守乃 まも
| 氏名 | 守乃 まも |
|---|---|
| ふりがな | もりの まも |
| 生年月日 | 1931年4月12日 |
| 出生地 | 東京都深川区木場町 |
| 没年月日 | 1994年11月3日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 都市民俗学者、随筆家、保全活動家 |
| 活動期間 | 1954年 - 1992年 |
| 主な業績 | 見守り文学の確立、路地保全理論の提唱、三層記憶法の体系化 |
| 受賞歴 | 日本都市文化賞、文藝院特別功労章 |
守乃 まも(もりの まも、 - )は、の都市民俗学者、保全思想家、ならびに「見守り文学」運動の提唱者である。戦後日本における共同体保全の語り口を再編した人物として広く知られる[1]。
概要[編集]
守乃まもは、中期から初期にかけて活動した出身の人物である。主にの領域で知られ、下町の路地、長屋、銭湯、空地を「記憶の保管容器」として捉えた独自理論を提唱した。
また、守乃は各地の自治会、商店街、大学研究室を横断して実地調査を行い、のちに「見守り文学」と呼ばれる随筆形式を確立したとされる。彼女の著作は行政文書のような精密さと、私小説のような湿度を併せ持つことで評価された一方、記録の細部に不自然な一致が多いとして、後年になってからは一部の研究者が注釈を付すようになった[2]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
守乃まもは、下の深川区木場町に生まれた。父の守乃庄二は木材問屋、母のよねは近隣の銭湯で帳場を手伝っていたとされる。幼少期のまもは、家業の帳面に残る木材の搬入記録を好み、数字の端数に妙な執着を示したという。
の空襲で一家は一時疎開し、の農家に身を寄せた。この時期に「町が消える音を聞いた」と日記に記したとされ、のちの保全思想の原点になったと説明されている。ただし、この日記の原本は戦後の目録に存在せず、写しのみが複数残るため、真偽は研究者の間で意見が分かれる[3]。
青年期[編集]
、まもはに進学し、地理部に所属した。ここでという架空の教員に師事し、都市の「空白地帯」を測量する独自の調査法を学んだとされる。彼女は放課後にやの路地を歩き、看板の文字、雨樋の位置、石段の摩耗を記録したという。
には第二文学部に入学し、民俗学の講義と並行しての演習にも出席した。卒論は「戦後復興期における玄関灯の配置と近隣相互監視」で、担当教員のが「異様に実用的である」と評したと伝えられる。なお、この時点ですでにまもは、町内会の回覧板を「非公式の口述史料」として扱う発想を持っていた。
活動期[編集]
、まもは地方新聞の記者を経て、独立した調査執筆者として活動を開始した。に発表した『路地は誰が守るか』は、文化欄で紹介され、以後、都市の細部を記録する文体が注目されるようになった。彼女は内の商店街だけでなく、などでも聞き書きを行い、年間平均で146件の聞き取りを実施したとされる。
にはを設立し、会員数は初年度で23名、には412名に達したという。研究会では「見守り地図」と呼ばれる色分け地図が作成され、空き地、井戸、植木鉢、路上の犬小屋までが分類対象となった。この方式はの都市景観検討会に引用されたともいわれるが、公式議事録には記載がなく、口頭伝承に近い。
晩年と死去[編集]
に入ると、まもはの海辺の住宅へ移り、執筆と講演に専念した。には代表作『見守りの作法』を刊行し、累計発行部数は推定18万部とされる。晩年は眼疾に悩まされたが、なおも月に2回は内で現地観察を続けた。
、心不全のためで死去した。葬儀には研究者、自治会関係者、銭湯組合員など約340人が参列したと伝えられる。遺稿の一部は没後に『空地の倫理』としてまとめられ、これが最後の著作となった[4]。
人物[編集]
守乃まもは、几帳面で寡黙な人物として語られることが多い。関係者の証言によれば、初対面の相手にもまず周囲の建物配置を尋ね、会話の最後にようやく自己紹介をしたという。
逸話として有名なのは、の調査旅行での旧街道を歩いた際、一本の電柱の傾きから地盤沈下の履歴を言い当てたというものである。この話は講演でしばしば引用されたが、後年の復元調査では、実際には近所の子どもが棒を立てた跡だったとの指摘もある。
また、守乃は「町は人に見られることで老いる」と述べたとされるが、別の手帳には「町は見守られることでだけ少し若返る」とも書かれており、本人の中でも定義が固定していなかった可能性がある。こうした揺れは、彼女の文章の魅力でもあり、要出典とされることもある。
業績・作品[編集]
主著[編集]
代表作とされる『路地は誰が守るか』()は、戦後都市における私的空間と共有空間の境界を論じた書物である。題名に反して保全の責任者は最後まで明示されず、読者の多くが「守るとは誰の行為か」という問題に巻き込まれた。
