『危険ちんちん』
| 作品名 | 危険ちんちん |
|---|---|
| 原題 | Kiken Chinchin |
| 画像 | 危険ちんちん_劇場ポスター.jpg |
| 画像サイズ | 250px |
| 画像解説 | 腰のあたりに「危険」テープが貼られた架空の機関車図案のポスター |
| 監督 | 渡瀬ノボル |
| 脚本 | 渡瀬ノボル |
| 原作 | 『危険ちんちん手帳』(架空) |
| 製作 | 鶴見スプロケット |
| 製作総指揮 | 日坂和弘 |
| 配給 | 新海原映配 |
| 公開 | 1987年5月17日 |
『危険ちんちん』(きけんちんちん)は、[[1987年の映画|1987年5月17日]]に公開された[[鶴見スプロケット]]制作の[[日本]]の[[成人向けアニメ映画]]である。原作・脚本・監督は[[渡瀬ノボル]]。興行収入は3.6億円で[[ゴールデン扇賞]]を受賞した[1]。
概要[編集]
『危険ちんちん』は、擬音語の隠語をめぐる官民パニックを滑稽に描いた、成人向けアニメ映画である。物語は「危険区域に指定された“ちんちん”」をめぐる架空の行政騒動から始まるが、実際には言葉の運用と検閲のねじれを、ナンセンス喜劇の手触りで回収する構成として知られている[1]。
製作では、当時の若手職人が主導した「字幕テープ」演出が話題となった。具体的には、劇中の重要語が登場する直前に、フィルムの端へ0.7秒遅延で注意喚起のテロップを貼り付ける手法が採用されたとされる(制作資料によれば、貼付位置は画面左から13.4%のラインと指定された)[2]。一方で、研究者の一部からは「言葉の危険性を、身体の比喩として固定した」と批判も寄せられている[3]。
あらすじ[編集]
主人公の見習い検査官[[大庭ミチオ]]は、[[東京都]][[港区]]の臨時出張所で、不可解な事故報告書を受け取る。報告書には「危険ちんちんが規定外に露出し、旋回灯が誤作動した」とあり、現場で見つかったのは“ちんちん”とだけ書かれた小さな鍵束であった[4]。
行政はこれを「発音禁止語の一種」として扱い、全国共通の通達文「危険ちんちん取扱要領(通称:危取要領)」を制定する。ただし要領の付録にある図解が異様に丁寧で、鍵束の向きが毎週金曜の17時42分に合わせられていたことが、ミチオの調査で判明する。彼は、鍵束が“秘密の合図”として使われていた可能性を追うが、追うほどに関係者が「言った」「言ってない」を繰り返す迷路に入っていく[5]。
終盤、ミチオは通達文の原案を書いた人物が、[[鶴見スプロケット]]の社内広報担当である[[日坂和弘]]だと突き止める。彼は、検閲を避けるために“ちんちん”を単なる音の羅列として偽装したつもりだったが、結果として音が意味を持ち始め、逆に社会へ危険語として定着してしまったと告白する。映画は、鍵束が回り始めることで注意喚起の字幕テープが同期する——という曖昧な余韻で幕を閉じる[6]。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
・[[大庭ミチオ]](見習い検査官):「規定外」という言葉に敏感で、報告書の余白にある0.2mm単位のインクの滲みまで数える癖がある。鍵束の向きが合図であると気づくのは、彼が右利き用の定規を必ず同じ角度に立てることに由来するとされる[4]。
・[[日坂和弘]](通達原案の“裏方”)は、当初は検閲回避の意図しかなかったと語るが、途中で「危険」という語が広告になっていく様を見てしまう。彼の机の上には、注意テープの切れ端が17枚、同じ長さに揃えて保管されていたとされる[5]。
・[[雨宮サエコ]](字幕作成スタッフ):「危険」の文字だけフォントを変えることで“読者が自分で止める”設計を試みた人物。本人は“読ませない”のではなく“誤読させる”のだと主張したとされる[2]。
その他[編集]
・[[港南機械調査室]]の記録係[[一色トオル]]は、旋回灯の誤作動を気象因子のせいにしたが、実は誤作動の原因が字幕テープの遅延同期だったと暴露される[6]。
・[[鶴見スプロケット]]の撮影補助[[小野沢ルイ]]は、フィルム端の貼付位置を「画面左から13.4%」と語ったことで、以後“こだわり職人”として語り継がれた[2]。
・架空の市民団体[[危取民友会]]は、通達の内容を“体験談”として回覧したため、語の誤解が増幅されたとされる[3]。
声の出演またはキャスト[編集]
声の出演として、[[大庭ミチオ]]役を[[佐久間レン]]、[[日坂和弘]]役を[[三咲ユウ]]が担当したと記録されている。字幕作成スタッフ[[雨宮サエコ]]役は[[松原シオン]]、港南機械調査室の[[一色トオル]]役は[[島崎ガク]]が演じたとされる[7]。
ただし、劇中の“危険ちんちん”の発音は意図的に複数方言風の揺らぎを混ぜたため、同じキャラクターでも3種類の音程で収録されている。制作資料では、音程差は平均で約18セント(半音の約1/6)と計測されており、これが観客の解釈を分岐させた要因とされる[8]。
スタッフ[編集]
映像制作[編集]
映像制作では、アニメーションの基準尺として「1カット=24コマ」を採用しつつ、字幕テープ部分のみ毎秒のフレーム配列をずらしたとされる。編集担当の[[黒羽シロウ]]は、テロップの“浮き”を敢えて残す方針を取ったとされる[9]。
製作委員会・製作体制[編集]
製作委員会には、[[鶴見スプロケット]]のほか、地方劇場チェーンの[[扇都興行連合]]、映像機材メーカー[[白峰精機]]が関与した。配給は[[新海原映配]]が担当し、上映前の注意喚起ポスターには「危険=笑いではない」とだけ書かれたのが象徴的であった[1]。
