夏目アンアン
| 分類 | 生活技法、感覚調律、都市文化 |
|---|---|
| 成立 | 1897年頃とされる |
| 提唱者 | 夏目銀之助、相馬きぬ子ら |
| 発祥地 | 東京府神田区猿楽町周辺 |
| 主材料 | 夏蜜柑、白磁皿、薄荷油 |
| 主要文献 | 『アンアン式感覚調律小誌』 |
| 関連組織 | 帝都感覚研究会 |
| 現代的用法 | 比喩、展示演出、飲食批評 |
夏目アンアン(なつめあんあん)は、後期ので成立したとされる、季節の果実を用いて感覚を調律するための装置および実践体系である。のちに編集者や研究者のあいだで独自の流行を生み、現在では「嗜好の温度差を測る比喩」としても用いられる[1]。
概要[編集]
夏目アンアンは、末期にの下宿文化のなかで生まれたとされる、果実・香料・短い朗読を組み合わせて気分の偏りを整える手法である。名称は、創案者とされる夏目銀之助の姓と、当時の流行語「アンアン」(仏語由来の洒脱な感嘆詞と説明される)を接続したものとされる[2]。
当初は茶屋や寄席の待合で用いられたが、のちにの編集者層に受け入れられ、読書会や商店街の朝礼にまで広がった。特に初期の「二重の季節感」を扱う都市生活に適していたとされ、冬に夏蜜柑を置く、夏に氷水へ柚子皮を落とすなど、実践が逆説的であったことが人気を支えた。
もっとも、同時代の資料には記録の齟齬が多く、同一の装置が「感覚機」「香気盤」「夏目式安安器」と異なる名で呼ばれている。研究史上は、実用品というより、都市の気分を可視化するための半ば儀礼的な装置として理解されている。
成立の経緯[編集]
神田猿楽町の試作期[編集]
最初期の試作は、の古書店二階で行われたとされる。夏目銀之助は、日照不足で活気を失う来訪者に対し、の皮を半球状に剥き、白磁皿に載せてを1滴垂らす方法を考案したという。
このとき、香りを吸った者は必ず3分以内に短文を1つ読むことが求められたため、実質的には香気と朗読を強制する会合であったとされる。なお、当日の記録には「参加者17名中12名が理由なく唐突に詩語を使い始めた」とあり、後世の支持者はこれを初期の効能としている[3]。
帝都感覚研究会の制度化[編集]
には、の貸会場でが設立され、夏目アンアンは半ば学術用語として整えられた。研究会は、果実の糖度、皿の冷却時間、朗読の音節数を記録する標準票を作成し、1回の調律で用いる「安安率」を算出した。
安安率は、参加者が終了後に口数を減らしながらも機嫌よく歩く割合を示す独自指標であり、会報では「62.4%を超えると商談が成立しやすい」と報告されている。もっとも、この数値は測定者の主観をかなり含むため、後年は要出典とされることが多い。
大正期の流行[編集]
5年頃には、の文房具店やの山手の邸宅でも夏目アンアンが試され、赤い果物籠と緑の布を合わせる「色相反転法」が定着した。とくに流行したのは、来客が到着する前に窓辺へ夏蜜柑を二つ置き、片方だけに名刺を挟む「予告配置」である。
この方法は来客に「自分は歓迎されているが、まだ完全には把握されていない」という奇妙な安心感を与えるとして好評だった。ある商家では、これにより常連客の滞在時間が平均14分から23分に伸びたとされるが、同じ帳簿に犬の体重も記録されているため信頼性は低い。
実践と技法[編集]
夏目アンアンの基本構成は、果実、器物、朗読の三要素からなる。果実は必ずを用い、器物は白磁または錫、朗読は3行以内の散文が原則とされた。さらに、手順の最後に「アン」とだけ低く発声することで、調律の余韻を封じるとされた。
代表的な技法に「逆夏式」「双柑補正」「無音切替」がある。逆夏式は真夏に冷えた蜜柑を用い、双柑補正は2個の果実を左右に配置して感情の偏りを均す方法である。また、無音切替は朗読の直後に一切の会話を禁じるもので、初期の銀行の待合室で重宝されたという。
なお、技法書によれば、最適な配置角は西南西から17度前後とされる。これは「人が外部からの良い知らせを受け入れる角度」に相当するというが、根拠はの試算一例のみで、現代の研究者からはかなり怪しまれている。
社会的影響[編集]
夏目アンアンは、単なる風雅な遊びにとどまらず、都市の接客文化に微妙な影響を及ぼしたとされる。百貨店の休憩所では、夏蜜柑を置くことで長時間の滞在を避けるのではなく、逆に「落ち着いて買い物を続けてもらう」効果が期待され、売上の記録に「アンアン採用日」の注記が残る店舗もあった。
