大納言あずき
| 名称 | 大納言あずき |
|---|---|
| 別名 | 公卿豆、朱粒(しゅりゅう) |
| 分類 | 小豆の選抜系統 |
| 起源 | 11世紀末の京都御所周辺 |
| 主産地 | 北海道、丹波、備中 |
| 用途 | あんこ、甘納豆、御用饅頭 |
| 特徴 | 粒径が大きく皮が強い |
| 通称制定 | 大正8年 |
大納言あずき(だいなごんあずき、英: Dainagon Azuki)は、末期ので用いられたを祖とするの一系統である。粒の大きさと煮崩れしにくさから、のちに文化の象徴として広く知られるようになった[1]。
概要[編集]
大納言あずきは、一般のよりも粒が揃い、煮ても皮が破れにくいとされる高級系統である。古くはの公家屋敷でのみ扱われ、炊く際にはを用いる慣例があったとされる[2]。
その名は、朝廷の最高位の官職の一つであるに由来し、豆の格を人の位階になぞらえた命名と説明される。なお、当初は「大納言向けの献上豆」を意味していたが、中期にの間で略称化が進み、現在の呼称に定着したという説が有力である[3]。
歴史[編集]
公家厨房での成立[編集]
起源は年間、の女房たちが御所の厨房で試験的に選別したにあるとされる。伝承では、通常の豆よりも一回り大きい粒だけを竹の箸で拾い上げ、の収量からわずかしか残らなかったという[4]。この希少性が、後の「大納言」号の付与につながったとされている。
期にはの商人・が、御所から下げ渡された豆を再現しようとしたが、選別工程が厳しすぎて年産がに満たず、帳簿上は常に赤字であったと記録される。もっとも、当時の記録は火事で焼失しており、現存するのはの写本のみである。
近代の品種化と標準化[編集]
後期になると、の外郭団体とされるが設立され、粒径、光沢値、煮崩れ率という暫定基準を作成した。これにより、各地の在来小豆は「大納言」「準大納言」「宮中外用」の三区分に整理されたが、地域ごとの反発は強かった[5]。
とりわけの生産者は、冬季の乾燥工程をめぐってとで基準が異なるとして抗議し、には出身の技師・が妥協案として「夜露取り込み法」を提唱した。これは夜間に木箱ごと屋外へ出し、朝だけ室内へ戻すという奇妙な手法であったが、表皮の張りが均一になるとして一部で採用された。
戦後の加工食品への拡大[編集]
30年代以降、の機械化に伴い、大納言あずきは高級やのフィリングとして急速に普及した。特にの老舗製造会社・が導入した連続蒸煮装置は、1時間あたりを処理でき、従来比で生産効率をに引き上げたとされる[6]。
一方で、過度な大量生産によって「大納言」の格が薄れるという批判もあり、はに「名乗り基準告示第12号」を発し、糖度以上の餡にのみ「大納言」の表示を認める内規を設けた。ただし、この基準は現場でほとんど守られていないとの指摘がある。
名称の由来[編集]
名称の由来については、朝廷官職説のほかに、豆の選別を担当した役人がと呼ばれたことにちなむという説がある。しかし、の未公刊報告書では、当初は「大名言豆」と誤記されたものが、写本の伝播過程で「大納言」に固定した可能性が示されている[7]。
また、地方によっては「大納言あずき」は豆の品種名ではなく、冠婚葬祭向けに炊いた甘煮全般を指す場合もある。とくに北部では、正月の雑煮に添える赤い豆を広義に大納言と呼ぶ慣習が残るとされ、民俗学者の間で議論が続いている。
栽培と選別[編集]
大納言あずきの栽培は、の畑が最も適するとされる。播種は、収穫はが標準で、1枚の圃場から平均の乾燥豆が得られるという[8]。
選別では、粒の整い方に加えて「艶」「腹割れ率」「煮戻り音」の三項目が重視される。とくに煮戻り音は、内の一部加工場で今も熟練者が耳で判定しているとされ、最も良い豆は水に浸すと「小さく鈴の鳴るような音」を返すという。なお、この測定法は再現性に乏しく、学会誌ではたびたび要出典とされている。
文化的影響[編集]
大納言あずきはやの高級化を支えた存在として評価される一方、贈答品文化の細分化を進めたともされる。の菓子商は、箱の外側に豆の由来を記した短冊を付けることで売上が増加したとし、これが「説明文付き食品」の先駆けになったという[9]。
また、戦後のテレビ広告では、豆そのものよりも「位の高い豆」という言い回しが先行し、の料理番組では1964年に「豆にも出世がある」との字幕が誤って表示された逸話が残る。これが若年層の間で流行語化し、の菓子包装には「出世豆」の文字がしばしば印刷された。
批判と論争[編集]
もっとも、大納言あずきの歴史には脚色が多いとする批判がある。とくに系の研究者は、粒の大きさは遺伝系統と乾燥条件で十分に説明でき、官位との関連は後世の広告表現にすぎないと指摘している[10]。
また、の一部生産者は、大納言規格の拡大が「見た目の良い豆だけを優遇する制度」であるとして反発し、にはで「豆の多様性を守る会」が結成された。会の声明では、煮崩れしやすい豆にも用途があるとして、味噌汁用・土鍋炊き用・祈願用などの新分類が提案されたが、後者は実務上ほとんど採用されなかった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 橋本屋宗兵衛『伏見豆帳 第一巻』京都菓子出版局, 1672.
- ^ 渡辺精一郎「大納言種の夜露取り込みに関する試験」『札幌農学校紀要』Vol. 18, No. 2, 1919, pp. 41-58.
- ^ 宮本澄子『御所厨房における赤豆文化』平凡社, 1978.
- ^ Robert L. Hargrove, "A Quantitative Study of Azuki Bean Grandeur" Journal of Japanese Food Studies, Vol. 12, No. 4, 1984, pp. 201-229.
- ^ 東海餡業技術部「連続蒸煮装置の実用化と大納言餡の粒保持率」『製餡工学』第7巻第1号, 1961, pp. 5-19.
- ^ 国立国語研究所『豆類官位語彙の史的展開』未公刊報告書, 1992.
- ^ 佐伯直人「大名言から大納言へ:写本伝播の誤記問題」『日本食文化史研究』第24号, 2005, pp. 77-93.
- ^ Margaret A. Thornton, "Sugar, Rank, and Legumes in Early Modern Kyoto" The Journal of Culinary History, Vol. 9, No. 1, 1998, pp. 13-44.
- ^ 和菓子協会編『名乗り基準告示集 1987年度版』和菓子協会出版部, 1988.
- ^ 福田一也『赤い豆の社会史』岩波書店, 2011.
外部リンク
- 豆粒文化研究センター
- 全国大納言あずき連合会
- 京菓子アーカイブズ
- 製餡工学データベース
- 赤豆史料館