大でっかちゃん
| 名称 | 大でっかちゃん |
|---|---|
| 別名 | でっか大将、超巨型縁起人形 |
| 初出 | 1938年頃(昭和13年頃) |
| 発祥地 | 東京都台東区浅草周辺 |
| 分類 | 看板語・玩具・縁起物 |
| 主な用途 | 商売繁盛、子どもの遊戯、祭礼の出し物 |
| 特徴 | 通常の人形より著しく大きく、持ち上げる際に複数人を要する |
| 保護団体 | 全国大でっかちゃん保存会 |
大でっかちゃん(だいでっかちゃん)は、において児童向け遊具および民間の縁起物として知られる、極端に誇張された「大きさ」を象徴する総称である。もともとはの下町で用いられた商家の看板語が起源とされる[1]。
概要[編集]
大でっかちゃんは、期の都市民俗から派生した大型の表示物・玩具・授与品の総称である。とくにの露店文化において、商品を誇張して呼ぶための符丁として使われたことが、現在の形態の始まりとされる[2]。
名称は「大きい」を意味する「でっかい」と、親しみを示す接尾辞「ちゃん」が結合したものと考えられているが、初期資料には「大デッカ印」「だいでっか札」など表記の揺れが多い。なお、に入ってからは子ども向けの膨張式人形に転用され、の夏祭りで配布される景品として広く流通した[3]。
歴史[編集]
起源と初期の使用[編集]
最初期の記録は、の玩具問屋『三栄雑貨商会』が配布した手刷りの宣伝紙に見えるとされる。そこでは、通常の羽子板の三倍の大きさを持つ記念品を指して「大でっかちゃん」と記されており、顧客の記憶に残すための言葉遊びであったという[4]。
また、同時期の浅草六区では、演芸場の看板娘が「今年の目玉は大でっかちゃんでございます」と叫んだ逸話が残されているが、この発言はに地元紙が回顧記事として採録したもので、一次史料としての信頼性には疑問がある。もっとも、この曖昧さ自体が後年の神話化を促進したとする説が有力である。
高度成長期の普及[編集]
後半からにかけて、大でっかちゃんは観光土産として再解釈され、周辺やの売店で小型版が販売された。特にの前後には、外国人観光客向けに英語表記の「Big Dekkachan」が付された箱入り商品が流通し、ひとつの箱に本体・台座・説明書・お守り札が入る仕様であった[5]。
この時期、製造元の一つであった『関東伸張玩具工業協同組合』は、品質基準として「高さ18センチ以上、立位保持時間7分以上、落下後の復元率92%以上」を設定したとされる。ただし、復元率の測定方法は明文化されておらず、計測器が卓上扇風機で代用されたという証言もある。
祭礼化と地域振興[編集]
以降、大でっかちゃんは単なる商品名を超えて、地域祭礼の中心像として定着した。とりわけの一部商店街では、全長4.8メートルの張りぼてを櫓の上に据え、子どもたちが綱を引いて回転させる「大でっかちゃん奉納」が行われたとされる[6]。
にの地域番組『まちかど発見』で紹介されたことをきっかけに、各地で類似の催しが増えた。ただし、番組内で紹介された模型は実際には「大でっかちゃんJr.」であり、本家の半分以下のサイズであったことが後年判明している。にもかかわらず、「小さいのに大でっかちゃんを名乗る」逆説的な魅力が議論を呼んだ。
構造と意匠[編集]
大でっかちゃんの標準的意匠は、丸い頭部、誇張された手足、腹部の中央に配置された赤い丸印から成る。これは期の達磨と、期の宣伝人形を折衷したものと説明されることが多いが、実際にはの印刷業者が余剰インクを目立たせるために採用した配色が起点であったという[7]。
材質は紙、木、布、発泡樹脂と時代によって変化したが、最も珍重されるのは「空気を入れても入れても膨らまない」という失敗作由来の硬質版である。これは、ある職人が試作段階で空気孔を塞ぎ忘れた結果、外見だけが大きく内部がほぼ空洞になったもので、後に「軽くて運びやすい縁起物」として評価が逆転した。
社会的影響[編集]
大でっかちゃんは、商店街振興と児童文化の双方に影響を与えたとされる。とくにの地方百貨店では、売場の拡声器で「今週の大でっかちゃんは三割増し」と告知する販売手法が一般化し、後の等身大マスコット文化に先行した例として研究されている[8]。
