国際卓越研究大学
| 所管 | 文部科学省 高等教育研究政策局 卓越大学推進課 |
|---|---|
| 目的 | 国際共同研究の継続性を、学術評価指標として担保すること |
| 開始の目安 | (準拠制度の試行期) |
| 認定根拠 | 「国際卓越研究大学制度要綱」および同運用内規 |
| 評価指標の例 | 査読率、共同出願比率、海外講義稼働時間、論文再現性監査合格率 |
| 運用単位 | 年度ごとの審査(中間レビューを含む) |
| 選定の性格 | 上位枠の指定と補助金配分を連動させるタイプ |
国際卓越研究大学(こくさいたくえつけんきゅうだいがく)は、日本の高等教育制度において、国際性と研究力を理由に優遇対象とされる大学群である。1990年代の「国際共同観測」構想を原型として、後年には審査方法まで含めて制度化されたとされる[1]。
概要[編集]
国際卓越研究大学は、学術研究を「競争」ではなく「連結」させることで国際協力を加速させる制度であると説明されることが多い。具体的には、国際共同研究の実績だけでなく、研究計画が国境を越えて引き継がれる仕組み(研究資産の貸与、データ監査、共同大学院運用など)を点数化する運用が特徴とされる[1]。
制度の成立経緯は、1990年代に霞が関の行政担当者が、各大学の国際活動が「単年度のイベント」に偏っていることを問題視したことに始まるとされる。ただし同時期、研究現場では「国際活動は増やすほど不透明になる」という不安もあり、指標が作り込まれた結果、審査書類の厚みが当初予定の3倍になったという記録がある[2]。
歴史[編集]
前史:国際共同観測と“卓越の配線”[編集]
国際卓越研究大学の原型は、に試験的に開始された「国際共同観測支援計画」に求められるとする説がある。この計画では、海外研究機関との共同観測データを、各大学が独自サーバで保管していることが技術的な断絶(いわゆるデータの断線)を生むと見なされ、共通規格を“配線”する考え方が導入されたという[3]。
さらに2000年頃には、観測データに付随するメタデータの整備状況を巡って、「翻訳品質」まで評価に含めるべきかが議論になった。そこで導入されたのが、翻訳者ではなく研究者自身が一定の語彙テストを受ける方式であり、これがのちの「国際コミュニケーション稼働時間」指標へと発展したとされる[4]。
制度化:審査員の“監査カレンダー”[編集]
制度が制度らしく固まったのはの準拠制度の試行期である。試行では、各大学の研究計画を評価する審査員が同一の“監査カレンダー”に従うことが求められ、たとえば「春は再現性監査、夏は共同出願、秋は研究データの追跡性」といった季節配分で審査が進む仕組みになった[5]。
このとき審査書式の項目数は当初の予定だったが、審査員会議で「同一研究者の海外出張が、別の研究計画の“影響”として数え上げられない」問題が起き、最終的にに増えたとされる[6]。結果として書類作成の負担が増え、大学側は「書くための研究」への転落を恐れていたが、運用内規の整備によって最終的には“書類と研究の往復”が学内に定着した。
拡大:研究者の移籍と“卓越の離職率”[編集]
その後頃から、国際共同研究が進むほど研究者の流動性も高まり、「せっかく整えたネットワークが離職で失われる」ことが問題視された。このため制度上に「卓越の離職率」概念が導入され、認定後での研究ネットワークの維持が問われるようになったとされる[7]。
この“離職率”は、単なる退職者数ではなく、海外共同研究者との接続をどれだけ維持したかで算出するとされた。計算の一例として、「接続の重み」を研究者の論文数ではなく、共同データの再利用回数(累計以内)で決める運用が一部で採用されたと報告されている[8]。
制度の仕組み[編集]
国際卓越研究大学の選定は、学内の研究実績を「国際で働く状態」に変換できているかを中心に点検するとされる。具体的には、(1)共同研究の件数、(2)共同出願の割合、(3)海外講義の稼働時間、(4)論文の再現性監査合格率などを積み上げ方式で評価するのが基本である[1]。
また、審査は“提出物”ではなく“運用の履歴”を重視するのが特徴とされる。たとえば各大学は、国際共同研究に使ったデータの所在を、審査期間中に一度だけ「追跡ボタン」を押して公開する運用を求められたとされるが、これが学生の間では「押したらレポートが見つかる」儀式として語り継がれたという[9]。
なお、制度の名称は政策文書では「卓越」を冠しているが、実務では卓越を“光学的卓越”ではなく“事務的卓越(手続の通りやすさ)”として扱う運用が一部で指摘されている。ある審査員は「手続が整っていないと、共同研究が国際で滞留する」と述べたとされる[10]。
