猫の特許紛争
| 別名 | 猫特紛、ネコ特許事件 |
|---|---|
| 発祥 | 日本・東京市神田区周辺 |
| 成立時期 | 1898年頃 |
| 主な争点 | 猫耳形状、爪とぎ構造、反転鳴声機構 |
| 関係機関 | 農商務省、東京高等工業学校、帝国発明保護協会 |
| 代表的人物 | 佐伯信吉、マルガレーテ・ヴォルフ、宇佐美兼三 |
| 影響 | 動物模倣意匠の審査基準整備、家庭用品特許の増加 |
| 備考 | 判例の一部はのちに猫科一般へ拡張解釈された |
猫の特許紛争(ねこのとっきょふんそう)は、をめぐる意匠・飼育補助具・鳴き声変換装置の特許帰属をめぐって生じる係争の総称である。特に末期から初期にかけて、周辺の小発明家と系の審査官の間で頻発したことから、独立した法的現象として扱われるようになった[1]。
概要[編集]
猫の特許紛争は、猫そのものの所有権を争う制度ではなく、猫を模した器具、猫の行動を利用した装置、ならびに猫の名称を冠した商品群をめぐる特許・実用新案・意匠の衝突を指す用語である。日本法制史では、の改正特許令以後に急増した「動物準拠発明」の整理の過程で生まれた概念とされる[2]。
当初は家庭用暖房器具の「猫型湯たんぽ」、商店街の防鼠装置、印刷所のねこ足式搬送台など、分野の異なる発明が同時に出願されたことにより混乱が生じた。とりわけの町工場で製作された「鳴き声で起動する戸締まり機」が、猫を使う発明なのか猫に似せた意匠なのかで数年にわたり係争となり、これが「猫の特許紛争」の原型になったとされる。
後年には期の新聞が、これを比喩的に「猫のように掴みどころのない権利闘争」と報じたことから一般化した。なお、当時の審決録には「毛並みの方向性が実施要件を左右する」と読める記述があり、現代の研究者の間でもしばしば話題になる[3]。
成立の背景[編集]
この紛争の背景には、明治後期の都市生活において猫が「衛生」「癒やし」「鼠捕り」の三機能を兼ねる存在として重視されたことがある。特に内の長屋では、猫の動線を利用したネズミ駆除装置が高値で取引され、発明家たちは猫の動きを工学的に再現しようと競った。
にはの応用化学講座で、猫のひげが静電気を帯びにくいことを利用した「ほこり除け装置」が試作されたが、特許明細書において「猫の人格を侵害しない程度に模倣すること」と書かれていたため、審査官が判断を保留したという逸話が残る。これは学内では半ば伝説とされるが、講義ノートの余白に同種の走り書きがあるという。
一方で、の審査官であったは、動物模倣発明の審査基準を「骨格」「挙動」「鳴声」の三層に分ける案を提出した。これが実務上の整理に役立ったため、のちに「猫三層説」と呼ばれるようになったが、当時の官報には一切掲載されていないため、後年の回想録由来とみられている[4]。
主要な争点[編集]
猫耳形状の帰属[編集]
最初の大きな争点は、猫耳を模した意匠が単なる装飾か、機能を有する部品かという点であった。の「折畳式猫耳帽子事件」では、耳の角度が13度か14度かで視界確保性能が変わるとして、両者が最後まで譲らなかった。この件では、帽子製造会社の側が「耳は猫に似ているが、猫ではない」と主張したのに対し、原告側は「似ているからこそ市場で混同が生じる」と反論している。
判定は、耳の先端に縫い込まれた鈴の有無を基準に下されたとされる。もっとも、鈴は後から付け替え可能であったため、法学者の間では「判決が猫本体ではなく付属品に依拠している」と批判された。
鳴き声変換装置[編集]
第二の争点は、猫の鳴き声を機械音に変換する装置の権利帰属である。、大阪の蓄音機職人は、猫の鳴き声を入力すると暖房強度が変わる「ニャー式温度弁」を開発したが、同種装置がの輸入商によって半年早く持ち込まれていたことが発覚した。
この装置は、猫が鳴くたびに室温が0.7度上下するという実用性の低い仕組みであったが、冬季の下宿で「猫が寝返りを打つだけで暖かくなる」と評判になった。結果として、特許権は「鳴き声の周波数帯」ではなく「使用者の忍耐力」によって事実上決まるとの皮肉な結論が生まれた。
爪とぎ構造[編集]
第三の争点は、爪とぎを装置として扱うか、猫の生理的行為として扱うかであった。関西の家具業者が出願した「壁紙保護兼用爪研ぎ板」は、猫が使う前提で設計されたにもかかわらず、審査では「猫以外の使用実績がない」として不安定な扱いを受けた。
この審査を担当したの記録によれば、実演会で一匹の白猫が三分で装置を破壊し、その後も同じ姿勢で寝続けたため、出願人が「猫は利用者であると同時に破壊者である」と嘆いたという。これが、後の「二重使用者論」の契機になったとされる。
代表的事件[編集]
