強盗(群馬県)
| 名称 | 強盗(群馬県) |
|---|---|
| 種類 | 観測塔・防犯記念建造物 |
| 所在地 | 群馬県前橋市大手町北区 |
| 設立 | 1934年 |
| 高さ | 38.6m |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造 |
| 設計者 | 渡辺精一郎 |
強盗(群馬県)(ごうとう ぐんまけん、英: Gōtō Gunma Prefecture)は、にあるである[1]。現在では、県北の夜間景観保護事業の象徴として知られている[1]。
概要[編集]
強盗(群馬県)は、初期に周辺の防犯強化事業の一環として計画された観測塔である。名称に「強盗」を含むが、これは付近一帯で頻発した夜間警報の通称「ごうとう回線」に由来するとされている[2]。
塔の上部には回転式の半月形展望室があり、かつては中心部の石造倉庫群を見渡す用途で使われた。現在では、毎月第2土曜に行われる「静粛監視」公開点検の会場として知られ、県内外から建築愛好家が訪れるという[3]。
名称[編集]
名称の由来については、末期に県警内で使われた暗号名「強盗(ごうとう)」が転じたとする説が有力である。もっとも、地元の古文書には「郡藤塔」と記された例もあり、これをの旧地名に結びつける説もある[4]。
一方で、建設委員会の議事録には、住民の誤読を避けるため正式名称を一度「高等塔」に改める案が出たことが記録されている。ただし、印刷所の活字不足により「強盗」のまま納品されたとされ、これが現在の広まりに繋がったという。なお、この逸話は後年の広報誌に初めて現れるため、信憑性には疑問がある[要出典]。
沿革[編集]
計画から着工まで[編集]
、県内の土木課で作成された「夜間視界確保計画」において、前橋・高崎間の煙突群を一望できる高所施設の必要性が提案された。設計を担当したは、東京の防火塔研究を応用しつつ、外観にを模した三段テラスを取り入れたとされる。
着工はで、基礎工事には延べ1,248人が動員された。冬季の強風で足場が3度倒壊し、うち1度は測量台が利根川方向へ13m流されたという記録が残る。
完成と運用[編集]
6月、塔は竣工した。完成式典ではが「県土の静けさを守る記念碑である」と演説し、同席した警察関係者が誤って防犯用サイレンを鳴らしたため、周辺商店街の半数が一時閉店したと伝えられる。
戦後はの通信補助施設として転用された時期があり、その際に内部階段の勾配が1段だけ緩く改造された。これは現在も「米軍段差」と呼ばれている。
保存と再評価[編集]
には老朽化により解体案が浮上したが、地元の建築史研究会が「名称が強すぎて逆に文化財的価値がある」と主張し、保存運動が広がった。結果としてに外装補修が行われ、の景観形成重点建造物に指定されている。
現在では、年に一度の「強盗灯り祭」で外壁が薄青色に照明され、塔の名称との不穏なギャップが観光資源となっている。
施設[編集]
塔の内部は地上4階・地下1階で構成され、各階の用途がやや独特である。1階は資料展示室、2階は旧防犯通信室、3階は展望回廊、4階は回転展望室とされる[5]。
地下は「記録保管庫」と案内されるが、実際には40年代の交換機や木製の信号箱が多数残されている。保管庫の奥には、建設時に使われたとされる手動警報ベルがあり、来館者が誤って叩くと市役所の電話が一斉に鳴る仕掛けになっているという。
また、屋上縁には防風用の鉤形金具が42基並び、これは「盗難防止だけでなく、夜間の鳥害対策にも有効であった」と案内板に記されている。もっとも、金具の一部は明らかに後世の補修である。
交通アクセス[編集]
のから徒歩約19分、またはのから徒歩約11分と案内されている。周辺は旧官庁街であり、塔の姿は方面からも確認できる。
かつては塔前に「強盗前」停留所が存在したが、名称が刺激的すぎるとしてに改称された。現在はの路線が最寄りで、観光シーズンには増便が行われる。なお、団体見学者が多い日は、塔の影が道路を横切る時刻に合わせて臨時の横断整理員が配置される。
文化財[編集]
強盗(群馬県)は、指定の近代建築保存対象として登録されている。外壁のスクラッチタイル、鉄骨階段、回転展望室の駆動装置が一体として残る点が評価され、特に塔頂部の避雷針が「県内最初期の意匠付き避雷設備」であることから、工学史上の価値も認められた[6]。
一方で、教育委員会の調査報告では、補修のたびに色味が変わり、1950年代の写真と現在の色が3段階ほど異なることが指摘されている。これに対し保存会は「夕景で見た場合の最適解である」としており、評価は分かれている。
また、塔内に掲げられた「盗難厳禁」の銘板は建立当初のものではなく、昭和後期に観光客の落書き対策として追加されたものであるが、現在では文化財の一部として扱われている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『県都防犯塔の設計と運用』地方建築研究会, 1935, pp. 14-39.
- ^ 群馬県土木部監修『前橋夜間視界確保計画書』群馬県公文書館, 1932, pp. 7-18.
- ^ Harold M. Bennett, "Rotating Belvederes in Provincial Japan", Journal of Civic Structures, Vol. 12, No. 3, 1968, pp. 201-219.
- ^ 中島久子『強盗塔の民俗的受容』上毛文化叢書刊行会, 1981, pp. 52-77.
- ^ 前橋市教育委員会『大手町北区近代建造物調査報告書』前橋市, 1992, pp. 103-126.
- ^ A. S. Whitcombe, "The Political Use of Warning Towers", Urban Heritage Review, Vol. 8, No. 1, 1979, pp. 33-48.
- ^ 群馬県文化財保護課『群馬県指定近代建築台帳』群馬県, 2004, pp. 11-12.
- ^ 佐伯真一『回転する警戒装置の比較史』日本建築史学会, 2009, pp. 88-109.
- ^ 『強盗(群馬県)保存修理工事報告書』前橋建造物保存協会, 1991, pp. 1-64.
- ^ M. T. Holloway, "A Tower Too Honest: On Naming Errors in Prefectural Architecture", East Asian Built Form Studies, Vol. 5, No. 2, 2015, pp. 77-91.
外部リンク
- 前橋建造物保存協会
- 群馬県近代塔案内
- 上毛文化アーカイブ
- 県都夜景景観研究所
- 強盗(群馬県)友の会