夛川隼
| 氏名 | 夛川 隼 |
|---|---|
| 画像 | Hayato_Tagawa_2019.jpg |
| 画像サイズ | 300px |
| 画像説明 | 2019年の夛川隼 |
| 愛称 | タガシュー |
| 生年月日 | 1994年7月18日 |
| 出身地 | 大阪府堺市 |
| 身長 | 181cm |
| 体重 | 76kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 11 |
| ポジション | センターフォワード |
| 所属チーム | 北摂ヴァルカーズ |
| 利き足 | 右 |
| medaltemplates | U-23アジア大会 金メダル(2018年) |
夛川 隼(たがわ はやと、〈6年〉 - )は、出身の()。右投左打。の所属。U-23で金メダル、を受賞したことで知られる[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
夛川は在学中、地域のミニサッカー大会で年間87得点を記録し、当時から「前線での待ち方が異様にうまい」と評された。中学時代はの陸上部と兼部しており、の自己ベストを更新する一方、放課後はで週6回の個別練習を続けていた。
入学後は1年生でトップチームに初出場を果たし、2年次には全国高校選手権大阪予選で8試合11得点を挙げた。なお、同年の体育祭で校内放送委員会により『前へ進み続ける男』と紹介されたことが、本人の通称定着のきっかけであるとされる[2]。
所属チーム別の経歴[編集]
2013年にの下部組織を経てトップ昇格し、プロ入り後すぐにリーグ戦12試合に出場した。翌には控え起用が続いたが、途中出場から3試合連続で決勝点に関与し、監督のが「練習での再現性が高すぎる」とコメントしたことが話題になった。
にへ移籍し、同年にリーグ戦で自己最多の19得点を記録した。さらに、へ復帰すると、キャプテンを務めたシーズンにクラブ史上初の2連覇を果たした。復帰会見では「一度出た芝の匂いは忘れない」と語ったとされるが、これは地元紙のみが報じており要出典とされる[3]。
代表経歴[編集]
夛川はにに選出され、同年ので4試合3得点を記録した。2018年にはの一員としてに出場し、決勝で1得点を挙げて金メダル獲得に貢献した。
ではにデビューを果たし、にはで7試合に出場した。なお、代表初招集時に着用したスパイクの左右でメーカーが異なっていたことが記録として残っており、本人は後年「右足は気分、左足は理屈」と述べた[4]。
選手としての特徴[編集]
夛川は、最前線でのポストプレーと背後への抜け出しを両立させる点で知られている。身長181cmと平均的である一方、接触後の二歩目が速く、の公式分析では「加速開始までの時間が0.18秒短い」と推定されている。
また、左足のシュート精度が高く、ペナルティーエリア外からの弾道がやや低いことから、古参記者の間では「湿ったドライブ」と呼ばれた。これにより、セットプレーのこぼれ球を拾っての得点が多く、にはリーグ戦で8得点中5得点がいわゆる“二次攻撃”から生まれている。
一方で、守備では前線からのプレスの開始位置が独特で、相手センターバックの利き足側ではなく、あえて逆足側に立つ癖がある。そのため、対戦相手の分析班からは「地味だが面倒な前進阻害」と記された[5]。
人物[編集]
夛川は試合中の感情表現が少ないことで知られるが、勝利後にだけ異様に細かい反省会を始める性格である。チームメートの証言によれば、の遠征バス内で自作の得点メモを見返し、1点ごとに天候・芝の硬さ・ボールの空気圧を記録していたという。
私生活では内の古い喫茶店を好み、必ずミルクコーヒーを注文する。店主によれば、から来店しているが、注文は一度も変わっていない。なお、本人はテレビ番組で「変えると調子も変わる気がする」と語っており、の一般向け講演で事例として紹介されたことがある。
また、少年時代に母親から譲られたノートを今も遠征に持ち歩いており、そこには得点数だけでなく「試合後に食べたうどんの温度」まで記されている。このノートはにクラブの企画展で複製公開され、来場者数は3日間で2,418人に達した。
記録[編集]
タイトル・表彰[編集]
夛川はをに受賞し、同年のにも選出された。さらにを1回、を2回獲得している。
代表ではで金メダルを獲得し、クラブではのリーグ優勝により年間最優秀選手賞を受賞した。なお、には通算150得点を記録し、クラブ最速到達者となった。
代表歴・個人記録[編集]
個人記録としては、シーズンにリーグ戦34試合23得点、アシスト9を記録したのが最高成績である。1試合最多得点はので記録した4得点で、前半だけで3得点を挙げたため、相手ベンチが予定していた交代カードを2枚早めに切ったという。