一方で、その過剰な名称から「大きさのインフレ」を助長するとの批判もあり、にはが「表示が大きさを保証するものではない」とする注意喚起文を出した。もっとも、この文書は実際には誤認防止よりも、地域イベントの抽選券に印刷された大でっかちゃんの顔が怖いという苦情への対応だったとも言われる。
また、のある小学校では、図画工作の授業で大でっかちゃんを題材にしたところ、児童の作品が全般に肥大化しすぎて教室の机に収まらなくなり、以後「縮尺を学ぶ教材」として使われるようになった。教育現場にまで波及した点は見逃せない。
批判と論争[編集]
大でっかちゃんをめぐる最大の論争は、「本当に実在したのは物品か、言い回しか」という点である。の外郭研究会がに行った調査では、回答者の41%が「子どもの頃に見た」と答えた一方、27%は「祖父母が話していた」と答え、残りは「店の冷蔵庫の上にあった気がする」と証言した[9]。
この結果を受けて、一部の民俗学者は大でっかちゃんを「実体のない共同記憶の器」と位置づけたが、保存会側はこれに反発し、の倉庫から「初代胴体」とされる木箱を公開した。しかし、箱の中身は発泡スチロール片と古い領収書3枚のみであり、逆に論争を深めた。
なお、には海外のアートフェアで大型インスタレーションとして再現され、来場者の半数が「日本の古い宗教儀礼」と誤解したことから、文化翻訳の難しさを象徴する事例として紹介されている。
現代の展開[編集]
以降、大でっかちゃんはSNS文化と結びつき、「#でっかいほど良い」という短文タグとともに再流行した。特に内の雑貨店が販売した卓上サイズの「ポケット大でっかちゃん」は、実寸12センチながら梱包箱がA4判より大きく、商品の取り違えを誘発したことで話題となった[10]。
にはの港湾倉庫で開催された展示「巨大化する民具」において、幅2.3メートルの復元版が公開された。展示解説では「見る者の身長感覚を1.4倍に拡張する」と説明されたが、実際には床の反射が強すぎて来場者が皆やや小さく見えたという。
現在では、商標・玩具・祭礼・地域振興の四領域を横断する珍しい事例として扱われており、は毎年を「でっかの日」と定め、全国12会場で点検式を行っている。点検では、実物の大きさよりも「気配の大きさ」が重視されるのが特徴である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤良介『昭和玩具と誇張表現の民俗史』風雅書房, 2008, pp. 41-63.
- ^ 中村ミツル「浅草六区における広告語の変遷」『民俗と都市』Vol. 12, No. 3, 1997, pp. 18-29.
- ^ Margaret A. Thornton, "Inflated Icons in Postwar Japanese Street Culture," Journal of East Asian Popular Traditions, Vol. 8, No. 2, 2011, pp. 102-119.
- ^ 田所昭二『祭礼の張りぼてとその周辺』岩波民俗選書, 1989, pp. 77-95.
- ^ Yoshida Kenji, "The Semiotics of Big-ness in Toy Merchandising," Pacific Cultural Review, Vol. 5, No. 4, 2003, pp. 211-230.
- ^ 山岸由佳『商店街の音声広告史』日本経済民報社, 2015, pp. 144-149.
- ^ 国立国語研究所外郭研究会『語感と拡大語彙に関する調査報告書』第4巻第1号, 1991, pp. 9-21.
- ^ 高橋信一「大でっかちゃんJr.の映像史」『放送文化資料』第21巻第2号, 1980, pp. 33-47.
- ^ Elizabeth M. Hargrove, "Portable Giants: Souvenir Inflation and the Tourist Gaze," Urban Folklore Studies, Vol. 14, No. 1, 2018, pp. 55-74.
- ^ 『でっかいのに小さい:大でっかちゃん実測記録』東京都民芸研究センター年報, 2022, pp. 5-14.
外部リンク
- 全国大でっかちゃん保存会
- 浅草民具アーカイブ
- でっか語辞典オンライン
- 商店街文化研究フォーラム
- 巨大民俗資料室