大阪府ASMR殺人事件
| 名称 | 大阪府ASMR殺人事件 |
|---|---|
| 正式名称 | 大阪府ASMR連続殺人事件 |
| 日付(発生日時) | 2022年11月18日 21時13分頃(JST) |
| 時間帯 | 夜間(繁華街の閉店後) |
| 場所(発生場所) | 大阪府大阪市(北区)地内 |
| 緯度度/経度度 | 34.7021, 135.5018 |
| 概要 | ASMR音声の再生を合図に、複数地点で同様の手口による殺害が行われたとされる事件である。 |
| 標的(被害対象) | 一見無関係な若年層配信者・収録協力者 |
| 手段/武器(犯行手段) | 低周波の音響刺激装置と即席の紐状拘束具 |
| 犯人 | 音声編集技術者とされる男(のちに逮捕) |
| 容疑(罪名) | 殺人および銃砲・刃物等の不正使用に関する規制違反(と一部で認定) |
| 動機 | 「聞いた者だけが“参加”したことになる」という歪んだ思想によるとされる |
| 死亡/損害(被害状況) | 死亡3名、重傷2名。事件関連の配信停止・風評被害が多数報告された。 |
(おおさかふエーエスエムアールさつじんじけん)は、(4年)11月18日にで発生したである[1]。警察庁による正式名称はとされ、通称では「ASMR音声誘導殺人」と呼ばれる[2]。
概要/事件概要[編集]
は、(4年)11月18日夜、北区の路地裏で、イヤホン越しに流れていたとされるASMR音声が引き金となって発生した殺人事件である[1]。
事件では、被害者らが同一の配信URLにアクセスした直後、いずれも「耳元で息を吸う音」に似た低音域の刺激を受けたとされ、その直後に転倒・拘束・窒息が起きたと説明された[3]。一方で、第一報は「単なる配信者同士のトラブル」とも報道され、のちに警察がとして捜査を拡大したという経緯がある[2]。
警察庁による正式名称はで、通称では「ASMR音声誘導殺人」と呼ばれる。犯行と音声の対応が秒単位で一致していたため、ASMR文化の是非まで巻き込んだ議論へ発展したとされる[2]。
背景/経緯[編集]
ASMR文化の「編集倫理」が崩れた日[編集]
事件の背景として、音声編集界隈で流行していた「ささやき編集」と呼ばれる手法が挙げられた。これは、録音した環境音を“聞き手の頭の中で再生される”ように整える技術であり、の派生領域として2010年代後半に普及したとされる[4]。
ただし当該手法は、編集のために一部帯域(おおむね20〜45Hz相当)を強調することがあり、当時から「健康被害の可能性」について注意喚起が出ていたとも報告された[5]。この警告を無視した編集者グループが、より強い刺激を“参加条件”として組み込んだと推定され、結果として事件の思想へつながったとみられる[6]。
捜査記録によれば、犯人は「音を再生した者は、心拍の同期で“鍵”を渡したのと同じ」という独自の比喩を繰り返し、さらに「同時刻に同じ波形を聴けば、位置も特定できる」との考えに至ったとされる[7]。
合図URLと“現場の秒”の一致[編集]
警察は、被害者5名が事件前日の深夜から同一のURL(匿名サービス経由)を開いていた点を重視した。だが当該URL自体は一般公開のASMR動画ページであり、表向きは「耳かきASMR」「雨音ASMR」といった通常カテゴリに見える作りだったとされる[3]。
ところが、再生ログを突き合わせると、11月18日21時12分52秒から21時13分06秒までの14秒間に、全員の端末で「音量制限解除」の表示が出ていたとされる。ここから、犯人は“制限解除タイミング”を同期合図に用いたのではないかと考えられた[1]。
なお、もっとも不可解な点として、被害現場はいずれも直線距離で0.8km以内に収まっていた一方、現場周辺の防犯カメラが当日だけ平均で3.6秒遅延していたと報告された[8]。この遅延の原因は「機器の個体差」とする見方もあったが、捜査では“偶然にしては精密すぎる”として再確認が進められた。
捜査[編集]
捜査開始:通報の文言が決め手だった[編集]
事件当日21時16分、(当時の呼称)へ「助けて、耳が落ちる」との通報があったとされる[9]。通報者は、路地裏で倒れていた人物を見たと主張し、さらに「イヤホンから“吸う音”が続いていた」と供述したという[2]。
は、通報文言の異様さから現場周辺を優先捜査し、半径150mの範囲で同時刻に落ちたと考えられるイヤホンの片方を3点、合計で6.2gの質量差で回収した。捜査員の記録では「左右がそろわないのに、材質のロットが一致する」ことが強く印象に残ったとされる[10]。
この回収が端緒となり、警察は音声データの復元を可能な範囲で試みるとともに、配信ログと現場の時刻を照合する体制を敷いた。のちに、被害者の端末に残っていた再生プレイリストの並び順が、犯行現場の“方角推定”と一致したとされる[6]。
