彼は誰時のあの人
| 名称 | 彼は誰時のあの人 |
|---|---|
| 正式名称 | 警察庁による正式名称は「十七時台発生不明者連続事案(板橋)第1号」 |
| 日付(発生日時) | 2009年10月17日 17:03〜17:58 |
| 時間帯 | 夕方(17時台) |
| 場所(発生場所) | 東京都板橋区(東武練馬〜成増間の路地帯) |
| 緯度度/経度度 | 35.7652 / 139.6436 |
| 概要 | 『誰時のあの人』と呼ばれる同一人物像が現れ、通報者や目撃者の証言が時間・服装・声色で食い違うまま、複数名の失踪が未解決となった。 |
| 標的(被害対象) | 買い物帰りの一般人(年齢20〜64歳の男女) |
| 手段/武器(犯行手段) | 特定困難な接近と誘導(「17分で戻って」と言う、現場に時計の針だけを置く等) |
| 犯人 | 特定されていない(同一犯の可能性があるが確証なし) |
| 容疑(罪名) | 人身誘拐および殺意を伴う可能性のある監禁・傷害致死容疑 |
| 動機 | 『誤差のある時刻を愛でる』趣旨の匿名メモから、時刻への執着が推測された |
| 死亡/損害(被害状況) | 失踪者7名(うち2名は後日発見、5名は未発見)。行方不明中の家族に対する精神的損害が大きいとされた。 |
彼は誰時のあの人(かれは だれじ の あのひと)は、(21年)にで発生したである[1]。
概要/事件概要[編集]
彼は誰時のあの人は、夕方17時台に板橋区の複数地点で失踪が相次いだ事案として、のちに「未解決の語りの感染」とも呼ばれるようになった事件である[1]。
本事件では、目撃証言が一致しないことが特徴とされ、通報時刻はすべて17時台であるにもかかわらず、目撃者が「声は男性」「声は女性」「言葉は丁寧」「口調は乱暴」と述べ、服装も灰色のコート、白いパーカー、黒い作業着などに分散したと記録されている[2]。なお、現場付近の防犯カメラは一部を除き保存期間を満たしていたが、肝心の“顔のあたり”が毎回ブロック状に欠落していたとされる[3]。
警察は、失踪者の共通項を「同じバス停の時刻表を見ていた可能性」として照合し、匿名のメモに書かれた『彼は誰時のあの人』という文言が、犯人側の合図であった可能性を検討した。ただし、メモの筆跡鑑定は結果が分かれ、最終的には“声紋”と“時間差”の両面で矛盾が残った[4]。
背景/経緯[編集]
本事件の舞台とされた東京都板橋区は、当時、商業施設の再開発と古い路地の残存が同時に進む地域として知られており、住民は「人が途切れにくいが、視線が届かない」街だと語っていた[5]。
事件の発端は、10月17日の17:03に、東武練馬方面の路地で「17分で戻って」と言われたという主婦の通報であった[6]。その後、17:21、17:34、17:41、17:52と、ほぼ一定の間隔で通報が入り、警察は最初から連続性を前提に動いたわけではなかったとされる[7]。実際、最初の2件は「酔いと勘違いの範囲」として処理されかけ、3件目の失踪が確認されてから“連続事案”として扱いが切り替わった経緯がある[8]。
匿名メモは計3通が回収され、そのうち1通には「彼は誰時のあの人」とあり、残る2通には「針は嘘をつく」「戻る時刻は本人が決める」と短文だけが記されていた[9]。ここから、犯人が時計の表現(針・秒針・数字の並び)を手掛かりに人を誘導した可能性が指摘された。ただし、メモの紙質は家庭用プリンタ用紙とされ、入手性の高さが捜査の逆風となった[10]。
この事件は、都市型犯罪が“語り”と結びつき、人々の脳内で犯人像が固定化されてしまうタイプの事案として研究対象になった。もっとも、固定化が起きた結果、同一犯の検証が遅れたという反省も同時に残っている[11]。
捜査[編集]
板橋区の練馬東警察署は、失踪と誘導の関連性を探るため、失踪者の携帯電話が圏外化したタイミングを地図上で重ね合わせた[20]。その結果、圏外化は必ず“路地の奥で電波が落ちる地点”ではなく、“路地を出る直前”で起きていたとされる[21]。
このことから、被害者は連れ去られたというより、短時間の誘導(方向転換)を受け、結果として連絡が途切れた可能性が議論された。もっとも、家族の証言では誘導時間は「数分」から「30分」まで幅があり、統一できなかった[22]。
捜査は、失踪者の共通の所持品を照合する方向へ進み、財布や携帯の番号照合で“共通レシート”が見つかったと報道された。しかし、そのレシートの画像は報道後にネット上で偽造疑惑が出て、捜査本部は「データ提供者の身元確認」を優先する方針に切り替えた[23]。この時点で捜査が一度後手に回り、決定的な防犯カメラの欠落が“確認できない”まま時間が過ぎたとされる[24]。
