和歌山県立田辺高等学校数学科男性教師ワカメ密漁事件
| 発生時期 | 1987年2月 - 1988年4月 |
|---|---|
| 発生地点 | 和歌山県田辺市、白浜町沿岸、紀伊水道一帯 |
| 関係組織 | 和歌山県立田辺高等学校、南紀海藻資源管理協議会 |
| 主要人物 | 同校数学科の男性教諭 1名(仮名・桐島義隆) |
| 容疑 | 無許可採取、収穫量虚偽申告、授業時数の水増し |
| 処分 | 訓戒、沿岸立入制限、校内での三角比再講習 |
| 影響 | 県内の藻類資源調査、学校行事の見直し |
| 通称 | ワカメ事件、紀南海藻帳簿事件 |
和歌山県立田辺高等学校数学科男性教師ワカメ密漁事件(わかやまけんりつたなべこうとうがっこうすうがくかだんせいきょうしわかめみつりょうじけん)は、周辺の沿岸で発生したとされる、の採取権をめぐる一連の不正行為である。後年、の数学教育と沿岸漁業管理の奇妙な交錯を象徴する事件として語られるようになった[1]。
概要[編集]
本事件は、後半ので、県立高校の数学教師がワカメの密漁に関与したとされる一件である。報道上は単純な不正採取事件として扱われたが、のちに現地では「のように増えるワカメの搬出量」として半ば神話化された。
事件の特徴は、海藻の採取にとを持ち込んだ点にあるとされる。教師は授業で用いる黒板の図をそのまま海岸に応用し、潮だまりを格子状に区画したうえで、採取量を一見合理的に見える帳簿に転記していたという[2]。
発端[編集]
発端は2月、沿岸で例年より太い天然ワカメが大量に確認されたことにあるとされる。地元では当初、海流の変化によるものと考えられていたが、同校の数学科で海洋統計に関心を持っていた男性教諭が、採取量の変動を独自に「季節的モデル」で説明し始めたことが周囲の注目を集めた。
同教諭は向けの補習資料において、ワカメの成長を「初項3.2、公比1.18の等比級数」と表現していたとされる。後年の聞き取りでは、これが冗談だったのか本気だったのかは判然としないが、少なくとも学校側が内容を理解できなかったことだけは確かであるとされる[3]。
経緯[編集]
採取の仕組み[編集]
調査記録によれば、教師はの私有地に近い磯場へ、放課後に自転車で通っていた。車両の後部には、チョーク箱を改造した乾燥容器が積まれており、ここに採ったワカメを入れて学校へ持ち帰っていたという。容器の側面には「正負の数」と書かれたラベルが貼られており、現場検証で妙に整然としていたことから、警察官の一部は当初、理科教育の実験器具と誤認したとされる。
また、採取対象は単なる天然藻ではなく、潮位が引いた際に見える「第2層ワカメ帯」に限定されていたとされる。これは教師が独自に作成した海岸図に基づく分類で、後の県立博物館の調査では、そのような層構造は確認されていない。もっとも、地元漁師の証言では「確かにあの日だけ妙に取り方をしていた」とされている。
帳簿の発見[編集]
事件が表面化したのは、4月に県の臨時監査が入った際、同教諭のノートから「ワカメ出荷表」と題する一覧が見つかったためである。そこには、日付、潮位、採取本数、乾燥後重量に加え、なぜか「対称性評価」「授業貢献度」などの項目が並んでいた。
特に問題視されたのは、採取量の単位がグラムではなく「束」や「面」で記載されていた点である。監査官は当初、学校行事の展示資料と考えたが、ノート最終ページに「円周率が大きい日は収穫も多い」と記されていたため、生活環境課へ連絡したとされる。なお、この一文は現在も要出典扱いである。
校内での反応[編集]
校内では、数学科職員の一部が「学年末の疲労による独白」と見なしていた一方、家庭科教員の間では、採れたワカメの一部が味噌汁として供されていたという。これにより、事件は単なる不正行為ではなく、を装った半ば共同体的な慣習として受け止められた。
生徒の間では、同教諭がワカメの長さをで説明する癖から、「積分先生」と呼ばれていたとされる。後年の同窓会誌には、彼の授業で黒板いっぱいに描かれた波線が、実は密漁ルートの略図だったのではないかという憶測まで掲載された。
人物[編集]
中心人物とされるのは、同校数学科の男性教諭・である。生年はとされ、卒業後、内の複数校を経て田辺高校に赴任したという経歴が伝えられている。数学教育では面倒見がよく、特にの授業で漁獲量の例題を多用したことで知られた。
一方で、彼の私生活は謎が多く、沿岸での目撃証言が「黒いレインコートの男」「潮風に負けない補助輪つき自転車」など断片的であるため、事件そのものが人物像と結びつきやすかった。なお、同僚の証言によれば、彼は職員室でワカメを「海のグラフ」と呼んでいたという。
また、地元漁協の元組合長が協力者として挙げられることがあるが、本人は後年まで一貫して関与を否定している。ただし、1988年春の寄り合いで「今年の藻はやけに角が立っている」と発言した記録が残っており、これが関係者の間で長く解釈争いの対象となった。
社会的影響[編集]
事件後、は沿岸地域の教職員に対し、採取・養殖・市場流通に関する倫理講習を義務づけた。特に数学科教員向けには、とを同一視しないための注意事項が配布され、全国的にも珍しい「海藻会計ガイドライン」が作成されたとされる。
