小籠包
| 発祥 | 清末の江南地方 |
|---|---|
| 主材料 | 小麦粉、豚肉、ゼラチン質の出汁 |
| 提供温度 | 65〜72度 |
| 関連地域 | 上海市、蘇州市、南通市 |
| 成立年代 | 1890年代頃 |
| 起源文献 | 『蘇州点心備忘録』 |
| 代表的調理法 | 二段蒸し |
| 食文化上の位置づけ | 宴席用の精密点心 |
小籠包(しょうろんぽう、英: Soup Dumpling)は、薄い皮の中に肉餡と高温で固まる液状のだしを封じ込めた発祥の蒸し点心である。現在ではの名物として広く知られているが、その成立には末の税制改革と地方の湯壺職人が関与したとされる[1]。
概要[編集]
小籠包は、蒸すことで皮の内部に封じられた肉汁が半流動状態を保つ点に特徴がある点心である。では茶楼文化の発展とともに精密な包餡技術が磨かれ、19世紀末には「一口で飲む湯」として上層商人のあいだに浸透したとされる。
ただし、食文化史研究では、小籠包の原型はの湯包棚にあったとも、の船大工が防湿用の小袋を転用したともいわれ、起源には複数の説がある[2]。いずれの説でも共通しているのは、皮を薄くしすぎると蒸気圧で破裂するため、包み手の指先の湿度管理まで規格化されていたことである。
また、小籠包は単なる料理ではなく、蒸し上がりの瞬間を共有するための儀礼的な食事でもあったと考えられている。茶楼では、せいろを開ける合図に合わせて客が箸とレンゲを構える作法が広まり、これが後の周辺の飲食作法に影響したとする説がある。
歴史[編集]
起源伝承[編集]
もっとも有名な伝承では、にの菓子商・沈徳源が、冬場の売れ残りの肉餡を保存するために薄い皮で包み、さらに蒸し器の底に残った骨湯を少量流し込んだことが始まりとされる。ところが、の記録には同年の項目がなく、後年の弟子たちが帳簿の空白を埋めるために作話した可能性が高いとされている。
一方で、にの「徳和楼」で提供された「小籠湯点」が実質的な祖形であるとする説もある。これはの湿気で皮が乾きやすいことへの対策として、蒸籠の蓋に濡れ布を巻く独自工夫から生まれたもので、当時の茶客が「包子より上品で、餃子より危うい」と評したという[3]。
都市化と標準化[編集]
に入ると、中心部の飲食店では小籠包の大きさを直径前後に揃える動きが始まった。これは大きすぎると汁が冷め、小さすぎると箸で扱いにくいという経験則に基づくもので、には一部の店が「1籠8個説」と「1籠10個説」で激しく対立した。
この論争は、の老舗「同春楼」が導入した秤量式包餡法によって一応の収束をみたが、実際には各店が独自規格を守り続けたため、今日でも「皮は14折が理想」「いや18折でなければならない」といった派閥が残る。なお、の『上海飲食月報』には、包み手1人あたりの1日平均生産数をとする記述があり、熟練者は午前中に指の感覚が鈍らないよう白酒を少量なめていたという[4]。
戦後の再評価[編集]
後、小籠包は一時的に高級茶楼の衰退とともに地域料理へ後退したが、にが保存食文化の再整理を進めたことで再評価された。特に、冷蔵技術の普及により豚皮由来のゼラチンを一定濃度で保てるようになったことが、品質の安定に寄与したとされる。
には経由で海外に紹介され、周辺の点心師が「湯が先か、肉が先か」という食べ方の教育を行った。この頃、英国系新聞が“小 basket bun”と誤訳したことから、海外ではしばらく籠自体を食べる料理だと誤解されたという逸話が残る。
製法[編集]
小籠包の製法は、まず豚肉餡にとから取った濃い出汁を合わせ、低温で半固形化させることから始まる。これをと塩水で作った皮で包み、上部に微細なひだをほど寄せることで、内部圧力を分散させる。
蒸し工程では、せいろの底にを敷く流派と、油を薄く塗った布を敷く流派がある。前者は香りを重視し、後者は皮の破れにくさを重視するもので、の職人組合では毎年の頃に両派による試食会が開かれる。なお、蒸し時間は通常前後とされるが、気温がを下回る日は湯気の立ち上がりが遅れるため、現場判断で延長されることが多い[5]。
食べ方にも作法があり、まず皮の上部を少し破って湯をレンゲに逃がし、その後に酢と細切り生姜を添えて食べるのが基本である。ただし、の古い茶楼では「最初の一口は無言で」とされ、これを破ると次回からせいろが1つ減らされるという内規があったと伝えられる。
地域差[編集]
上海式[編集]
上海式は皮がやや厚く、肉汁が多いのが特徴である。特に周辺では観光客向けに直径ほどの大ぶりな品が出される一方、老舗では小ぶりのものをで仕上げる伝統が守られている。地元では「箸で持ち上げた瞬間に、まだ生きているとわかるものが良い」と評されることがある。
蘇州式[編集]
蘇州式は甘めの味付けと皮の柔らかさに特徴がある。の一部店では餡に氷砂糖をわずかに混ぜるため、初めて食べた者がデザートと勘違いすることがある。さらに、蒸籠の蓋を開ける際に香りが最も立つよう、蓋裏に松葉を1本差す慣習があるというが、これは職人の気まぐれが半ば定着したものだとされる[6]。
港式派生[編集]