製作[編集]
企画は、1980年代半ばに[[通商文字保全局]]が検討していた“語の取扱基準”を、娯楽映画へ転用する形で始まったとされる。渡瀬ノボルは脚本段階で、通達文の文章を実際の行政文体のまま崩さず、笑いは「文面のまじめさ」と「画面のズレ」で生むと構想した[10]。
美術面では、鍵束の質感を再現するため、香川県[[坂出市]]で採取したとされる(ただし出典の一部が“関係者の回想”に依存している)硬化樹脂の配合が検討された。最終的に採用されたのは“硬さ指数が52”の樹脂とされ、作業工程は午前9時から午後3時までの6時間固定だったと記録されている[11]。
音楽は[[草薙ユキヒロ]]が担当し、主題歌「テープは止まらない」は発売初週で推定2.1万枚を記録したとされる[7]。特殊技術としては、前述の字幕テープ遅延同期に加え、旋回灯の点滅を視聴環境で変化させる“擬似残像パターン”が導入された[6]。なお、この残像パターンの設計資料に「人は読みたくないものほど読もうとする」という注記があり、後年の批評につながったとされる[3]。
興行[編集]
宣伝は過剰に控えめで、劇場の看板は当初「危険」部分だけ黒塗りにされていた。封切り初日は[[新宿]]の一部館で午前9時上映回が即満席となり、2日目の追加上映で座席稼働率が94%まで上昇したと報告されている[12]。
再上映では、字幕テープ演出を含めた“完全版フィルム”が16mmから35mmへリマスタリングされ、同時に音程揺らぎの設定も微調整された。ホームメディア化では、字幕のフォントが複数環境で崩れる「DVD色調問題」が発生し、ユーザーからの問い合わせが年間で約310件(1989年時点)に達したとされる[2]。
海外公開は[[フランス]]の小規模上映会から始まり、英語字幕で「Kiken Chinchin」の音が“意味不明”として訳し分けられたことで逆に話題になった。結果として、海外総興行収入は国内の約0.7倍に達したと推計されている[1]。
反響[編集]
批評では、漫画的な誇張を保ちながら行政文書の語気を崩さなかった点が評価された一方で、「危険語を笑いへ変換した」ことへの反発もあった。特に[[言語衛生学]]の研究者の一部は、語の規制が“笑いによる学習”を生んでしまう危うさを指摘したとされる[3]。
受賞面では、[[ゴールデン扇賞]]のほか、映像表現に関する[[第12回フィルム手触り賞]]で技術賞にノミネートされた。観客投票では、キャッチコピー「笑うな、貼れ」によって“貼付タイミングが見えた”という感想が最多となったと記録されている[8]。
売上記録については、配給会社資料によれば興行収入3.6億円のうち、半券回収率が初週で63.4%に達したとされる。この数字は広告代理店が独自に算出したもので、当時の編集会議でも「端数がうるさい」と突っ込まれたと回想されている[12]。
テレビ放送[編集]
テレビ放送は[[NHK]]の関連番組で特集として取り上げられた。放送時間は19時台の後半で、視聴率は8.7%を記録したと報じられている[13]。
ただし地上波では成人向け要素の直接描写を抑えるため、字幕テープの文字色が“赤から灰へ”変更され、結果として演出の意図(注意喚起の冷たさ)が弱まったとの指摘がある。一方で、字幕テープの遅延同期だけは維持されたため、画面端のズレが視聴者の間で「笑いのタイミング」として共有された[2]。
関連商品[編集]
関連商品として、劇中で触れられる架空の書籍『危険ちんちん手帳』が実売されたとされる。内容は通達の“文体模写”と、鍵束のイラストがセットになった体裁で、出版元は[[白峰文庫]]とされる[10]。
また、主題歌「テープは止まらない」のカセットは、透明ケースに注意テープの切れ端が同梱された仕様で、購入者限定で字幕テープの貼付位置を再現するガイドが配布されたとされる[7]。当時の転売では「貼付ガイドが折れていない方がレア」という評価が出回ったとも記録されている[11]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡瀬ノボル『字幕テープの裏側—『危険ちんちん』製作メモ—』鶴見叢書, 1988.
- ^ 中嶋サトル『行政文体と娯楽の接続』新海原出版, 1990.
- ^ 草薙ユキヒロ『主題歌の音程設計と視聴者反応』音響研究会, 1989.
- ^ 佐久間レン『声の回収率—成人アニメにおける発音揺らぎ』Vol.3, 1991.
- ^ 黒羽シロウ『編集の遅延同期学』フィルム技術出版社, 1992.
- ^ The Ears of Censorship: Phonetic Drift in Japanese Adult Animation『Film & Subtitle Review』Vol.12 No.4, 1993.
- ^ Clément Auvray『Bureaucratic Comedy and the Myth of Safe Language』Éditions du Cadran, 1994.
- ^ 扇都興行連合『座席稼働率の見積りと誤差—1987年上映データ検証』第2巻第1号, 扇都資料室, 1990.
- ^ 白峰文庫編集部『『危険ちんちん手帳』注釈書(第1刷の誤植を含む)』白峰文庫, 1988.
- ^ (要確認)宮崎監督による解題『貼る映画—反応の物理—』角扇文庫, 2001.
外部リンク
- 危険ちんちん公式アーカイブ
- 鶴見スプロケット作品データベース
- ゴールデン扇賞 歴代受賞記録室
- 字幕テープ演出研究所
- NHK番組アーカイブ「映像のズレ」