遺留品:波形の“余白”が残されていた[編集]
遺留品として最初に注目されたのは、現場近くの排水口から回収された小型の音響刺激装置(試作機)だった。機器は市販品に見えたが、内部に波形メモリが改造されており、記録領域がちょうど256KBで区切られていたとされた[7]。
鑑定では、再生した際の波形がASMR音声のノイズ層と混ざっていることが確認された。とりわけ「無音に見える1.7秒」の区間に、低周波の補助波が潜んでいた点が問題視された[5]。この区間は、一般視聴者からは検出困難であったため、「編集者がわざと“聞こえない仕掛け”を残した」と推定された[4]。
さらに同装置には、黒い布の留め具がついており、そこから切断された繊維が検出された。繊維は“浴室用の吸水タオル”に類似していたが、販売ロット番号が通常流通より遅れていたとされる[10]。この点から、犯人が自宅で保管・加工した可能性があるとして、音声編集技術者の割り出しが進んだ。
被害者[編集]
被害者は5名が報道ベースで確認され、うち3名が死亡し2名が重傷を負った。報道では「配信者」「収録協力者」「音声モニター」など肩書が揺れ、警察も当初は関係性の有無を慎重に判断したとされる[2]。
死亡したは、内の小規模スタジオでASMR収録を請け負っていたとされ、事故直前まで「耳かきASMRを夜用に調整する」といったメモを残していたと報じられた[11]。重傷のは通報者でもあり、「音が止まる瞬間に、身体が固定される感じがした」と供述したとされる[9]。
また、事件に巻き込まれたについては職業が明確でないまま、端末の再生履歴だけが注目された。履歴では再生回数がちょうど「48回」で一致しており、捜査員は「視聴の偶然にしては整いすぎる」と記録したとされる[6]。このように、被害者の共通点は“音そのもの”ではなく“再生のタイミングと状況”だったと説明された。
刑事裁判(初公判/第一審/最終弁論)[編集]
初公判:供述は「文化への復讐」へ変質した[編集]
初公判は(5年)3月9日に開かれ、被告人は「犯人は」「逮捕された」と報道されるほど身元が限定されず、音声編集会社の下請けをしていたとされる男であった[12]。検察は、被告人が音声刺激装置を自作し、配信URLのタイミングを利用して現場へ誘導したと主張した[1]。
一方で被告人は、犯行動機について「ASMRは“聞く”技術ではなく“参加する”儀式である」と述べ、さらに「参加に責任が伴う」という趣旨の供述を繰り返したとされる。弁護側は、供述の一貫性は認めつつも、被害者が同時に反応した点の科学的因果が未確定であると主張した[5]。
ただし裁判所は、再生ログと現場時刻の一致、遺留装置の波形構造、さらに拘束具の繊維一致を重視した。これにより、被告人の供述は“文化への比喩”としてではなく、犯行計画の説明として扱われたという[6]。
第一審と最終弁論:死刑求刑と“狂気の整合性”[編集]
第一審では検察が「被害者数」「態様の反復性」「証拠の計画性」を理由に、死刑を求刑したと報じられた[13]。被告人側は「誤作動の可能性」を主張し、装置が制御不能になったという趣旨の供述を展開したが、鑑定結果では制御が安定していたとされ、裁判所はこれを採用しなかった[7]。
最終弁論では、弁護人が「判決が下るべきは音響編集の未来か、それとも人の恐怖か」といった比喩を用いた。これに対し検察は、「恐怖は犯行の手段として設計されていた」と反論し、動機が“音声体験の支配欲”にあった点を強調した[12]。
なお、第一審判決の直前に、装置のメモリが“ほかの波形データに切り替わるはず”だった疑いが出たとされる。しかし裁判所は、切替の痕跡が残っていないことから、計画が一回で終結したと判断したという。この判断が報道上、「狂気が整合してしまった」として話題になった[8]。
影響/事件後[編集]
事件後、大阪市周辺でASMR配信の安全ガイドラインが急速に整備された。特にイヤホンで聴取される低周波帯を扱う場合の注意書きや、音声波形の公開範囲が見直される動きがあったとされる[4]。
また、被害者の家族や関係者が、通報から検挙までの時間差について不信を表明したことも報じられた。警察は「適切な捜査」「迅速な捜査」を繰り返し説明したが、当日防犯カメラの遅延が平均で3.6秒あった点については、説明が二転三転し、記者会見が2回追加されたという[8]。
さらに、音声編集者の間では「無音区間に仕込む編集」は倫理に反するとして、波形の監査ツールを共同開発する動きが生まれた。結果として、業界団体が自主的に“余白監査”を提案したが、逆に監査のためのデータ共有が新たなプライバシー問題を呼び込むこととなり、賛否が拡大した[14]。
評価[編集]
学術面では、音声刺激が身体に影響した可能性について検討が進んだとされる。もっとも、裁判資料の中核は「物理的因果」より「行動誘導の設計」に置かれていたと指摘されている[6]。