また、田辺市では学校周辺の磯場に簡易な監視杭が設置され、干潮時の立ち入り記録が電子化された。これが後の沿岸モニタリング制度の原型になったという説があるが、県庁文書では直接の因果関係は確認されていない。いずれにせよ、この事件以後、地元の生徒が「ワカメを角度で測る」ことは完全に禁止された。
文化面では、事件を題材にした落語風の創作講演「海辺の一次関数」がに紀南文化会館で上演され、300席が満席になったとされる。もっとも、観客の大半は数学の補習目当てだったという指摘もある。
批判と論争[編集]
本事件には、当初から事実関係に不明瞭な点が多いと指摘されてきた。第一に、密漁とされたワカメの量が、帳簿上は通常の家庭消費を大きく超える一方で、市場価格に換算すると驚くほど少額であり、動機としては経済合理性に欠けるとされる。第二に、教師が残した数式の一部が実際には授業用の板書の書き換えだった可能性がある。
さらに、事件名に「男性教師」とまで含められた経緯については、後年の新聞見出しが過剰に煽情的だったためとする説が有力である。地域の教育関係者からは「職員全体の名誉を、ひとりのチョークと海藻に背負わせすぎた」との批判も出た。ただし、当時の校内記録には確かにワカメの乾燥棚が職員用ロッカーの近くに設置されていたとの記載があり、完全な冤罪とも言い切れない状況である。
その後[編集]
制度改正[編集]
事件の翌年度、和歌山県では沿岸採取の届出書式が改訂され、数量欄に「束」や「袋」に加えて「幾何学的密度」という項目が新設された。これは現場の実態把握に役立ったとされるが、記入方法が複雑すぎて、漁協の高齢者の間では大きな不評を買った。
同時に、県内の高校では、数学科が海洋実習に参加する際の監督基準が明文化され、引率教員は潮位表だけでなく乾燥時間表の携行を義務づけられた。これにより、教員の「ついで採り」は一定程度抑制されたとみられている。
記憶の定着[編集]
一方で、事件は地元の風物詩として語り継がれ、田辺市の一部では毎年春に「藻の長さを測る会」が自主的に開催されている。参加者は定規を持参し、もっとも長いワカメを見つけた者に、県内の海藻加工会社が提供する乾燥ヒジキが贈られるという。
この慣習は教育的配慮から始まったとも、単なる郷土愛の悪ノリとも言われるが、少なくとも事件を風化させずに語る装置として機能している。地元の図書館には現在も、事件当時の新聞切り抜きが「海と数学」の棚に分類されている。
脚注[編集]
[1] 田辺地方史編纂委員会『紀南海藻と学校文化の交差点』田辺市郷土資料叢書, 1994年。
[2] 和歌山県教育研究所『教科横断的指導における海洋資源の誤用事例』第12巻第3号, 1990年, pp. 41-58。
[3] 南紀新聞社『1980年代紀南スクラップ帳』, 1989年, pp. 77-79。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田辺地方史編纂委員会『紀南海藻と学校文化の交差点』田辺市郷土資料叢書, 1994年.
- ^ 和歌山県教育研究所『教科横断的指導における海洋資源の誤用事例』第12巻第3号, pp. 41-58, 1990年.
- ^ 南紀新聞社文化部『1980年代紀南スクラップ帳』, pp. 77-79, 1989年.
- ^ K. Fujimoto, “The Geometry of Wakame Harvest in Southern Kii,” Journal of Coastal Anecdotes, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129, 1992.
- ^ Margaret L. Thornton, “Pedagogical Misuse of Marine Biomass in Rural Japan,” Educational Anthropology Review, Vol. 14, No. 1, pp. 9-22, 1993.
- ^ 白浜町文化振興会『磯場の記憶と近代学校史』, 1996年.
- ^ 紀州海洋史研究会『潮位表と生活史』第4巻第2号, pp. 5-19, 1991年.
- ^ 西岡正巳『寄り合いの記録 1987-1989』南紀郷土文庫, 2001年.
- ^ 和歌山県立田辺高等学校百周年記念誌編集委員会『青潮と数列』, pp. 203-211, 2004年.
- ^ Robert H. Ellis, “Smuggling by Subtraction: A Case Study,” Transactions of the Maritime Society, Vol. 21, No. 4, pp. 201-219, 1995.
- ^ 紀南文化会館企画室『海辺の一次関数 上演資料集』, 1991年.
- ^ 藤田さとみ『ワカメ帳簿の奇妙な整合性』海鳴社, 1998年.
外部リンク
- 紀南郷土アーカイブ
- 南紀海藻研究センター
- 田辺教育史データベース
- 潮位と学校文化研究会
- 和歌山近代沿岸史資料室