喫茶まんはったん
| 名称 | 喫茶まんはったん |
|---|---|
| 種類 | 複合喫茶塔 |
| 所在地 | 東京都墨田区 |
| 設立 | 1987年 |
| 高さ | 38.4メートル |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造・地上6階地下1階 |
| 設計者 | 小野寺 恒一 |
喫茶まんはったん(きっさまんはったん、英: Kissa Manhattan)は、にあるである[1]。現在では関連の巡礼地として知られるが、その成立は末期の都市計画史に由来するとされる[1]。
概要[編集]
喫茶まんはったんは、の旧業務再開発地区に所在する、喫茶店機能と展示機能を併せ持つ建造物である。名称はに由来するとされるが、実際には「喫茶」と「まんはったん」を接合した当時の広告用語が先に成立したという説が有力である[2]。
現在ではに関連する催事の会場外スポットとして知られているが、元来は末期の再開発景観に対する「都市の箱庭化」を目的として計画されたものである。完成当初は1日平均4,200人の来訪を見込んでいたが、実際には平日昼の来客が87人前後にとどまり、逆にこの静けさが「異様に落ち着く」と評判になった[3]。
名称[編集]
「まんはったん」の表記は、に当時の施工会社が配布した仮称パンフレットにすでに確認できる。ここでいうマンハッタンはの地理的概念ではなく、「高層・雑居・騒がしさを一体化した都会像」を指す業界用語であったとされる。
一方で、初期案では「喫茶ミッドタウン」「喫茶テンロフト」などの候補も存在したが、設計者のが「最も語感が悪いものほど記憶に残る」と主張し、最終的に現名称が採用された。なお、地元の商店街では開業直後から「まんはたん」「まんはー」と呼び分けが生じ、の利用者調査では11通りの略称が記録されている[4]。
沿革/歴史[編集]
計画から着工まで[編集]
、の旧貨物ヤード跡地を含む一帯に、複合文化施設を核とする再整備案が持ち込まれた。計画主体はの外郭的協議体とされる「隅田景観研究会」で、当初は展示塔と喫茶棟を別棟で建てる構想であった。
しかし、敷地面積が1,940平方メートルしか確保できず、設計変更の末に「縦に積む」方式へ転換した。これが後の6階建て喫茶塔の原型であるとされる。着工式では58年の強風により紙製の完成予想図が飛散し、周辺住民がそれを拾い集めて貼り合わせたことから、模型より先に近隣会議資料の方が完成したという逸話が残る[5]。
開業と再評価[編集]
の開業当初、喫茶まんはったんは3階に自動給湯式の喫茶室、4階に資料閲覧室、6階に夜景観賞デッキを備えていた。ところが、最上階のデッキは風速8メートル以上で入場制限がかかるため、利用者の大半は2階の窓際席に集中した。
頃には老朽化が問題となり、いったん解体案も浮上したが、地元保存会の反対運動により「喫茶営業を継続したまま外装のみ補修する」方針へ転じた。このとき補修材として使われた耐候塗料が、後にとの二層構成として名物化し、建物の視認性を不必要に高めたといわれる[6]。
以降は関連イベントの非公式待ち合わせ地点として急速に注目を集め、週末の来訪者数は従来比で約6.8倍に増加した。ただし、館内の椅子は開業以来ほぼ入れ替えられておらず、長時間の着座が「古い博物館の展示物を鑑賞している感覚に近い」と評されている。
施設[編集]
喫茶まんはったんの内部は、機能ごとに微妙に用途がずれた空間が連続している点に特徴がある。1階は物販と受付、2階は主力の喫茶室、3階は「記録保全席」と呼ばれる長机席、4階は小展示室、5階は貸し会議室、6階は季節限定の展望区画である。
特に2階の壁面には、後半の都市開発図面を基にしたレリーフが施されており、注文を待つ間に読むにはやや情報量が多いとされる。メニューは一般的なブレンドコーヒーに加え、「まんはったん・ブレンド」「隅田川ミルク」「高架下プリン」などがあり、いずれも名称の割に味は素朴である。なお、人気商品の「夜景パフェ」は高さが21センチメートルあり、提供時に倒れやすいため、注文票には「風速注意」と手書きされることがある[7]。
4階展示室では、建設当初の構造模型や、開業前に地元児童が描いた未来予想図が展示されている。そこには「建物のてっぺんに馬車が停まる」「全館がコーヒー豆でできている」などの記述があり、後年のファンによって「予言的資料」として扱われるようになった。
交通アクセス[編集]
最寄り駅はのと案内されることが多いが、正確には徒歩9分から14分の間で揺れるとされる。駅からは系の歩道橋を横切り、商業ビルの裏手にある細い路地へ入ると、突如として建物全体が現れる構造になっている。
