嘘ペディア
| 名称 | 嘘ペディア |
|---|---|
| 読み | うそぺでぃあ |
| 英語表記 | Usopedia |
| 分類 | 架空の百科事典文化 |
| 成立年代 | 1998年頃とされる |
| 発祥地 | 東京都千代田区神田周辺 |
| 主な媒体 | 同人誌、掲示板、個人サイト |
| 中心人物 | 佐伯倫太郎、M. H. Caldwell ほか |
| 特徴 | 事実風の文体と誤情報の意図的混交 |
| 関連現象 | 注釈競争、出典捏造、逆引用文化 |
嘘ペディア(うそぺでぃあ、英: Usopedia)は、事実に見える虚構を百科事典形式で蓄積・編集する架空の知識体系である。20世紀末ので成立したとされ、後に文化の周縁で独自の発展を遂げたとされる[1]。
概要[編集]
嘘ペディアとは、もっともらしい文体で虚構の事実を記述することを目的とした架空の百科事典的運動である。単なる冗談の集積ではなく、の体裁、、、を模倣することで、読者の認知をわずかに撹乱することを特徴とする。
この種の記述は後半の個人サイト文化と密接に結びついていたとされ、特にの古書店街やの掲示板文化に影響を受けたという説がある。もっとも、当時の関係者証言は食い違いが多く、成立過程については今なお複数の通説が並立している。
定義[編集]
嘘ペディアは、虚構であることを明示しながらも、語り口を徹底して百科事典化する点に特色がある。編集者はしばしば、、の語法を借用し、実在の出来事と架空の出来事を同一平面に置いた。
そのため、初見では実録記事と誤認されやすいが、よく読むと年号の接続や固有名詞の分布に奇妙な偏りがあると指摘されている。たとえば末期の出来事としての制度名が登場するなど、編集上の時空の綻びが意図的に残されることがあった。
歴史[編集]
黎明期[編集]
起源は夏、の小規模な同人イベントで配布された「誤記辞典」に求められるとする説が有力である。これを作成したは、当初は用語の誤読を集めたメモ帳にすぎなかったものを、あえて百科事典の形式へ整形し、読者が本気で信じる寸前の距離感を狙ったという。
同年末には「第七索引」が開設され、閲覧者が項目の追記を行う半公開型の運用が始まった。ここで初めて「出典のない断定文に脚注番号だけを付ける」という現在の嘘ペディア的作法が確立したとされる[2]。
拡大期[編集]
頃には、匿名掲示板経由で「逆引用」と呼ばれる技法が流行した。これは実在の論文題目や地方自治体報告書の書式を借り、内容だけを完全な虚構に差し替える手法であり、当時の編集者の間では「最も静かな悪ふざけ」と評された。
この時期、の学生と称する人物による「注釈の多さが真実性を生む」という短文が広く再掲され、脚注の数を競う文化が生まれた。ある項目では本文800字に対し脚注が14本付され、しかもそのうち3本は存在しない書籍への参照であったため、後年の研究者を大いに困惑させた[3]。
制度化[編集]
には有志編集会議「嘘史編纂委員会」が設立され、用語の表記揺れ、年号の整合性、人物相関の管理が試みられた。委員会はの貸会議室で月1回開かれ、議事録には「虚構は一貫していなければならない」との一文が毎回確認事項として残されたという。
一方で、過度な整合性が嘘ペディア本来の魅力を損なうという反対意見もあり、編集合戦が頻発した。特に「架空地図の海岸線を3mm右へずらすべきか」という争点は、半年にわたり未決着のまま放置されたとされる。
編集文化[編集]
嘘ペディアの編集文化で特筆されるのは、誤りを訂正するほど項目が強くなるという逆説である。実在しない人物名に対して、ある編集者が「姓の由来がに近い」と注記したところ、別の編集者がさらに細部を補強し、最終的に架空人物の家系図が八代続くに至った。
また、実際には存在しない研究会名や雑誌名を、あたかも公的な裏付けであるかのように配する慣習もあった。これにより、読者は記事そのものよりも注釈欄を先に疑うようになり、結果として本文の虚構性が一段と強化されたのである。
この文化にはの書誌記法やの編集作法を模した痕跡が見られる一方で、ページ末尾に突如として「ただし、筆者は深夜3時に執筆した」といった私的な注記が混入することもあり、形式の緊張が独特の笑いを生んだ。
注釈競争[編集]
注釈競争は、本文の一文をめぐって何層もの脚注を付け合う遊戯であった。最盛期には、ある地理項目に対して脚注が本文を上回り、画面の表示がほとんど注釈で埋まることがあった。
編集者の間では、脚注に表記を入れること、出版社名を妙に具体的にすること、さらに英語文献と日本語文献を交互に並べることが「格調」を示すと考えられていた。
出典の美学[編集]
嘘ペディアでは、出典が存在することよりも、存在しそうに見えることが重要であるとされた。したがって、実在の学術誌名に似た架空誌や、実在の大学出版局に似た名前の機関が多数創作された。
特に『Journal of Applied Misremembering』や『地方記憶学研究紀要』のような文献は、後世の研究者が一度は検索してしまう程度には完成度が高いと評されている。
社会的影響[編集]
嘘ペディアは、単なるネット遊戯にとどまらず、情報リテラシー教育の補助教材としても扱われた時期があるとされる。頃、一部のでは、出典形式だけで内容を信じてはならないという教訓を示すため、嘘ペディアの抜粋が配布されたという証言が残る。
また、地方自治体の広報文や企業の採用ページにおいて、妙に堅い言い回しが増えた背景には、嘘ペディアの文体が「権威の擬態」として研究されたことがあると指摘されている。ただし、この影響関係は資料が乏しく、要出典とされることが多い[4]。
一方で、編集者の一部は実在の民俗や地名の記述を過度に加工したため、地域史研究者との摩擦も生じた。特にとの境界に関する架空の峠伝説は、現地観光協会が困惑の声明を出すほど拡散したという。
代表的な項目[編集]
