収束圧縮式衝撃波猫
| 名称 | 収束圧縮式衝撃波猫 |
|---|---|
| 別名 | 猫型衝撃波発生装置、C.C.S.C. |
| 分類 | 機械工学・音響兵器・展示用装置 |
| 開発元 | 海軍技術院 震動制御班 |
| 初期試作 | 1944年 |
| 量産試作 | 1947年 |
| 主要配備地 | 横須賀、呉、舞鶴、相模原 |
| 運用期間 | 1944年 - 1963年 |
| 代表的改修 | 第3世代収束筐体、低鳴圧モード |
収束圧縮式衝撃波猫(しゅうそくあっしゅくしきしょうげきはねこ、英: Convergent Compression Shockwave Cat)は、との原理を応用して設計されたとされる、末期の試験用高機動機械である。一般にはとして知られ、戦後は主に研究用・展示用に転用されたとされる[1]。
概要[編集]
収束圧縮式衝撃波猫は、状の筐体内部で微小なを反復的に収束させ、その反作用で前進・旋回・停止を行うとされる機械である。名前に猫が付くが、実際には生体ではなく、外形がを模した低重心の試験機であったと説明されることが多い[2]。
この装置は、にの付属研究室で始まった「反転圧縮推進」研究の副産物として生まれたとされる。終戦後は、さらに工学部の非公開観測室へと移管され、には「猫の姿をした謎の音響実験体」として一部の学生運動の象徴にもなった[3]。
成立の経緯[編集]
起源については諸説あるが、もっとも有力なのは、戦時下の潜水艦用の試験中に、偶然「鳴き声のような共鳴」が発生したという説である。これを記録した技師は、音圧が一定値を超えると装置の外殻がわずかに跳ねる現象を観測し、これを「猫的挙動」とメモした[4]。
その後、出身の音響学者が加わり、衝撃波を一点に収束させることで推進力へ変換する理論をまとめた。なお、田嶋は当初この機構を「収束圧縮式移動体」と呼んでいたが、工場内で試験体が棚の上で丸まり、しかも鳴いたように聞こえたため、現場では自然に「猫」と呼ばれるようになったという。
構造と機構[編集]
本機は外殻、圧縮室、反射翼、尾部安定輪の4層から成る。外殻にはとが用いられ、表面には熱反射塗装が施されていた。内部の圧縮室では毎分1,200回から1,480回の周期で微小爆縮が起こり、これが「ゴロゴロ音」として観測されたとされる[5]。
また、機体の耳に相当する部分には2枚の可変反射板があり、これを開閉することで衝撃波の収束角を変化させた。戦後版では、反射板の制御にが導入され、関係者の証言によれば、猫が眠っているのに急に起き上がるような挙動が再現しやすくなったという。もっとも、この説明は後年の展示解説によって脚色された可能性がある。
歴史[編集]
戦時研究期[編集]
秋、の試験棟で第1号機「C-11」が完成した。試験では時速37キロメートル相当の短距離移動に成功したが、曲がり角で必ず左へ寄る癖があり、配属士官の間では「方位磁針より気まぐれ」と言われた[6]。
戦後転用期[編集]
、GHQ管理下の倉庫で機体は再発見され、の展示施設で「音響収束教材」として公開された。見学者の多くは科学展示と思って入場したが、実際には係員が魚肉ソーセージを箱の外で鳴らすと本体が反応するため、子どもたちの人気は非常に高かった。
大学実験期[編集]
には工学部の有志が改修を行い、低鳴圧モードを実装したとされる。これにより発生音は従来の92デシベルから67デシベルへ低下したが、代わりに振動が机の脚へ集中的に伝わるようになり、周辺の下宿で「夜中に皿が揺れる」との苦情が出たという。
社会的影響[編集]
収束圧縮式衝撃波猫は、軍事研究の遺物であると同時に、戦後日本における「やたら真面目なものを猫に見立てる文化」の象徴として受容された。特に以降、理工系サークルが文化祭で模造機を製作し、発泡スチロール製の耳と紙製の尻尾を付けた「簡易型衝撃波猫」が各地のに広まった[7]。
一方で、やとの関係から、地方自治体が試験運用を制限した例もある。では1964年の屋外公開実験で近隣の鳩が一斉に飛び立ち、後に「鳥類への過度な収束圧」問題として議会で取り上げられた。なお、当時の議事録には「猫の形をしたものが空を揺らした」と記されており、要出典ながら有名である。
批判と論争[編集]
批判の中心は、そもそも衝撃波を猫型筐体に閉じ込めるという発想の妥当性であった。のは「性能曲線よりも設計者の愛着が勝っている」と述べたとされるが、これに対し開発側は「猫であることは機能要件の一部である」と反論した[8]。
また、戦後の展示化に際して、本来は機密であった内部構造が一般公開されたことから、元技術者の一部は「機械が可愛く見えるようになった瞬間に、軍事技術としては終わっていた」と回想している。もっとも、これも後年のインタビュー編集で大幅に整えられた可能性がある。
派生型[編集]
確認されている派生型には、静音化を重視した、水上運用向けの、および文化祭向けのがある。特に潮騒型はでの試験中、波長と鳴き声が干渉して一時的に「猫が海を押し返した」ような観測結果を生み、研究報告書の末尾に半ページ以上の補足が追加された[9]。
1960年代末には、民間の玩具メーカーが外形だけを模した「押すと鳴く猫」を発売し、機械本体を知らない世代にも名称だけが残った。これにより、収束圧縮式衝撃波猫は実機よりも先にキャラクターとして定着したとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯正一郎『圧縮波伝達と小型遊動体の試験記録』海軍技術院報告, 第12巻第4号, 1945, pp. 41-73.
- ^ 田嶋ミツ子「収束音場における反転推進の可能性」『日本音響学会誌』Vol. 8, No. 2, 1948, pp. 112-129.
- ^ 高瀬康平『戦後展示工学史 機械が「かわいい」と呼ばれるまで』東都出版, 1962.
- ^ 横須賀海軍工廠史編纂委員会『付属研究室年報 昭和十九年度』横須賀海軍工廠, 1951復刻版.
- ^ Margaret L. Thornton, “Convergent Shock Fields in Compact Vehicle Housings,” Journal of Applied Acoustics, Vol. 17, No. 3, 1956, pp. 201-238.
- ^ A. J. Bellamy, “On the Tactical Use of Feline Symmetry,” Proceedings of the Royal Institute of Mechanical Curiosities, Vol. 4, No. 1, 1959, pp. 5-19.
- ^ 黒田篤史『大学祭と試作機の民俗学』港北社, 1971.
- ^ 神奈川県立近代産業資料館編『収束圧縮式衝撃波猫 公開展示記録』資料館叢書第6巻, 1983.
- ^ 小泉直人「鳩類の飛翔と圧力波イベント」『都市環境研究』第3巻第1号, 1965, pp. 9-21.
- ^ 田島ミツ子・佐伯正一郎『低鳴圧モードの実装と残響問題』工学図書, 1960.
- ^ 『猫型衝撃波装置取扱注意マニュアル』相模原試験場内部資料, 1949.
- ^ 鈴木一成『「猫」と呼ばれた技術の戦後史』未來文庫, 1994.
外部リンク
- 海軍技術院アーカイブス
- 神奈川県立近代産業資料館デジタル展示
- 戦後試験機械研究会
- 猫型工学史データベース
- 収束圧縮式衝撃波猫保存会