのは、終了後に小さな菓子折りを渡す慣行であり、特に白桃ゼリーが好まれた。
もっとも、2010年代以降は名称の過激さが敬遠され、同種の儀礼は「ライフステージ更新会」「初期経験送別式」などへ言い換えられる傾向が強まった。これにより、元来の処女卒業式は半ば歴史用語となったが、古参参加者のあいだでは現在も俗に用いられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 斎藤みどり『白紙からの門出』日本成人移行研究会, 1979.
- ^ 田村夏子「都市儀礼としての処女卒業式」『民俗と現代』第12巻第3号, 1996, pp. 41-58.
- ^ 渡辺精一郎「未経験の社会学的可視化」『都市文化評論』Vol. 8, No. 2, 1987, pp. 113-129.
- ^ Margaret A. Thornton, "Rituals of Completion in Postwar Japan," Journal of Comparative Ceremonial Studies, Vol. 14, No. 1, 2001, pp. 22-47.
- ^ 山口晴美『白布と証票—私設儀礼の近代史—』港文社, 2004.
- ^ Ichiro Kameda, "The Economics of White Cards," Asian Journal of Social Forms, Vol. 6, No. 4, 1993, pp. 201-219.
- ^ 小林千春「処女卒業式における鈴音の三層構造」『儀礼研究年報』第21号, 2008, pp. 7-18.
- ^ Susan P. Ellery, "Commencement Without Credentials," Ritual & Society, Vol. 19, No. 3, 2012, pp. 77-96.
- ^ 大島正樹『初期経験修了論序説』北海出版, 1991.
- ^ 黒田ユキ「未了経験の完了について」『比較通過儀礼学』第4巻第1号, 2002, pp. 5-26.
- ^ François Delorme, "The Ceremony of Being Not Yet," Revue des Cultes Urbains, Vol. 9, No. 2, 2015, pp. 88-104.
外部リンク
- 日本成人移行研究会アーカイブ
- 都市儀礼データベース
- 白紙からの門出デジタル館
- 新宿私設儀礼史料室
- 比較通過儀礼学会