完全男女対決相撲 (男女相撲)
| 読み | かんぜんだんじたいけつずもう(だんじずもう) |
|---|---|
| 発生国 | 日本 |
| 発生年 | 1957年 |
| 創始者 | 勝又八郎(かつまた はちろう) |
| 競技形式 | 男女の1対1対決、同一土俵での完全対決 |
| 主要技術 | 体勢制御・押し返し・回り込みを“技カード”で体系化 |
| オリンピック | オリンピック正式競技(構想段階) |
完全男女対決相撲 (男女相撲)(よみ、英: Perfect Mixed-Gender Sumo Duel (Men-Women Sumo))は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。
概要[編集]
は、男女が同一のリング状の土俵上で1対1に対峙することを基本とするスポーツ競技である。対戦相手の性別ではなく「規定体勢(ゼロ姿勢)を崩した側」が即座に不利になるよう設計されている点が特徴である。
競技は「押す」「崩す」だけではなく、体勢移行を段階化したに基づき、審判が“相手を倒したか”だけでなく“倒れるまでの手順が正しかったか”も評価する。これにより、勝敗が偶然ではなく手順の精度に依存する競技として紹介されることが多い。
運営側は本競技を「完全男女対決」を冠しているため、実際の相撲の慣習である序列(番付)を持ち込まない方針を採ったとされる。もっとも、後述するように、制度設計の段階では番付に相当する“身分表”がこっそり導入された時期もあったと報告されている[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
この競技の起源は、1957年にの下町に設立された「反転体操研究会」が関与したとされる。会の中心人物は勝又八郎であり、彼は柔道場の畳が湿気を帯びる夜に、濡れた畳の上で重心が“反転する”挙動に着目したとされる[3]。
勝又は“性別差”を競技結果に持ち込むのではなく、重心の反転が起きるまでの時間を競う発想に至ったと記録される。ただし、最初の試合は男女で混ぜて行ったものの、勝敗判定が揉めたため、翌年には「ゼロ姿勢に戻った回数」を記録する係が置かれたという。係の名称が「零点係(ぜろてんがかり)」であったことから、競技用語としても“零点”が残ったと説明されている。
また、反転体操研究会の後継組織である「墨田土俵整備局」は、試合場の円環寸法を巡って技術仕様を統一した。円環の内径が約3.60メートルとされ、誤差が±0.03メートルを超えた会場は“失格扱い”になったとされる[4]。この“極端な厳密さ”が、のちにルールの複雑さを呼ぶ下地になったとされる。
国際的普及[編集]
国際的普及は1964年の東京文化週間での公開競技が契機とされる。公開競技は名義の招待枠で行われ、海外競技者は「完全男女対決」を“ジェンダー平等の儀式”として紹介したとされる[5]。一方で、国内では“完全”という語に反発があり、当時の新聞では「完全とは名ばかり」と揶揄されたとの指摘もある。
その後、1972年に仮称「国際男女相撲連盟(IDSL)」が結成され、競技説明書が英語化された。競技名の英訳に“Duel”が選ばれたのは、当時、欧州で人気のあった剣闘風の視覚演出に寄せる意図があったとされる[6]。ただし、同連盟の書類ではしばしば「Olympic official event」と書かれていたため、記録係が誤って一般に回してしまった疑いがあると報じられた。
普及の進行に伴い、各国は体格差を抑えるための軽量化規定を導入した。とはいえ、規定の数値は国ごとに微妙に異なり、たとえばフランスでは“重量差は最大で9.2キログラムまで”とされた一方、北欧では“7.8キログラム”に設定されたとされる[7]。この差がのちの国際大会の混乱の理由になったとされる。
ルール(試合場/試合時間/勝敗)[編集]
試合は円環状の土俵(外径約4.20メートル、内径約3.60メートル)で行われる。選手は中央の“零点マーク”に立ち、審判の合図でゼロ姿勢に入る必要がある。ゼロ姿勢を外した場合、即座に減点となり、続けて2回目は“技カード不成立”となるため、結果として事実上の負けに近い状況が作られると説明されることが多い。
試合時間は基本で、延長は最大で2分までとされる。延長の判断は“押し返しの有効手順数”で行われる。なお、この指標は統計上の偏りを生むとして批判もあり、後に「有効手順数は合計ではなく差分(攻勢側−防御側)で計上する」方式へ改訂されたとされる[8]。
勝敗は大きく2種類に分かれる。第1は相手を“倒線”の外側へ移動させることによる直接勝利である。第2は倒線へ移動できなかった場合でも、審判の技手順評価が優位であれば判定勝利となる。特に技手順評価では、危険行為がなかったことに加え、相手の重心反転を“誘導した痕跡”が見られることが重視されるとされる[9]。
技術体系[編集]
技術体系は「押し返し」「体勢制御」「回り込み」の3系統に大別され、各系統はさらに“技カード”として管理される。選手は試合前に3枚の技カードを提示し、審判は試合中に“カードが成立したか”を確認する。カードが成立すると、その技系統の得点が加算される仕組みである。
は相手の推進力を利用しつつ、ゼロ姿勢への復帰を伴う場合に加点されるとされる。体勢制御は、相手の足運びを止めることでなく、相手の重心反転を遅延させることに重心が置かれる。回り込みは相撲のような外周の旋回に似るが、外周ではなく“内側への回り込み”だけが認められるため、観客には「同じ場所をぐるぐるしている」と評されることがある。
また、技術体系には“禁止技”が別立てで存在する。禁止技には「完全転倒(相手が受け身を取れない形での倒し)」が含まれると説明されるが、実際には禁止技の定義が審判によりブレた時期があったとされる[10]。このため、1980年代には判定基準を統一するための“技術審査講習会”が開催されたと記録されている。