また、の一部では、気分のむらを抱える学生に対する半ば非公式な助言として、教員が「まず皿を冷やしなさい」と指導した例がある。これが実際に学力向上に寄与したかは不明であるが、少なくとも家庭内で果物の消費量が増えたことは一致している。
戦後には、編集者や広告制作の現場で「夏目アンアン的」という形容が生まれ、情報を詰め込みすぎず、しかし空白も怖がらない版面設計を指す言葉となった。なお、の業界座談会では、これを「紙面の夏蜜柑化」と呼んだ記録がある。
批判と論争[編集]
夏目アンアンには、成立当初から「効果の説明があまりにも美辞麗句に寄りすぎている」との批判があった。特にの心理学講義ノートでは、香りや朗読が人の感情に与える影響を否定しない一方で、安安率の算出方法について「計算式がほぼ詩である」と記されている[4]。
また、1930年代には、夏目銀之助の実在性そのものを疑う説が出た。署名の揺れが多く、「夏目銀助」「夏芽銀之輔」など7種類以上の表記が確認されているためである。支持者側はこれを「意図的な複数人格による実験」と説明したが、逆に話がややこしくなった。
第二次世界大戦後は、過剰に儀礼化された実践として敬遠される時期もあったが、近年はレトロな生活技法として再評価されている。ただし、のある喫茶店で復元実験を行った際、来店客が全員無言でメニューを読み続けたため、成功か失敗か判定不能であった。
現代における位置づけ[編集]
現代では、夏目アンアンは実用品というより「感覚を少しだけ誇張して整える」という態度の象徴として扱われる。インテリア展示、ブックカフェの演出、地方自治体の観光パンフレットなどで、夏蜜柑と白磁皿の意匠が引用されることがある。
にはのギャラリーで「再現・夏目アンアン展」が開かれ、来場者に果実の皮を受け取らせる方式が採用された。ところが、展示説明の最後に「実際には何も起きません」と小さく書かれていたため、かえって満足度が高かったと報告されている。
一方で、SNS上では「#アンアン式」のタグが、やる気が出ない日の朝食や、やたら整った机の写真に使われている。用法は拡散したものの、本来の朗読要素はほとんど失われており、現在の実践者はむしろ果物を置いてから深呼吸をするだけで済ませることが多い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 夏目銀之助『アンアン式感覚調律小誌』帝都感覚研究会出版部, 1905年.
- ^ 相馬きぬ子「果実配置と都市気分の相関」『感覚工芸雑誌』Vol. 3, No. 2, pp. 14-29, 1908.
- ^ 勝田正雄『帝都の香気文化史』東京文明社, 1931年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Citrus Rituals in Urban Japan", Journal of Comparative Sensory Studies, Vol. 12, No. 4, pp. 201-233, 1964.
- ^ 柳瀬春吉「安安率算出法の再検討」『東京民俗研究』第18巻第1号, pp. 55-68, 1972年.
- ^ Herbert K. Wexler, "On the Anan Method of Seasonal Regulation", East Asian Review of Social Practice, Vol. 7, No. 1, pp. 1-19, 1981.
- ^ 小野寺澄江『都市生活と白磁皿――夏目アンアンの受容』青鞜館, 1994年.
- ^ 吉良直樹「夏目アンアンと広告版面の空白」『メディアと装飾』第9巻第3号, pp. 88-101, 2007年.
- ^ 三輪田静香『アンアン式再現実験報告書』関東生活文化研究所, 2019年.
- ^ Edwin P. Hollis, "The Missing Founder Problem in Natsume Studies", The Kyoto Miscellany of Cultural History, Vol. 5, No. 2, pp. 73-90, 2022.
- ^ 『季節を置く――夏目アンアンとその周辺』東京都生活文化資料館紀要, 第11号, pp. 5-41, 2020年.
- ^ 片岡ゆり『果実の声、皿の沈黙』三省堂, 2012年.
外部リンク
- 帝都感覚研究会アーカイブ
- 東京生活文化資料館デジタルコレクション
- 夏目アンアン再現実験室
- 白磁と果実の会
- 都市気分学会