嘘ぺディア(不味い揚げ物)
| 分野 | 食文化論/言説デザイン |
|---|---|
| 主題 | 不味い揚げ物の記述様式 |
| 成立時期 | 2010年代後半(ネット上での呼称として) |
| 中心地域 | 周辺の飲食圏とされる |
| 媒体 | 掲示板・長文ブログ・短尺動画 |
| 典型的手法 | 過剰な数値、擬似学術語、出典風の引用 |
| 代表例 | 「外はカリカリだが、記憶が湿る」型の評価文 |
| 関連語 | 嘘出典/揚げ物メトリクス/まずみ学 |
は、主に飲食講談とネット掲示の文体を用いながら、不味さをあえて主題化した一種の〈都市伝承型グルメ批評〉であるとされる[1]。発祥は定かではないが、揚げ物文化の「うまい前提」を揺さぶる挑発として拡散したといわれる[2]。
概要[編集]
は、不味い揚げ物を「欠陥」ではなく「物語の材料」として扱う言説の形式であるとされる。食べた後の後味や口腔内の温度帯、油の残留成分の“推定”などを、百科事典調で整然と記すことが特徴である。
この形式は、料理レビューにおける肯定的言語が過剰に支配する状況へ対抗する意図を含むと解釈されている。もっとも、否定だけでは伸びにくいことも知られ、結局は「嘘っぽく真面目」な文体が最適解として定着したと語られがちである。なお、当該文体を模倣した“改悪系テンプレ”が多数出回ったため、現在では純度の高いは一部コミュニティでのみ評価されているとされる[3]。
成立と歴史[編集]
揚げ物工学メモと「まずみ学」の誕生[編集]
起源としてよく挙げられるのは、(本部はの旧工場跡に置かれたとされる)が1930年代に配布していたという“味のばらつき管理マニュアル”である。そこでは、油温を±2℃以内に収めれば品質が安定するのではなく、「不味さの発生確率を制御することで“物語的再現性”を得られる」と述べられていたとされる[4]。
この文書は戦災で散逸したとされるが、写しがの立ち飲み店に保管されていたという噂がのちの拡散に拍車をかけた。2017年、匿名の研究者風アカウントが「揚げ物の“まずみ”は、油の酸化よりも、衣の水和タイミングに支配される」という趣旨の長文を投稿し、百科事典調の“断定”が注目を集めたとされる。これがと呼ばれるミームの核になったと推定されている[5]。
嘘出典文化:自治体報告書の幽霊引用[編集]
拡大に決定打となったのは、出典を“それらしく”するための技法である。特に多用されたのが、存在するはずのない「味覚行政」に関する体裁であった。例として、が毎年刊行しているとされる「食体験品質白書(第12版)」を引用しつつ、ページ数だけ異様に具体的だった(“pp.114-117”など)。その結果、読者は「政府資料っぽいのに、どこかが違う」と感じやすくなったと指摘されている[6]。
また、揚げ物の評語として「カリ量」「衣粘性指数」「油残響時間(ORT)」などの擬似指標が導入された。なかでもORTは、食べてから舌に残る“説明責任の遅延”を意味するとされ、実測が極めて困難であるにもかかわらず、0.8秒、1.6秒のような小数で書かれるのが様式美になった。こうした“幽霊引用”の積み重ねがの信頼感を生み、逆説的に笑いへ転換したとされる[7]。
内容の特徴[編集]
では、一般的なグルメ批評とは異なり、味の良し悪しを主観で片付けないふりをする。たとえば「揚げ時間は概ね(推定)185秒であるが、衣の内部温度が92.3℃で止まっているため破綻している」など、測れない数値が積み上げられることが多い。
文体は百科事典の抑揚に寄せられ、「〜である」「〜とされる」「〜が指摘されている」といった受動表現が頻出する。さらに、評価語には音響や光学の比喩が混ぜ込まれる。「油の匂いは周波数帯域で1700〜1900Hzに分布している」といった具合で、医学・工学・官報風の語彙が乱入する。ただし論理は破綻していなければならず、整然とした矛盾が“嘘っぽさ”の核として働くとされる。
なお、作品世界が必要以上に現実へ接近すると冷めるため、「不味い理由」を断定しすぎない程度の“揺らぎ”も重要視される。実際にコミュニティでは、要点を3回反復してから最後にだけ「ただし例外として香りは合格である」などの救いを入れるテンプレが共有されていたという[8]。この救いがあることで、読者が“嘘じゃん!”と笑う余白が生まれると考えられている。
社会的影響[編集]
は、食の評価が「星の数」へ単純化される傾向に対して、言語の再編集を促したとされる。特に、自治体の公式SNSで「揚げ物は健康に良いか」論争が起きた時期に、あえて逆張りの“体験スペック表”が拡散し、行政側も投稿の語り口を軽く変えたと噂されている[9]。
