出したり入れたり
| 分野 | 言語学・行動心理・手続き工学 |
|---|---|
| 別名 | 反復的出納動作(はんぷくてきしゅつのうどうさ) |
| 主要な比喩 | “外化”と“内在化”の往復 |
| 代表的な対象 | 書類、弁当、鍵、そして噂 |
| 成立の中心地 | (特に周辺の職能文化) |
| 関連概念 | 出納儀礼・循環手順・可逆通知 |
(だしたり いれたり)は、何かを一時的に“外へ出し”、その後“内へ戻す”ことを繰り返す行為様式として説明されることがある。言語学・行動心理・工学の一部では、手続きや儀礼の比喩としても用いられてきたとされる[1]。ただし成立経緯の多くは、文献ごとに異なるため混同が指摘されている[2]。
概要[編集]
は、日常語の冗談めいた表現としても理解できる一方で、学術的には「反復的出納動作」と呼ばれる手続き比喩として整理されてきたとされる。すなわち、対象を一度“外側の状態”へ移し(出す)、その後“内側の状態”へ回収する(入れる)操作を、心理的には安心の点検、社会的には責任の所在確認として行う、という説明が与えられることが多い。
この概念は、職場の引き継ぎ文化や、窓口業務の“回る”手順に強く結び付けて語られた。例えば、申請書は一度提出されるが、同時に控えは別室へ保管されることが多く、そこから「出したり入れたり」が“手続きの呼吸”のように比喩化されたとされる。また、SNS時代には「一度投稿してから削除し、また別文面で再投稿する」行為も、この比喩で説明されるようになったと指摘されている。
ただし、語が指す範囲は広く、単なる所作を超えて「言葉の出納」や「感情の貸借」にまで拡張される場合がある。一方で、学説の中には“入れっぱなし”や“出しっぱなし”を例外として扱うものもあり、完全な定義統一には至らなかったとされる。なお、異なる定義間の齟齬は、編集会議の議事録が「出す/入れる」の表現を頻繁に誤記したことに起因するとする説もある[3]。
歴史[編集]
職能文化としての誕生(18世紀末の“箱”ブーム)[編集]
が概念としてまとまるのは、18世紀末の「携帯箱(はこ)需要」が落ち着いた頃だとする説がある。具体的には、の紙商の間で“箱に入れた紙は税の棚卸しに便利”とされたことが発端となり、箱を出し入れする作業が“責任の可視化”として評価されていった、という筋書きが語られることが多い。
その後、箱の流通は全国に広がったが、なかでもの仲買人組合では「出した書類は、すぐには内側に戻さない。戻すのは同じ日付の封印が完了してから」といった独自の段取りがあったとされる。この“戻すタイミング”が心理的安全に関わるとして、後年の行動心理研究へと接続されたと推定されている。
もっとも、最初期の記録は散逸しており、当時の箱職人が残したという手帳には「午前9時12分に箱を出し、午前9時13分に入れる」といった、やけに細かい時刻が記されていたとされる[4]。この手帳の存在は疑われてもいるが、概念の“儀礼っぽさ”だけはこの逸話で補強された面がある。
官庁窓口の“反復的出納動作”への昇格(明治期の微改造)[編集]
明治期には、窓口業務の手順が標準化される過程で、系の照合帳票に「外へ出したものの所在を、内へ戻すまで毎回記録する」方針が導入されたとされる。ここで“出したり入れたり”は、単なる比喩ではなく「確認が完了するまで回収しない」ことの象徴になった。
一方で、最初の標準手順書案では「出す→入れる」が文章として一文にまとめられたため、誤読によって“出しっぱなし”運用が発生したという。これを是正するため、文書は「出す(第1状態)」「入れる(第2状態)」のように二段階へ分割された。なお、この二段階化を主導したとされるという実務官僚は、実名の裏付けが乏しいとされつつも、後の民間研修資料では繰り返し引用されている[5]。
さらに大正期には、の徴税出納に関する講習で「出したり入れたりは“心臓のポンプ”に似ている」と説明されたとされる。受講者には実習として、印紙を“出す紙袋”と“入れる封筒”をそれぞれ別の机上位置に置かせ、指導者が「合図からちょうど7秒で入れろ」と口頭で命じたという。細部の強調がそのまま儀礼化し、“反復的出納動作”という呼称が定着したとする説がある[6]。
現代の拡張(SNS削除・再投稿と“循環手順”)[編集]
21世紀には、がオンライン上の行動にも適用された。とくに、投稿を一度外へ“出した”のちに削除し、後日“内へ”再掲する行為が、「可逆通知(かぎゃくつうち)」の比喩として語られたとされる。ここでは、外部反応を観測してから内部方針を修正するという意味合いが付加され、単なる手続きから“意思決定の反転”へと拡張された。
ただし、その拡張は批判も招いた。削除→再投稿が常態化すると、出した情報が“なかったこと”になるはずだと考える人が増えるため、監査の観点からは危険と指摘されたのである。実務的には、の一部説明資料で「削除は回収ではなく、外化状態の終了にすぎない」旨が触れられたとされるが、資料自体は存在しないとする反論もある[7]。
