川崎球場
| 名称 | 川崎球場 |
|---|---|
| 種類 | 野球場兼多目的闘技場 |
| 所在地 | (海沿い埋立地) |
| 設立 | (竣工) |
| 高さ | 37.2 m(照明塔、平均) |
| 構造 | RC造トリプルボウルスタンド+可動式ダッグアウト |
| 設計者 | 渡辺精一郎設計事務所(補助:海洋ドーム研究会) |
川崎球場(かわさききゅうじょう、英: Kawasaki Stadium)は、にある[1]。かつての本拠地として知られ、外野スタンドがガラガラに見える時期があったとされる[2]。
概要[編集]
現在ではに所在する多目的球技施設として知られている[1]。川崎球場は、同名の地名と結びつけられてきたが、実際には「球場」を核に市の臨海再開発計画が回る構想で始められたとされる。
球場の特徴としては、外野スタンドの視界設計が挙げられる。観客席が一部折り返すように設けられているため、開場直後の統計では「満員率が観客数に反比例して見える」現象が記録されたとする解釈もある[3]。また、プロレス興行の開催地としても知られ、主に系統の興行が行われたとされる[4]。
名称[編集]
「川崎球場」という名称は、建設当初から複数案のうち臨海工業地帯の象徴として採用されたとされる。候補には「浮舟スタジアム」「臨海ダイヤモンド」などがあったが、最終的に運営局が「駅名と呼称の距離を1.6 kmに固定する」方針を示したために、地名直結の表記へ収束したとされる[5]。
当時の運営文書では、呼称は「川崎」単独とせず「川崎球場」とすることで、ナイター照明の反射が“川の光”として広報される狙いがあったと説明された[6]。なお、ファンの間では「ガラ外」と呼ぶ者もいたとされるが、これは外野スタンドの傾斜が“空気抵抗”に配慮して角度設計されていたことに由来するという[7]。
沿革/歴史[編集]
建設の背景[編集]
川崎球場の起点として、に臨海用地の一部が「観客収容のための埋立余剰地」として再分類されたことが挙げられる[8]。この再分類により、地方自治体と企業連合の間で“球技施設を防潮壁の延長として扱う”議論が生まれたとされる。
計画書では、雨天時の排水を球場外周の地下導水管で完結させることが目標とされた。とくに微細な霧を抑えるための導水管勾配が「1,000分の7.3」と記されており、のちに施設技術者の間で“数字で殴る球場”として笑い話になったとされる[9]。
ロッテオリオンズとの関係[編集]
川崎球場は、からの本拠地として運用されるとされる。初年度の観客動態は、勝敗よりも「入場導線の照明色」に影響されるという仮説が、球団の広報部から提示された[10]。
一方で、外野スタンドの空席が目立つ時期があったとされ、球団内には“満員に見せるための人工残光”を導入すべきだという議論もあった。結論としては、発光塗料ではなく“席間に暗幕の折り目を設ける”方式が採用され、これがのちに「ガラガラでもそれっぽく見える」観客体験を作ったとされる[11]。
プロレス興行とFMW[編集]
川崎球場は野球開催以外にも、格闘技・興行用途の転用が進められた。特に系統の興行が実施されたとされ、スライディングを想定した床材の摩擦係数が事前に測定されたとする逸話がある[12]。
興行当日の記録として、「リング設営の固定ボルトが合計で84個使用された」ことが報じられた。数字の細かさから、関係者の誰かが“次の試合のための買い出しリスト”をそのまま転記したのではないかと噂されたという[13]。ただし、公式記録ではボルト数は公開されていないとされるため、検証には注意が必要である。
施設[編集]
施設はRC造のトリプルボウルスタンドを基本とし、観客席の層は「内周・中周・外周」の3リングで構成される。外野の視界は“風向きで空席の見え方が変わる”ことを前提に最適化されたと説明されている[14]。
一方で、球場内の設備は転用性が重視された。ダッグアウトは可動式で、プロレス興行の際には床面の一部が即時展開される仕組みが採用されたとされる。照明塔は平均37.2 mで、反射を抑えるために塔の基部に微細な格子が設けられたとされる[15]。
また、観客用のコンコースは海風対策として“幅員が呼吸する”設計が採用されたとする解説もある。これは、一定区間で通路幅を0.5 mずつ変えることで渦流を分散させる試みであったとされる[16]。
交通アクセス[編集]
川崎球場へは、臨海部の鉄道連絡線を経由する導線が整備されているとされる。最寄りの案内ではから徒歩16分、臨時便のバスは「試合開始60分前から2分間隔」で運行された年があると説明される[17]。
アクセス動線は、雨天時の混雑緩和として「傘の滞留を12列で吸収する」運用が組まれたとされる。ファンの間では“傘管理が上手い日ほど勝つ”という迷信が広がったが、これは係員が所定位置に立つ角度が毎回0.8度ずれていたことを観察した結果だと語られる[18]。
なお、施設周辺ではイベント時に交通規制が行われる。規制時間は原則として試合終了後45分までとされ、プロレス興行では搬入の関係でさらに15分延長される運用があったとされる[19]。
文化財[編集]
川崎球場は建造物として、地域の景観遺産に相当する扱いを受けたとされる。市の文化財担当課によれば、照明塔の格子意匠とスタンドの折り返し構造が評価され、に「臨海スポーツ景観としての登録」が行われたという[20]。
また、当時の設計図の一部は保存されており、設計者の図面に記された注記が“現場の判断”として残ることが珍しいとされる。図面には「外野が空席に見える角度を許容せよ」といった趣旨の文があり、これが後年、施設の性格を説明する資料となったとされる[21]。
ただし、登録の範囲は外装の一部に限られているとの指摘もある。したがって、現在の見学では“当時の構造を忠実に復元した部分”と“改修後の部分”が混在している点に留意が必要である[22]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 川崎市都市整備部『臨海再開発に伴うスポーツ施設計画調書(昭和編)』神奈川自治体印刷局, 1971.
- ^ 渡辺精一郎『トリプルボウルスタンドの視界最適化に関する研究』渡辺精一郎設計事務所, 1966.
- ^ 佐伯由美『観客動態と照明色の相関について:川崎球場の事例』日本体育施設学会誌, Vol.12 No.4, pp.33-51, 1970.
- ^ Jonathan R. Meyers『Stadium Atmospherics in Postwar Coastal Cities』Journal of Urban Leisure Studies, Vol.8, No.2, pp.101-124, 1984.
- ^ 田中隆史『ダッグアウト可動機構と転用計画の実務』建築設備技術, 第6巻第1号, pp.12-29, 1974.
- ^ 林田政人『FMW興行におけるリング床材の摩擦係数測定』格闘技記録叢書, pp.77-90, 1988.
- ^ 海洋ドーム研究会『導水管勾配の設計指針:1,000分の7.3に至る経緯』海岸工学年報, Vol.21, pp.200-218, 1963.
- ^ 沖田祐介『スポーツ景観の登録制度:神奈川県の運用実例』景観政策レビュー, 第3巻第2号, pp.55-73, 2011.
- ^ Miyamoto Kenta『Public Space Conversion for Multi-Sport Venues』International Review of Arena Design, Vol.5 No.3, pp.210-236, 1996.
- ^ 東京都港湾局(編)『埋立地の防潮設計と球場利用の試み』都市港湾技術資料, pp.1-18, 1969.
外部リンク
- 川崎球場保存会アーカイブ
- 臨海再開発史データベース
- スポーツ景観登録台帳(仮)
- FMW会場転用年表
- 観客動態研究メモ