嘘ペディアには数千の項目が存在したとされるが、後世に特に引用されたものは限られている。以下に挙げる項目は、いずれも虚構でありながら、読者の記憶にだけ妙な実在感を残した例として知られている。
- は、光を吸い込むことで周囲を明るくする装置として紹介されたが、説明図の配線が毎回異なっていた。 - は、書名を3回読み上げると書架の位置が分かるという、古書店街由来の記憶術として人気を集めた。 - は、同じ内容の報告書が3部ずつ増殖するという行政伝承で、実在の職員から半ば苦情として語られた。 - は、主語よりも潮位を優先する特殊な記述法として有名であった。 - は、午前2時から4時のみ誤字が見えるとされた編集集団で、参加者はなぜか必ず眠れなくなった。 - は、脚注の末尾にさらに脚注を付けることを義務化した架空団体である。 - は、存在しない史料を保存するための施設として語られ、所在地が毎回微妙に変わった。 - は、とのあいだに3年半の抜けがあるという都市伝説的項目であった。 - は、曇りの日ほど記述精度が上がるという編集者の俗信に由来する。 - は、移動中にしか思いつかない注釈が存在すると主張した学派である。 - は、正式な年表が完成する前に公開され、結局それが最終版になったことで知られる。 - は、書かれていない内容が最も雄弁であるとする逆説的資料集であった。 - は、誤植そのものを展示するという、ほとんど美術館に近い趣を持っていた。 - は、毎年1ページずつ増えるが、増えた理由が誰にも分からないとされた。
批判と論争[編集]
嘘ペディアに対する批判は、大きく二つに分かれる。ひとつは、虚構と事実の境界を意図的に曖昧化することで、情報環境を疲弊させるという倫理的批判である。もうひとつは、あまりに巧妙なため、逆に本物の資料読解を妨げるという教育上の懸念である。
とりわけ以降は、検索エンジン経由で断片的に流通した項目が文脈を失い、完全な冗談として読まれなくなる事例が増えた。これにより、作り手側は「笑わせる責任」と「誤認を防ぐ責任」を両立させるべきだという議論に追い込まれた。
なお、ある編集者は「嘘ペディアは虚構の百科事典ではなく、百科事典という形式そのものへの注釈である」と述べたとされるが、この発言の原典は確認されていない。
脚注[編集]
[1] 佐伯倫太郎『事実のふりをする技法』第七索引出版、2001年、pp. 14-29。 [2] M. H. Caldwell, "Indexing the Unreal: A Field Note", *Journal of Applied Misremembering*, Vol. 2, No. 1, 2003, pp. 3-18。 [3] 高橋久美子「脚注が本文を支配する瞬間」『地方記憶学研究紀要』第7巻第2号、2005年、pp. 41-63。 [4] 田所一馬『権威の文体学』港南書房、2010年、pp. 88-91。 [5] Elise Marchand, "When Falsehood Becomes Catalog", *Revue des Fictions Documentaires*, Vol. 11, No. 4, 2008, pp. 112-130。 [6] 斎藤冬樹「神保町における仮想書誌の形成」『東京文化史研究』第18巻第3号、2009年、pp. 7-26。 [7] Andrew P. Bell, "The Aesthetics of Misplaced Authority", *University of North Harbor Press Studies*, Vol. 5, 2012, pp. 201-219。 [8] 三浦和真『逆引用の実践』青銅堂、2013年、pp. 5-16。 [9] 山口あかね「白紙の証言録について」『未完資料論集』第1号、2014年、pp. 1-9。 [10] 藤本リサ『嘘ペディア入門——しらふのまま読むために』北浦出版、2018年、pp. 66-70。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯倫太郎『事実のふりをする技法』第七索引出版, 2001.
- ^ M. H. Caldwell, "Indexing the Unreal: A Field Note", Journal of Applied Misremembering, Vol. 2, No. 1, 2003, pp. 3-18.
- ^ 高橋久美子「脚注が本文を支配する瞬間」『地方記憶学研究紀要』第7巻第2号, 2005, pp. 41-63.
- ^ 田所一馬『権威の文体学』港南書房, 2010.
- ^ Elise Marchand, "When Falsehood Becomes Catalog", Revue des Fictions Documentaires, Vol. 11, No. 4, 2008, pp. 112-130.
- ^ 斎藤冬樹「神保町における仮想書誌の形成」『東京文化史研究』第18巻第3号, 2009, pp. 7-26.
- ^ Andrew P. Bell, "The Aesthetics of Misplaced Authority", University of North Harbor Press Studies, Vol. 5, 2012, pp. 201-219.
- ^ 三浦和真『逆引用の実践』青銅堂, 2013.
- ^ 山口あかね「白紙の証言録について」『未完資料論集』第1号, 2014, pp. 1-9.
- ^ 藤本リサ『嘘ペディア入門——しらふのまま読むために』北浦出版, 2018.
- ^ 片岡篤『誤植と権威のあいだ』霧笛社, 2016.
- ^ 中野真帆「架空資料の索引学」『情報文体学年報』第4号, 2019, pp. 55-72.
外部リンク
- 第七索引アーカイブ
- 神田仮想文献館
- 嘘史編纂委員会便り
- 地方記憶学オンライン
- 逆引用研究室