剱持由起夫
| 氏名 | 剱持 由起夫 |
|---|---|
| ふりがな | けんもち ゆきお |
| 生年月日 | |
| 出生地 | |
| 没年月日 | |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 音響設計者(スタジオ規格研究) |
| 活動期間 | 1946年 - 1995年 |
| 主な業績 | 『KR-47残響位相法』の実用化、全国スタジオ音響点検手順の標準化 |
| 受賞歴 | (1969年)、優秀論文賞(1978年) |
剱持 由起夫(けんもち ゆきお、 - )は、の近代音響設計者。音響スタジオ標準規格の策定者として広く知られる[1]。
概要[編集]
剱持由起夫は、戦後日本における録音・放送用音響の“測れる化”を推し進めた人物である。彼の名前は、スタジオの残響を主観ではなく数値で管理する手順として、技術者の間で口伝のように残っている。
彼は特定のメーカーの専属ではなく、複数の放送局と共同で「人が聞いた感じ」と「計器の数値」を一致させる研究を行ったとされる。とくに、残響の位相を測る簡便法は現場に強い反響を呼び、のちの音響点検書式に影響したとされる[1]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
剱持はに生まれ、海運会社の倉庫で育ったとされる。家業の都合で幼少期から船の汽笛や機械音を聞いていたが、本人はそれを「音の波形が嘘をつかない世界」と捉えていたという。
、剱持は町内の理髪店で余ったラジオ部品を集め、音の“跳ね返り”を確かめるために畳一畳分の部屋を作ったとされる。当時、部屋の反射率を確かめるために、畳の上に毛布を5枚重ね、同じ叩き音を5回ずつ記録するという徹底ぶりがあったと伝えられている(この記録は現存しないが、剱持本人の覚書に類する複製が残ったとされる)[2]。
青年期[編集]
剱持はの工業系学校に進み、測定工学を学んだ。とはいえ当時の志望は“音響”ではなく、当時人気のあった電信・通信の実験だったとされる。
、太平洋戦争の影響で実験環境が崩れ、剱持はやむなく学内の音響室(映画館の残工事を転用したもの)で残響時間の測定を手伝うことになった。ここで彼は「残響が長いほど、録音は良く聞こえるわけではない」と早くから気づいたとされる[3]。
活動期[編集]
戦後、剱持は放送技術者の世界に入り、関連の現場で試験録音に携わったとされる。彼の転機は、東京・神田の小規模スタジオで“同じ歌手でも、曜日で音が違う”という苦情が相次いだ件に呼び出されたことだとされる。
剱持は現場を調べ、スタジオ床の清掃方法が曜日ごとに変わっていたことを突き止めた。さらに彼は床清掃の回数を「週6回」「週12回」などの言い方ではなく、清掃後の反射係数を0.12刻みで管理する提案を行ったとされる。結果として、音響ブースの測定値はばらついたものの、主観評価は劇的に改善したと報告された(当時、改善幅が“17点”と記録されているが、算定方法は後年に不明とされている)[4]。
その後、彼は独自に『KR-47残響位相法』を整備し、残響の立ち上がり時間を位相角で扱う手順としてまとめた。これにより、機材の更新があっても点検の基準が保てるようになったと評価された。なお、初期の計算表は手作業で約1,200行作られ、剱持が徹夜して鉛筆を折った回数が記録されていたという逸話がある[5]。
晩年と死去[編集]
晩年の剱持は、現場の若手技術者に“測り方の癖”を矯正する教育を行ったとされる。彼は「計器は真実を語るが、読む人が嘘をつく」と繰り返したと伝えられている。
に公的な関与を縮小したのちも、定期的に内のスタジオを巡回点検したとされる。最後の巡回は2月で、彼が残した点検票は“余白率”まで指定していたという(空白を残すことで現場が勝手に数値を丸めるのを防ぐ意図だったと説明されている)[6]。
剱持は、で死去したとされる。享年は75歳とされるが、家族が残した戸籍写しの写しでは74歳の表記も見られたとされる[7]。
人物[編集]
剱持は几帳面で、現場の技術者の“口癖”を紙に書き写してから訂正する癖があったとされる。本人は「言葉の曖昧さは測定値の誤差に増幅される」と語ったという。
また、彼は休憩時間に必ず同じ長さのガラス棒を振って音を比較する儀式を行ったと伝えられている。振る回数は計18回で、3回ごとに棒の温度が変わるため、結果が揺れるのを確認していたとされる(ただし温度計が記録上見当たらないことから、儀式が目的化していたのではないかとの指摘もある)[8]。
一方で、剱持は面倒見が良かったともされる。彼は若手が失敗したときに叱責する代わりに、失敗の原因を“音響の言い訳”として整理して渡したという。技術者の間では、その資料が妙に詩的だと評されている[9]。
業績・作品[編集]
剱持の業績は、音響を設計・運用するための“書式”として結晶化した点にある。彼の中心的な成果として、『KR-47残響位相法』およびそれに付随する点検規格『位相位相補正表(KPT-1)』が挙げられる。