この矛盾こそが、語の面白さの源とも言える。実際には、出したり入れたりが“真実の回収”ではなく“物語の再配線”として働くことが多いとされ、概念はいつのまにか社会のコミュニケーション設計へ接続された。結果として、この語は「手続きの比喩」であると同時に「責任の物語を組み替える技術」としても読まれるようになった。
社会的影響[編集]
は、個人の所作から制度設計まで広く参照された。とくに職場では、引き継ぎや稟議の場面で「出した書類を、入れるまでが仕事」という言い回しが生まれたとされる。この言い回しは、仕事の“出口”ではなく“入口”に注目させるため、責任の境界が曖昧な組織で重宝された。
また、学校や研修では、出納動作が“集中の儀式”として利用された。ある民間研修会社は、受講者に対し「机上の左手に“出す箱”、右手に“入れる箱”を置き、教材を出してから入れるまでに一定の呼吸を挟め」と指導したという。呼吸のタイミングは、参加者の平均肺活量をもとに推定された“ちょうど1.6秒”と説明され、科学的根拠は薄いまま納得感だけが広がったとされる[8]。
加えて、この語は行政手続きの“見える化”にも影響した。監査担当者が「出したり入れたりのログがない部署は、どの状態で仕事をしていたかが不明」として指摘する場面があったと報告されている。ログの形式は、紙・電子を問わず“状態遷移”が追えることが望ましいとされ、結果として監査文化が強化された側面がある。
ただし、影響が良い方向ばかりだったわけではない。出し入れの儀礼が目的化すると、現場では“入れたこと”が成果になり、実際の処理が遅延するという皮肉な現象も観察されたとされる。そこで、後年には「出すだけ」「入れるだけ」の単一動作を禁止し、必ず往復させる“反復縛り”が導入されたという逸話が残る。
批判と論争[編集]
には、明確な批判がある。第一に、出した情報が外部へ拡散した場合、入れたとしても影響が“残留”する点である。これは心理学的には「回収不能な痕跡(ざんりゅうふの)」として整理されたが、実務側では“戻したならOK”と考える人も多かったとされる。
第二に、儀礼化の弊害が指摘された。一定の手続きが“正しさ”に見えるほど、人は内容の検討を後回しにしがちになる。批判派は、出したり入れたりが「思考の代替」となっていると述べたとされるが、反論側は「むしろ思考を節目で区切ることで誤りを減らす」と主張した。
第三に、学術的裏付けの弱さが問題視された。概念の起源を説明する研究では、出した箱・入れる箱の材料としてやが登場するが、資料間で矛盾が多いとされる。さらに一部では、初期の手帳に書かれた「午前9時12分→9時13分」の記録が、後世の編集者による“数字あそび”ではないかと疑われた[9]。
この論争は、結局「出したり入れたりは、どこまでが比喩で、どこからが手続きなのか」という境界問題へ収束したとされる。そのため、概念は統一的な定義を持たないまま、現場の言語として生き残ったとも言える。なお、研究会では「この語を定義しようとするほど定義できない」との結論に至ったという記録もある[10]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山下明人「反復的出納動作と言語比喩の成立過程」『行動手続き研究』第12巻第3号, pp. 41-66, 2011.
- ^ 伊藤沙織「外化と内在化の往復モデルに関する実務的考察」『社会システム監査年報』Vol.7 No.1, pp. 9-28, 2016.
- ^ 渡辺精一郎『窓口標準文の微改造』【東京】官庁刊行物, 1923.
- ^ Katherine R. Morrow, “Reversible Administration: A Metaphor Study,” Journal of Process Semiotics, Vol.18, No.2, pp. 201-219, 2009.
- ^ 佐伯和宏「箱の棚卸しが生んだ儀礼の時間設計」『都市史レビュー』第4巻第2号, pp. 77-103, 2004.
- ^ 田口慎也「集中儀式としての出し入れ:研修現場の計測報告」『教育行動工学会誌』第19巻第1号, pp. 33-52, 2018.
- ^ 松嶋隆介「削除は回収か:可逆通知の誤解」『メディア運用論叢』Vol.5 No.4, pp. 55-81, 2020.
- ^ Satoshi Watanabe, “From Logs to Stories: Accountability Reframing in Institutions,” International Review of Audit Culture, Vol.3, No.1, pp. 1-17, 2013.
- ^ (要出典)【長崎市】紙商手帳写し「午前9時12分の箱」『地方資料集』第2集, pp. 120-125, 1957.
- ^ Haruto Nishikawa「状態遷移で読む“正しさ”」『制度技術の臨床』第6巻第2号, pp. 14-39, 2022.
外部リンク
- 反復的出納動作研究会
- 窓口儀礼データベース
- 可逆通知アーカイブ
- 出し入れ心理学ポータル
- 監査ログ可視化フォーラム