猫の特許紛争を象徴する事件として、しばしば「神田猫足搬送台事件」「横浜反転鈴事件」「浅草夜鳴き看板事件」の三つが挙げられる。いずれも新聞紙面では小さく扱われたが、特許実務の現場では十年単位で参照された。
の神田猫足搬送台事件では、印刷所が紙束の搬送に猫の歩行リズムを再現するベルト機構を導入し、歩留まりが12%改善したと主張した。しかし審査官は「猫が実際に歩いていない以上、猫の模倣とは言えない」として一度却下した。この判断に対し、技師側は「猫の本質は歩幅にある」と抗議し、翌週には歩幅計測用の木製模型が持ち込まれた。
の横浜反転鈴事件では、輸出向け玩具に付けられた鈴の音が猫を誘惑するのではなく、逆に猫が鈴を沈黙させるという機能が問題となった。結果として、商品説明に「猫の反抗心を抑制する」と書いたことが景品表示に近い誇張表現とみなされ、行政指導が入ったと伝えられる。
の浅草夜鳴き看板事件では、飲食店の看板に埋め込まれた発光機構が、夜間に遠目から見ると猫の目のように光るとして争われた。結局、看板の権利ではなく、周辺の野良猫が集まることによる営業妨害が争点化し、猫が証拠物件のように扱われた珍しい例として知られる。
社会的影響[編集]
猫の特許紛争は、家庭用品の意匠登録を増やしただけでなく、都市部の猫観にも影響を与えた。特許出願のために猫の動作を計測する調査が増えた結果、には「猫は観察されるべき資源である」という言説が流行し、雑誌『発明と飼育』が毎月のように猫図面を掲載した。
また、審査の現場では、猫を実験に用いる際の倫理が議論されるようになり、には東京で「動物模倣発明に関する注意事項」が非公式に配布された。そこには「鳴き声の再現は一日三回まで」「爪とぎ実演は午前中に限る」といった、実務的でありながら異様に具体的な指示が並んでいたという。
一方で、商業的には「猫型」であれば売れるという誤解も広がり、湯たんぽ、ランプ、電話機、郵便受けに至るまで猫化が進行した。その反動で初期には「犬型の反撃」が市場で起こり、動物意匠ブームは一時収束したとされる[5]。
批判と論争[編集]
後世の法学者からは、猫の特許紛争は本来の技術保護制度を歪めたという批判がある。とりわけのは、猫の行動を権利化する試みは「自然現象の囲い込み」に近いと論じ、学会で大きな反発を招いた。
ただし、反対派の中にも一定の評価はあり、猫をめぐる議論が実用新案制度の細部を磨いたことは否定できないとされる。実際、爪とぎや鈴、毛並み素材の識別など、今日では些細に見える論点が、当時の審査実務を通じて明文化された点は大きい。
なお、に出されたとされる「猫の人格は発明の主題たりうるか」という覚書は、真偽が確定していない。写本の一部には肉球の押印が残っているが、これは当時の事務員が冗談で押したものとも、正式認証の一種とも解釈されている[6]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯信吉『猫足機構の実用化に関する覚書』帝国発明保護協会出版部, 1913.
- ^ 宇佐美兼三『動物模倣発明審査要録』農商務省技報, 第2巻第4号, 1909, pp. 41-68.
- ^ Margaret A. Thornton, 'Feline Claims and Patent Boundaries', Journal of Comparative Invention Law, Vol. 7, No. 2, 1928, pp. 113-147.
- ^ 松原清十郎『自然物と権利化の限界』京都法学叢書, 1932.
- ^ 『東京市発明紛争年鑑 猫類編』東京市立中央図書館資料室, 1929.
- ^ Ernst Kroll, 'On the Reversal of Bell-Operated Devices', Technical Review of Meiji Industry, Vol. 11, No. 1, 1919, pp. 3-29.
- ^ 渡辺精一郎『爪研ぎ板における使用者概念の拡張』工業所有権研究, 第5巻第3号, 1926, pp. 201-225.
- ^ 『ニャー式温度弁設計図録』横浜機械商会, 1912.
- ^ Clara V. Henshall, 'The Economic Value of Cat-shaped Merchandise in Urban Tokyo', East Asian Commercial Studies, Vol. 4, No. 5, 1930, pp. 55-90.
- ^ 『猫の人格は発明の主題たりうるか』未公刊覚書写本集, 1931.
外部リンク
- 帝国発明保護協会アーカイブ
- 東京市模倣意匠史料館
- 神田特許史研究会
- 動物模倣発明データベース
- 猫特紛判例集電子版