また、の一部路線では車内放送で「まんはったん前」を意図的にゆっくり読むようになっており、初見の利用者が降車をためらう原因になっている。自転車利用者向けには6台分の駐輪区画があるが、実際には周辺のイベント開催時に最大19台まで詰め込まれることがあり、係員が台数を数え直すのが恒例となっている。
施設側の説明では、最も分かりやすい到達方法は「方面を背にして、甘い香りのする方へ進む」こととされる。ただしこの案内は天候や焙煎時間に左右されるため、要出典とされることがある。
文化財[編集]
喫茶まんはったんはにの景観重要建造物相当の扱いを受け、のちに地域文化財台帳へ登録されている。登録理由は「高度経済成長末期から昭和末期にかけての、雑居的都市喫茶の空間構成を現在まで保持しているため」とされる。
さらに、内部の木製カウンターと天井吊り看板の一部は、に「都市喫茶意匠」として準文化財的な保護対象になった。もっとも、これらの指定は法的拘束力が弱く、実際には年1回のワックスがけと、年末の「椅子を少しだけ戻す」作業で維持されているにすぎない。
保存会は、建物外壁の角度が南北で0.7度ずれている点を「意匠上の誤差ではなく、都心に向かう憧れの傾き」と説明している。この解釈は保存運動を支えた象徴的文句として知られる一方、測量担当者からは毎回ため息が漏れるという。
脚注[編集]
[1] 喫茶まんはったん保存会編『隅田都市喫茶誌』まんはったん文庫、2018年、pp. 12-19。
[2] 佐伯由紀『ネーミングと再開発の心理地理学』東西出版、1994年、Vol. 3, No. 2, pp. 41-58。
[3] 墨田区企画調整課「昭和末期複合喫茶施設利用実態調査報告」1989年、pp. 7-9。
[4] 田中睦美『略称文化の都市史』都心研究社、2001年、pp. 88-91。
[5] 小野寺 恒一「紙模型と風速管理」『建築と雑談』第11巻第4号、1984年、pp. 5-14。
[6] 堀江尚之『補修塗料が作る景観』日本景観技術協会、2007年、pp. 102-110。
[7] K. Marlowe, "Dessert Stability in Narrow-Deck Cafés", Journal of Urban Food Structures, Vol. 8, No. 1, pp. 201-219.
[8] 墨田文化財審議会「地域文化財台帳 別冊: 喫茶塔類」2010年、pp. 3-6。
[9] 山城理一『駅徒歩圏の揺らぎに関する研究』関東地理学会誌、第22巻第3号、pp. 77-89。
[10] A. Feldman, "Vertical Cafeterias and the Myth of Manhattan", Metropolitan Architecture Review, Vol. 14, No. 6, pp. 55-73。
関連項目[編集]
末期の再開発
関連スポット
の文化財
脚注
- ^ 喫茶まんはったん保存会編『隅田都市喫茶誌』まんはったん文庫、2018年、pp. 12-19.
- ^ 佐伯由紀『ネーミングと再開発の心理地理学』東西出版、1994年、Vol. 3, No. 2, pp. 41-58.
- ^ 墨田区企画調整課「昭和末期複合喫茶施設利用実態調査報告」1989年、pp. 7-9.
- ^ 田中睦美『略称文化の都市史』都心研究社、2001年、pp. 88-91.
- ^ 小野寺 恒一「紙模型と風速管理」『建築と雑談』第11巻第4号、1984年、pp. 5-14.
- ^ 堀江尚之『補修塗料が作る景観』日本景観技術協会、2007年、pp. 102-110.
- ^ K. Marlowe, "Dessert Stability in Narrow-Deck Cafés", Journal of Urban Food Structures, Vol. 8, No. 1, pp. 201-219.
- ^ 墨田文化財審議会「地域文化財台帳 別冊: 喫茶塔類」2010年、pp. 3-6.
- ^ 山城理一『駅徒歩圏の揺らぎに関する研究』関東地理学会誌、第22巻第3号、pp. 77-89.
- ^ A. Feldman, "Vertical Cafeterias and the Myth of Manhattan", Metropolitan Architecture Review, Vol. 14, No. 6, pp. 55-73.
外部リンク
- 喫茶まんはったん保存会
- 墨田都市景観アーカイブ
- ウマ娘巡礼地研究室
- 昭和喫茶建築ネットワーク
- まんはったん資料室