『見守りの作法』()では、下町の商店主、巡回警備員、町内会長、郵便配達員を同一の観察体系に並べ、社会の秩序は監視ではなく「ゆるい確認」によって維持されると主張した。第4章の「植木鉢の反乱」は、路地の景観が住民の連帯を再編するという、やや奇抜な議論で知られる。
理論[編集]
守乃の理論の中心は「三層記憶法」である。これは、町の記憶を「土地の記憶」「他人の記憶」「自分の記憶」に分け、三つが重なった場所を重点的に保全すべきだとする考え方であった。彼女はこれをの講演「都市は三度覚えられる」で初めて公開したとされる。
さらに、まもは「空地は未完成ではなく、保留された完成である」と述べ、当時の再開発計画に対して緩やかな反論を行った。この一文は多くの論者に引用されたが、実際には原稿の余白に書かれたメモを編集部が本文化した可能性がある。
映像・講演活動[編集]
にはの教養番組『町を聴く』に出演し、視聴者からの手紙が2週間で8,400通届いたとされる。また、で行われた公開講演では、聴衆に「各自の通学路を五分だけ黙って思い出す」時間を与え、会場の空気が異様に静かになったという。
彼女の講演録は、しばしば行政文書と詩の中間のような文体で整理され、地方自治体の研修資料に転用された。とくにの『都市保全のための五箇条』は、後に商店街振興組合の内部資料として簡略化され、原典の半分以上が削除されたまま流通した。
後世の評価[編集]
守乃まもの評価は、後半から再検討が進んだ。都市史研究では、彼女の活動が期の均質な再開発に対する「記憶の抵抗」とみなされる一方、観察対象を過度に詩化したとの批判もある。
一部の批評家は、まもの著作が「現場を守る」のではなく「守るふりをして記録する」ことに重心を置いていたと指摘している。しかし、にの若手研究者らが行った再読では、彼女の文章が防災、景観、福祉を横断する先駆的な視点を持っていたとして再評価された。
なお、にで開催された没後記念展では、本人が愛用したとされる鉛筆3本と、いつ使うのか最後まで不明だった折り畳みメジャー1本が展示された。来場者は延べ1万2,600人に達し、展示室の出口には「町は今日も見られている」と書かれたパネルが置かれた。
系譜・家族[編集]
守乃家は以来、周辺で材木業に従事していた家系とされる。父・庄二、母・よねのほか、兄に守乃正彦、妹に守乃鈴子がいたという。正彦はのちにへ移住し、林業に携わったと伝えられる。
まも自身は生涯独身であったとされるが、晩年の日記には「この町に親族が多すぎる」との一文があり、血縁よりも地縁を家族として扱っていた可能性がある。弟子筋には、、らがいる。
また、研究会の会員たちは守乃を半ば象徴的な「祖」として扱い、講演会では毎回、最前列の席を空ける慣習があった。これは本人の指定によるものだとされるが、実際には「前に座ると質問されるから」と後年の事務局が証言している。
脚注[編集]
[1] 守乃まもの生没年と職能は、後年の回想録を基に再構成されたものである。 [2] 『見守り文学』の成立時期については異説があり、初頭とする説もある。 [3] 日記原本の所在については、の非公開資料に言及する研究がある。 [4] 遺稿集の編集過程には複数の版があり、章題の一部に編集者の介入が認められる。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 守山浩一『見守り文学の成立と変容』都市文化出版社, 2009年.
- ^ 田所久美子「路地と記憶の相互監視」『民俗学評論』Vol. 48, No. 3, pp. 112-137, 1998年.
- ^ Y. Kaneko, "Urban Vigilance and the Morino School," Journal of Japanese Cultural Studies, Vol. 21, No. 2, pp. 44-69, 2011.
- ^ 中西由紀『空地の倫理と戦後下町』景観研究叢書, 2014年.
- ^ A. Thornton, "Three-Layer Memory in Postwar Tokyo," The Review of Civic Anthropology, Vol. 9, No. 1, pp. 5-28, 2006.
- ^ 小林千秋「守乃まも年譜再考」『日本都市史研究』第12巻第1号, pp. 77-95, 2016年.
- ^ 遠藤一真『町は見られることで保存される』新潮社, 1995年.
- ^ M. S. Bell, "The Ethics of Vacant Lots," Urban Memory Quarterly, Vol. 7, No. 4, pp. 201-219, 2018.
- ^ 黒田さやか「講演録『都市は三度覚えられる』について」『記録文化』第6巻第2号, pp. 33-41, 2004年.
- ^ 高橋真理『見守りの作法入門』河出書房新社, 2020年.
外部リンク
- 日本都市記録研究会アーカイブ
- 深川記憶博物館 デジタル展示
- 見守り文学研究センター
- 下町保全資料室
- 守乃まも年譜データベース