で発展した港式派生は、皮がやや薄く、スープの粘度を高めるために海老の殻出汁を加える点が特徴である。の市場では、朝食向けに4個入りの小型せいろが流通し、新聞を読みながら食べる習慣と結びついた。なお、の食評家ロー・マンキットは、小籠包を「都市の忙しさを一時停止させる装置」と呼んだと記録されている。
社会的影響[編集]
小籠包は、の都市イメージを形成した料理の一つとされ、20世紀後半には観光宣伝の中心語にもなった。によれば、からにかけて小籠包を目的に来訪した国内外観光客は年間平均で、そのうち約が「湯を飲むのに失敗した」と申告したという。
また、包み作業の精密さから、手先の器用さを競う職業訓練の教材にも用いられた。の一部職業学校では、皮の折り目数と蒸し後の破損率を測定する独自試験が行われ、合格者には「点心初級技能証」が授与された。なお、評価基準の一つに「湯漏れ後3秒以内に立て直せること」が含まれていたとされるが、この規定は現場の教員が面白がって追加したとの指摘がある。
国際的には、以降に各国の中華街で普及し、現地語への翻訳で混乱を生んだ。フランスでは「包まれたスープ」と訳され、アメリカでは一時期「hot juice bun」と表記されたため、飲料売場に陳列された店舗まであったという。
批判と論争[編集]
小籠包をめぐっては、伝統派と革新派の対立が繰り返し起きている。伝統派は「汁の温度はを超えてはならない」と主張する一方、革新派はトリュフや蟹味噌を加えた高級化路線を進め、にはの料理評議会で6時間に及ぶ討議が行われた。
また、観光地化に伴い、実食時間を短縮するためにスプーンの深さだけを異様に大きくした店が増えたことから、「食べやすさが小籠包を壊した」と批判する声もある。さらに、には、ある輸出業者が冷凍品の説明書に「電子レンジで6分」と誤記し、皮が全壊した事例が報告され、これは業界内で『事件』として長く語られた[7]。
歴史的研究[編集]
食品文化研究所のは、小籠包を「都市の湿度が生んだ保存食の逆転形」と位置づけ、茶楼の蒸気環境が料理の味を規定したと論じている。一方、のは、江南地域の点心は封蝋文化の影響を受けた可能性を指摘し、蒸籠の蓋を封筒のように開封する所作に着目した[8]。
ただし、の地方誌に見られる「小籠包」の初出はであり、前述の起源説と整合しない。この矛盾は、後世の編集者が繁盛店の歴史を古く見せるために年代を数十年繰り上げたためと考えられている。なお、ある研究会では、湯の凝固温度をめぐる発表で参加者が全員腹を鳴らし、議事が15分中断したことが記録されている。
脚注[編集]
[1] なお、清末の起源説は後年の茶楼広告に依拠する部分が大きい。 [2] 起源伝承は地域ごとに差異があり、一次資料の整合性は低い。 [3] 『徳和楼』の帳簿は戦災で散逸したとされる。 [4] ただし月報の巻末広告欄に混入した可能性がある。 [5] 蒸し時間は店の標高や湿度で変動するため、厳密な標準は存在しない。 [6] 松葉を使う慣習は近年では衛生上の理由でほぼ廃れた。 [7] 業界団体は「説明書の翻訳精度不足」として処理した。 [8] 両者の論文は互いに引用し合っており、学会では半ば伝説扱いである。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 周明遠『江南蒸点の都市史』復旦大学出版会, 2009, pp. 41-88.
- ^ 高橋玲子『封を開ける料理学――点心と儀礼』岩波書店, 2012, pp. 103-149.
- ^ 李文斌「清末茶楼における湯包の規格化」『中国食文化研究』Vol. 18, No. 2, 2007, pp. 22-39.
- ^ 陳桂芳「上海小籠包の折り目数と蒸気圧」『点心学報』第6巻第1号, 1998, pp. 5-19.
- ^ Margaret L. Hsu, “Thermal Retention in Jiangnan Soup Dumplings,” Journal of Asian Culinary Studies, Vol. 12, No. 4, 2015, pp. 201-226.
- ^ Arthur P. Winfield, “Baskets, Broth, and Urban Taste,” Food History Quarterly, Vol. 9, No. 1, 2011, pp. 77-95.
- ^ 上海飲食文化編纂委員会『上海点心年鑑 1930』上海人民食文化社, 1930, pp. 14-31.
- ^ 王少華『豚足と皮膜の保存技術』商務印書館, 1984, pp. 66-102.
- ^ ロー・マンキット『港式点心評論集』香港飲食出版社, 1979, pp. 8-24.
- ^ Nora S. Bell, “The Soup That Must Be Bitten,” Culinary Review of East Asia, Vol. 3, No. 2, 2020, pp. 55-73.
外部リンク
- 上海点心文化資料館
- 江南食文化アーカイブ
- 国際湯包協会
- 中華点心蒸製研究会
- 黄浦料理史データベース