一方で批判的な論者は、「ASMRそのものが悪いという誤解を招いた」と述べた。彼らは、事件を“ジャンルの問題”に回収することは本質を見落とすと主張し、また被告人の思想が個人の病理と結びついている可能性を強調した[15]。
ただし、判決後の世論は割れた。判決が公判における説明責任を果たしたとする声がある一方で、供述の一部が比喩に留まったため「動機の科学化」が進まないまま社会が暴走したのではないか、という反省も出たとされる[12]。このため、以後のメディア報道では“ASMR=危険”と短絡する表現が減少していった。
関連事件/類似事件[編集]
類似事件としては、音声や合図のタイミングを用いた犯罪が複数報告されている。ただし大阪府ASMR殺人事件は、ASMRという文化領域の用語が初めから捜査・報道に入り込んだ点で異例とされる[1]。
例えば、のアプリ通知を利用した強盗事件(通称「通知同期強盗」)では、時刻一致が鍵とされたが、殺人まで至らなかったとされる。さらにで発覚した「風鈴音誘導事件」では、住宅地の共鳴を利用したという主張があったものの、裁判では立証に至らなかったと報じられた[16]。
また、当時の未解決事件として、北関東で起きた「ホワイトノイズ失踪事件」が挙げられることがある。こちらは目撃情報が曖昧で、時効も近づいたとされるが、犯行手口が音響刺激装置に近いとする推測が残っている[17]。
関連作品(書籍/映画/テレビ番組)[編集]
事件を題材にした作品としては、ノンフィクション風の『余白監査—ASMR殺人事件の波形—』(著:、架空の、2024年)が最も早く刊行されたとされる[18]。内容は鑑定の技術描写に比重があり、「無音1.7秒」が象徴的に扱われた。
また、テレビドラマ『夜の息遣い、証拠の波形』(全10話、系)が制作され、被告人の供述を“文化の翻訳”として脚色したとされる[19]。一方で、批判として「ASMR視聴者への萎縮効果が強い」とする意見も出た。
映画『低周波の誓い』(2025年公開)では、犯人役に音響エンジニアを起用し、犯行手段を“科学”として見せすぎたため賛否が分かれたと報じられた。脚本家は「笑えるように書けなかった」と述べたというが、観客の間では“妙に細かい数字が多い”ことが逆にコメディ的に受け取られたとされる[20]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 大阪府警察本部刑事部『大阪府ASMR連続殺人事件 捜査報告書(暫定)』第1版, 大阪府警察本部, 2022年。
- ^ 警察庁犯罪分析官『音声合図を用いた重大事案の類型化』警察研究資料, 第48巻第3号, 2023年, pp. 12-39。
- ^ 中村玲音『ASMR配信と再生ログ解析—21時13分の一致—』『刑事工学ジャーナル』Vol.9 No.2, 2024年, pp. 77-101。
- ^ Margaret A. Thornton『Low-Frequency Cues in Consumer Audio: A Reinterpretation』Journal of Psychoacoustic Forensics, Vol.14 No.1, 2021, pp. 3-28。
- ^ 佐藤昌平『“無音区間”が生む誤認識—余白編集のリスク評価—』『音声工学会誌』第33巻第1号, 2023年, pp. 45-62。
- ^ 李成俊『犯罪計画における同期行動の設計論』『計算犯罪学研究』第6巻第4号, 2022年, pp. 201-219。
- ^ 渡辺精一郎『鑑定波形の読み方—256KBの手がかり—』光晶出版社, 2024年。
- ^ Katsumi Tanaka『Camera Latency and Event Reconstruction in Urban Areas』International Review of Forensic Surveillance, Vol.2 Issue 7, 2020, pp. 88-110。
- ^ 大阪市立大学犯罪社会学研究会『メディアが作る“文化犯”の輪郭』『都市社会研究』第19巻第2号, 2023年, pp. 13-36。
- ^ Jean-Pierre Delacroix『Judicial Rhetoric in High-Profile Sonic Crimes』Revue de Droit Criminalistique, Vol.27 No.3, 2024, pp. 501-529。
- ^ (タイトルが微妙におかしい)『ASMRはなぜ禁じられたか—法医学的断罪—』第三音響法学館, 2023年。
外部リンク
- 大阪府ASMR安全ガイドライン検討会
- 音声鑑定波形データベース(試験公開)
- 警察研究資料アーカイブ
- 都市監視遅延に関する公開講座
- 余白監査ツール普及プロジェクト