また、飲食店側では「不味いことを語れる店が増えた」という副次的効果が語られる。従来は失敗を隠す傾向が強かったが、嘘ぺディア文体の影響で「失敗でも物語として翻訳できる」方が好意的に受け取られる場合があると考えられた。結果として、の一部店舗では、メニュー表に“失敗を許容する注釈”が増えたという指摘がある。ただし、この注釈が本当に導入されたかは確認が難しいとされる[10]。
教育面では、若年層の文章訓練として利用されたという話もある。言語の形式だけを真似て内容を作ることで、情報の真偽と文体の関係を理解させる教材になったとする報告がある一方、真偽の境界が曖昧になる危険も指摘された。いずれにせよ、嘘を“嘘として”提示する技法が、ネット文化の批評眼を鍛える方向へ働いたと見る向きがある[11]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、が“情報の信頼性”を文体で偽装する点にある。読者が数値を見た瞬間に真面目さを感じてしまうため、誤情報を誘発する恐れがあるとされる。一方で擁護側は、そもそもこの形式は食の記述を芸術的に再解釈しており、誤情報というより“虚構の説明”だと主張した[12]。
さらに、悪用も問題視された。実在の店舗を名指しして「不味い揚げ物」を“行政報告風に断定”する投稿が出たことで、名誉毀損の議論が持ち上がったとされる。この論争では、引用元として「」や「」を挙げる例まで現れたが、どれも出典の実在を裏づけられなかったとされる[13]。
また、コミュニティ内では“適正な不味さ”の基準が争点になった。あまりに酷評しすぎると読者が離れ、逆に丁寧すぎると笑いが減る。そのため「まずみ指数は必ず2桁の整数で提示する」「救いの一文は必ず末尾から3文以内に配置する」などの暗黙ルールが形成されたが、これが新たな窮屈さを生んだという指摘もある[14]。
関連する様式と代表的言説[編集]
には複数の下位様式があるとされる。たとえば「工学断定型」は温度・時間・粘性指数を並べ立てる。「寄席解説型」は落語の比喩を使い、油を“芸者”に見立てることで不味さを情緒へ変換する。「官報擬態型」は官庁文書の体裁(“〜に関する告示”など)で書くが、肝心の中身は完全に別物になっていることが多い。
代表的な言説としては、「衣は伸びているのに、伸びきっていない」が挙げられる。これは具体的に“揚げ上がり直後の油膜厚が0.31mmで、口腔の脂質と反応するまでの猶予が0.04秒しかない”と補足されるのが典型である。この説明は理解できないが、理解できないという事実が読者の笑いに変換される仕組みになっていると考えられている。
なお、最も有名な誤解を誘う一文として「本件は食品衛生法に照らし、味の不合格を定義するものではない」があるとされる。これが“断定っぽい言い方なのに逃げ道がある”点で評価され、テンプレとして転用されたという報告がある。ただし、どの投稿が最初かは追跡が難しいとされる[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 花崎ユリ『虚構の料理百科:嘘ぺディア文体の研究』幻冬舎, 2020.
- ^ Dr. Margaret A. Thornton『Pseudo-Scholarly Taste Narratives』Oxford Gastronomy Press, 2018.
- ^ 佐々木恵理『数値で嘘を強化する文章技法』新潮学術出版, 2021.
- ^ 藤堂慎一『揚げ物の時間設計と“まずみ”の確率』日本調理工学会誌, 第12巻第3号, pp.41-66, 2019.
- ^ 李相雨『Administrative Citation as Humor Device in Japanese Web Culture』Asian Journal of Digital Folklore, Vol. 6, No. 1, pp.77-103, 2022.
- ^ 山口亮太『都市伝承型グルメ批評の文体操作』食品言説研究, 第4巻第2号, pp.12-29, 2017.
- ^ 【ややタイトルが変】北川和臣『食体験品質白書(第12版)—存在しないが引用される』【厚生労働省】編集室, 2016.
- ^ Nguyen Thi Minh『Oily Afterimages and Language: A Microanalysis of ORT』Journal of Sensory Rhetoric, Vol. 9, No. 4, pp.201-239, 2023.
- ^ 田中久実『笑いのための断定表現—受動態と“余白”』文学技法研究, 第21巻第1号, pp.5-28, 2018.
- ^ 高橋みなと『味覚行政ミームの誕生と終焉』電気通信文化叢書, 2020.
外部リンク
- 嘘ぺでぃあ文体アーカイブ
- まずみ学・数値テンプレ倉庫
- 官報擬態文ライブラリ
- ORT(油残響時間)談話会
- 揚げ物メトリクス研究所