『KR-47残響位相法』は、残響時間(RT)を一つの数字で表すのではなく、立ち上がり位相の偏りを角度で管理することを基本としたとされる。実装では、検査用信号として1kHzの短パルスを用い、測定ウィンドウは0.35秒、記録刻みは1/480秒としたという(刻みは当時入手しやすい装置仕様に合わせたと説明されたが、後年の研究者からは恣意的であった可能性があると指摘されている)[10]。
また、彼は現場向けの簡易版として『残響位相の現場読本(通称・青表)』を編んだとされる。これは図版が少なく、代わりに“現場の沈黙”の秒数を書かせる構成だったといわれる。特に録音中にエンジニアが沈黙する時間を「2秒以下」と目標設定し、これを超えるとマイク前の距離が変わると結論づけた、という逸話が知られる。もっとも、沈黙が音に影響するかどうかは別として、現場の緊張感を整える効果があったのではないかと評価されている[11]。
後世の評価[編集]
剱持の評価は専門家から高いとされるが、いくつかの論点も残された。肯定的には、彼が「測定の手順」と「現場の運用」を結びつけた点が評価されている。一方で、彼の方法は手作業の比率が高く、再現性については慎重な検討が求められたとする見解がある。
では、彼の残響位相法が後年の規格化の議論に影響したとして追悼シンポジウムが開催されたとされる。そこで引用された数字として、「導入後の点検工数が平均で23%減少した」という報告があったとされるが、対象施設の選び方が曖昧だったため、統計的妥当性に疑問が呈された[12]。
ただし、現場の技術者からは依然として“読み物としての価値”が語られることが多い。剱持の文体が、数式よりも注意点を優先して記すため、教育資料として使いやすかったという指摘がある。結果として、彼の著作は研究者よりも実務者の引用率が高いと推定されている[13]。
系譜・家族[編集]
剱持の家系は、海運倉庫に関わる商家として知られていたとされる。彼の父は港湾事務の嘱託で、母は近所の裁縫店を手伝っていたという(ただし系譜の一次資料は見つかっていないとされる)[14]。
剱持には2人の兄と1人の妹がいたと伝えられている。兄の一人はの製紙工場で測定担当として働き、妹はで教育関係の仕事に就いたとされる。いずれも音響とは直接関係しないが、家の“工場の音を嫌わない気質”が受け継がれたのではないかと評されている[15]。
また、剱持の甥には音響機器の設計に携わった人物がいるとされ、『KPT-1』の改訂版に小さな加筆が残っていたことが発見されたと記されている。ただしその人物名は複数の資料で表記揺れがあり、確定していない[16]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 剱持由起夫「『KR-47残響位相法』の現場適用手順」『音響技術月報』第12巻第4号, 1962年, pp. 31-58.
- ^ 田島賢一「スタジオ床清掃が音響点検に与える影響」『放送工学研究』Vol. 19, No. 2, 1959年, pp. 77-104.
- ^ M. Thornton, The Phase-Lag Management in Postwar Studios, Journal of Audio Engineering, Vol. 8, No. 1, 1966, pp. 1-22.
- ^ 佐伯美咲「沈黙の秒数は波形を変えるか——現場読本(青表)の分析」『日本音響教育紀要』第3巻第1号, 1981年, pp. 12-29.
- ^ 鈴木昌人「KPT-1(位相位相補正表)の誤差伝播」『計測工学会誌』第27巻第7号, 1972年, pp. 201-233.
- ^ 河合淳一「音響標準規格の書式化:1960年代日本の技術行政」『技術史フォーラム』Vol. 14, 1989年, pp. 88-121.
- ^ 剱持家文書編集会議『横浜倉庫の音と測定:剱持由起夫覚書抄』横浜港湾資料館, 2003年.
- ^ J. R. Caldwell, Studio Calibration as Institutional Memory, Proceedings of the International Symposium on Acoustical Practice, 1978, pp. 405-420.
- ^ 中村和夫「工数23%減の検証——点検対象施設の選定バイアス」『放送技術レビュー』第9巻第5号, 1984年, pp. 55-63.
- ^ E. Park, A Note on “Blue Sheet” Training Manuals (KPT-1), Acoustics Today, Vol. 2, Issue 3, 1991, pp. 10-19.
外部リンク
- KR-47記録保管庫
- 位相補正表アーカイブ
- 横浜港湾資料館(音響資料)
- 日本音響学会 追悼シンポジウム
- 放送工学研究 所蔵文献検索