社会的影響[編集]
国際卓越研究大学の制度は、研究者のキャリア設計に直接影響を与えたと考えられている。研究費の獲得競争が激しくなる一方で、「共同研究の継続」を前提にした学内体制(国際共同研究室、データ監査ユニット、再現性ラボ等)が整備された結果、研究は細分化されつつも国境を越える形に再編されたという[11]。
また、産業界との接点も変化した。従来は共同研究が“成果報告のイベント”になりがちだったが、制度の要件が「追跡性」を含んだことで、企業側がデータの二次利用ポリシーを先に整備するよう促されたとされる[12]。その結果、大阪府のある素材メーカーでは、大学との契約前に研究データの監査項目をチェックリスト化し、契約日が平均で短縮したという社内報告が残っているとされる[13]。
一方で、大学は“国際向けの研究語彙”を整える必要が出てきたため、英語のみならず、研究の翻訳品質を支える専門職(用語整備官、データ辞書編集者)が半ば公然と配置されるようになった。これにより大学が学術機関であると同時に編集機関の性格を持つようになった、という指摘がある[14]。
批判と論争[編集]
制度への批判としては、評価指標が“研究の質”をどこまで正確に測れるのか、という点が繰り返し争点となった。特に「論文の再現性監査合格率」を高めるために、過去に再現性が確認されたテーマへ研究が寄りやすくなる可能性があるとされる[15]。
また、国際共同の件数を上げる動機づけが働くと、「共同研究の名ばかり化」が起きるのではないかという懸念も出た。実際、の運用説明会では「共同出願の割合が高いのに、実際のデータ共有が弱い」ケースをめぐって、複数の大学が質問を行ったとされる。ただし当局は「データ共有は別表で追う」と回答したという記録がある[16]。
さらに“書類の厚み”問題が続き、ある大学の担当者は「審査のための校正が、研究の校正より多い」と漏らしたと報じられた[17]。その一方で、制度によって手続の透明性が増したという肯定的見解もあり、論争は完全には決着していない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 文部科学省高等教育研究政策局『国際卓越研究大学制度要綱(運用内規付き)』ぎょうせい, 2003.
- ^ 山田修一『“卓越の配線”と国際共同観測』学術出版社, 2007.
- ^ Katherine L. Monroe『Audit Calendars in Cross-Border Research Governance』Journal of Higher Research Policy, Vol.12 No.3, pp.41-63, 2008.
- ^ 佐藤玲奈『メタデータ翻訳の行政評価:共同観測からの連続性』大学図書部会叢書, 第2巻第1号, pp.110-134, 2010.
- ^ The International Consortium of Research Quality『Reproducibility by Procedure: A Comparative Framework』Higher Education Review, Vol.9 No.1, pp.9-28, 2013.
- ^ 渡辺精一郎『審査書式が研究を変えるとき:61項目の社会史』東都大学出版部, 2014.
- ^ María José Ferreira『Network Retention Metrics for Research Talent Mobility』Research Management Quarterly, Vol.6 No.4, pp.77-96, 2015.
- ^ 小野田航『卓越の離職率:追跡可能性の設計』科学政策研究所紀要, 第18巻第2号, pp.201-235, 2018.
- ^ 加藤一馬『追跡ボタン運用の実務:大学のデータ開示と運用履歴』情報管理学会誌, Vol.25 No.7, pp.512-530, 2019.
- ^ Hiroshi Nakagawa『Editorial Institutions in Universities: From Papers to Dictionaries』International Journal of Academic Publishing, Vol.3 No.2, pp.33-52, 2021.
外部リンク
- 卓越大学推進課 公式ポータル
- 国際共同研究データ監査ネット
- 再現性監査ガイドライン倉庫
- 共同出願実務ハンドブック(研究編)
- 高等教育政策 掲示板アーカイブ