用具[編集]
用具は伝統的な相撲衣類の意匠に似るが、競技仕様が異なる。選手は「零点帯」と呼ばれるベルトを腰に装着し、ゼロ姿勢時にのみ測定器が反応するよう設計されているとされる。ベルトの発光色は白から青へ変わる仕様で、主審と記録係が同時に視認できることを目的にしたと説明される[11]。
土俵側には“倒線”に相当する感知リングが埋め込まれている。倒線を踏んだことではなく、倒線をまたいだ位置に相手の臀部があることが条件とされる点が、観客に誤解を生んでいる。ある解説者は「足より尻が重い、という当たり前を競技化した」と述べたとされるが、真偽は定かでない。
さらに、技カードは紙のカードではなく薄い金属板であり、投げたり折り曲げたりする行為が許されない。選手が技カードを落とした場合、その技は無効になるため、試合運びに影響する。ここは競技の“芝居っ気”として語られることがあり、競技団体は「冗談ではない所作の美しさ」を売りにしていたとされる。
主な大会[編集]
主な大会としては、春季の「墨田零点杯」、秋季の「対決円環(たいけつえんかん)グランプリ」が挙げられる。墨田零点杯は発祥地にちなみ、ゼロ姿勢の誤差が最小だった選手が特別表彰されることでも知られる。ある年では誤差が0.2ミリメートル以下で記録されたとされ、会場は報告書の謄写まで行ったという[12]。
また、国際大会としては「IDSL世界男女相撲対決選手権」が存在する。IDSLは当初、会場を“同一条件”で揃える方針を掲げたが、実際には体育館の床材による摩擦差が問題になったとされる。1989年の大会では、床材係が誤って摩擦係数の基準を0.61ではなく0.71で試算したため、選手の勝率が一時的に歪んだと説明された。
近年ではオリンピック出場を意識した「完全男女対決相撲・予選サーキット」が組まれ、ポイント制で選手を選抜する運用が導入されている。ポイント配分は直接勝利が8点、判定勝利が5点、技カード不成立が0点とされるが、この配点は“観客の理解しやすさ優先”で決められたとされる[13]。
競技団体[編集]
国内では「全日本完全男女対決相撲連盟(AJFSDL)」が統括団体として位置づけられている。AJFSDLは審判資格制度を整備し、技カード評価の研修を義務化したとされる。研修では、審判が視線を固定する位置が定められ、合図音の周波数が“約1.8キロヘルツ”になるよう調整されると報告されている[14]。
国際面ではIDSLが中心となっているが、国際規格の策定には紛争も存在した。特に技カードの材質規格(反射率や曲げ強度)が国ごとに解釈され、技術委員会が“同一成績を再現できない”ことを認めた時期があるとされる。これを受け、IDSLは「再現率は少なくとも92%」を満たすことを要求したとされる[15]。
なお、AJFSDLとIDSLの関係は友好とされる一方で、資金配分を巡る記者会見の対立が報道されたことがある。ある会見では、運営側が「オリンピック正式競技」の言葉を口走り、その場で質問を受けて訂正したとされるが、訂正の内容は詳細に残っていない。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 勝又八郎「完全男女対決相撲の誕生と零点姿勢」『墨田土俵学紀要』第12巻第1号, 1960年, pp.12-31.
- ^ 田中玲子「技カード評価法に関する審判実務」『スポーツ判定論叢』Vol.7, 1978年, pp.44-59.
- ^ J. Martin「Reversal-Based Scoring in Mixed-Gender Duel Sports」『International Journal of Field Athletics』Vol.18 No.3, 1982年, pp.201-219.
- ^ 佐伯衛「円環土俵の寸法規格と誤差許容」『体育施設研究』第5巻第2号, 1971年, pp.73-88.
- ^ 【外務省文化局】「東京文化週間における公開競技報告(仮)」『文化事業年報』第3号, 1964年, pp.1-19.
- ^ E. Johansson「The 7.8 kg Rule and Competitive Balance」『Scandinavian Combat Sports Review』Vol.4 Issue 1, 1990年, pp.15-27.
- ^ B. Dubois「Misinterpretations in Duel Arbitration Systems」『Acta of International Sport Governance』Vol.22 No.4, 1996年, pp.310-335.
- ^ 山根宗介「倒線判定の視認性問題と修正」『スポーツ工学メモワール』第9巻第1号, 1989年, pp.5-18.
- ^ L. Wright「Signal Frequency in Court Adjudication: A Case Study」『Journal of Applied Officiating』Vol.10, 2001年, pp.77-93.
- ^ 全日本完全男女対決相撲連盟 編『AJFSDL公式競技規程(第2版)』AJFSDL出版局, 2008年, pp.1-210.
- ^ 国際男女相撲連盟 編『IDSL Technical Handbook: Duel Cards and Zero Pose』IDSL Press, 2013年, pp.1-240.
外部リンク
- AJFSDL公式競技案内
- IDSL技術委員会アーカイブ
- 墨田零点杯記録室
- 倒線センサー技術解説
- 重心反転測定プロトコル