代表通算では時点で38試合14得点。なお、の親善試合では、キックオフ前の整列時に靴ひもが切れ、スタッフがテープで応急処置を行ったが、そのまま2得点を挙げたため「結び目より流れが大事」と報じられた[6]。
出演[編集]
夛川はスポーツ飲料のCMにから出演しており、最後に発する「走り切る前に、考え切る」という台詞が流行した。撮影はの人工芝スタジオで行われたが、本人は「本番よりリハーサルの方が速かった」と語っている。
テレビ番組ではのドキュメンタリー『前線の哲学』、系のスポーツバラエティ『スタジアム午後8時』などに登場した。なお、の年末特番では、解説者よりもボードの書き込みが多いとして放送時間の一部を奪い、SNS上で賛否が分かれた。
また、地方局の交通安全キャンペーンにおいて、反射材の着用を呼びかける役として起用され、自治体から感謝状を受けた。本人は「前へ出るのはピッチだけでいい」とコメントしたとされる。
著書[編集]
夛川の著書に、サッカー哲学をまとめた『ゴール前の静けさ』、ユース年代の記録をもとにした『二歩目の理由』がある。前者はのスポーツ新書レーベルから刊行され、初版3万部に増刷がかかった。
また、インタビュー集『右足は気分、左足は理屈』は、編集者が「本人の言葉がそのまま見出しになる稀有なタイプ」と評したことで知られる。なお、巻末には本人直筆の練習メモが収録されているが、シュート角度の計算式が一部だけではなくで書かれており、読者の一部を混乱させた。
背番号[編集]
夛川の背番号は、ユース時代が18、トップ昇格後は31、では9、復帰後は11である。本人は9番を「最も重い番号」と呼び、11番を「少し余白のある番号」と説明している。
なお、の優勝決定戦では、登録上の背番号は11であったが、準備段階で予備ユニフォームに8番が印字される手違いがあり、クラブ広報が慌てて修正した。これがきっかけで、サポーターの一部は彼を「8と11の中間」と呼ぶようになった。
脚注[編集]
注釈
[1] 主要業績はクラブ公式記録および大会記録を基にしたものである。 [2] 校内放送の発言は『大阪桐蔭高校新聞』第114号による。 [3] 復帰会見での発言は複数メディアで表現が異なる。 [4] スパイクの左右非対称については本人談とされる。 [5] 相手分析班のメモは非公開資料とされ、確認できない。 [6] 試合後コメントはスポーツ紙の速報版にのみ掲載された。
出典
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
北摂ヴァルカーズ公式プロフィール
Jリーグ選手名鑑
日本サッカー協会選手ページ
スポーツ庁アーカイブ人物録
夛川隼オフィシャルサイト
脚注
- ^ 佐伯和真『前線再設計論―夛川隼の得点構造―』体育情報社, 2024.
- ^ 中村玲子「夛川隼における二次攻撃の有効性」『現代サッカー研究』Vol.18, No.2, pp. 44-61, 2023.
- ^ Hayashi, T. “Spatial Delay and Forward Movement in Japanese League Football: A Tagawa Case Study.” Journal of East Asian Sports Science, Vol. 12, No. 4, pp. 201-219, 2022.
- ^ 北摂ヴァルカーズ編『クラブ20年史 夛川隼とその周辺』北摂スポーツ出版, 2025.
- ^ 高瀬美月『右足は気分、左足は理屈』集英社インターナショナル, 2024.
- ^ Mori, S. “A Study on Wet Drive Shots and Their Psychological Effect.” International Review of Football Metrics, Vol. 7, Issue 1, pp. 9-28, 2021.
- ^ 大阪府体育協会『2018年アジア大会 強化記録集』大阪府体育協会刊, 2019.
- ^ 藤堂一成「堺市出身選手の地域的アイデンティティについて」『関西スポーツ文化論集』第9巻第3号, pp. 73-89, 2022.
- ^ Anderson, P.『The Quiet Striker and the Loud Notebook』Kensington Press, 2023.
- ^ 田辺悠里「背番号11の意味論」『サッカーと記号』第5号, pp. 112-130, 2024.
外部リンク
- 北摂ヴァルカーズ公式サイト
- 日本サッカー協会
- Jリーグ選手名鑑
- スポーツ人物事典データベース
- 夛川隼オフィシャルファンクラブ