捜査開始[編集]
板橋区を管轄する練馬東警察署は、17:58に最初の失踪者の確証(目撃証言と携帯電話の圏外化)が得られた時点で捜査本部を立ち上げたとされる[12]。本部は翌日朝6:30に合同で聴取を開始し、目撃者には同一の質問票を用いた。しかし、回答の自由記述欄に書かれた“時間の表現”がバラつき、17:10を「誰時」、17:20を「誰刻」と書いた人が混在した[13]。
その結果、捜査員は「犯人が時刻に関する言い回しを真似した可能性」と「目撃者が自分の都合で言い換えた可能性」を同時に考慮する方針に切り替えたと記録されている[14]。とりわけ、被害者(後に発見された2名)から聴取した“最初の声”が、男性語尾と女性語尾の両方で記述されていた点が焦点になった[15]。
遺留品[編集]
現場からは複数の遺留品が回収された。具体的には、(1)停止した小型置き時計1個、(2)時計の針だけを外した状態の秒針片、(3)路地の角に貼られた白いガムテープ片(文字なし)、(4)ほこりをかぶった透明なビニール袋、の4系統である[16]。
置き時計は17:17で止まっており、秒針のカチカチ音を止めたように見えたと目撃者が証言した[17]。ただし、工場出荷前の個体差による“自然な誤差”の可能性も検討され、鑑識は精密測定を行ったとされる。その測定値は、針の位置誤差が「±0.7度」だったとする報告と、「±2.1度」だったとする別報告が残り、最初から齟齬があったことがのちに問題化した[18]。
また、ビニール袋の匂いは「柔軟剤」「薬品」「雨の匂い」と一致しなかった。これは、匂いの表現が季節(10月)と個人差に強く左右されることが理由とされつつ、犯人側が意図的に複数の嗅覚要素を混ぜた可能性も一部で語られた[19]。
被害者[編集]
被害者は当初、家族の申告順に整理され、最終的に7名として公表された[25]。ただし、後日発見された2名は“失踪者の母数”に計数されるかどうかで資料に揺れがあるとされる[26]。
目撃者の証言が一致しないため、被害者側の行動経路も複数案で扱われた。たとえば、後に発見された女性(当時34歳)は「右手首に冷たい金属を触れられた」と話した一方、男性(当時41歳)は「腕ではなく背中に、誰かの息が当たった」と述べた[27]。
さらに、失踪前に聞いた会話として、「誰時のあの人、という言い方をされた」との証言が複数あることが共通点として示される。ただし、同じ証言であっても、聞いたのは被害者本人ではなく家族の友人経由であったり、後日の回想で付け足された可能性があると指摘された[28]。このように、本事件は被害者と目撃の“時間の層”が絡み合ったことで、捜査の収束を難しくしたと解釈された。
刑事裁判(初公判/第一審/最終弁論)[編集]
本事件は未解決であるにもかかわらず、2021年に「誘導に関与した可能性がある人物」の身元整理を目的とした“準刑事手続”が開始されたと報じられた[29]。ただし、犯人本人の特定ができないまま、2023年に証拠の一部が採否不明となり、実質的な審理が進まなかった経緯がある[30]。
初公判に相当する聴取会(公開ではなく、書面中心)が行われた際、検察側は遺留品の時計が止まっていた時刻を根拠として「犯人が17:17という時刻を示した」と主張した[31]。一方、防御側は「時計の停止は落下や個体差で説明可能であり、時刻の意味は証明されていない」と反論し、時計針の誤差報告の齟齬を強調した[32]。
第一審に相当する整理では、匿名メモの筆跡鑑定が決め手にならなかった。さらに、目撃者の“声の性別”が揺れている点は、音声の再生検証ができないこととも結びつき、結局は“確実な供述”に到達できなかったとされる[33]。
最終弁論では、裁判関係者が「犯人像が固まり過ぎたことが逆に捜査の検証を狭めたのではないか」と述べた、と議事録に近い資料で触れられている[34]。この点が、のちの評価で“語りによる証拠汚染”として言及される契機となった。なお、時効の取り扱いについても、失踪後の捜索活動の継続により一部が争点となったが、結論は出なかった[35]。
影響/事件後[編集]
事件後、地域では「17時台に路地へ入らない」という注意喚起が短期的に強まり、板橋区内の商店街では時計の表示を“秒まで”やめ、分表示に切り替えた店舗もあった[36]。この行動は過剰反応と批判されつつも、当時の住民心理としては理解できる範囲だと説明されている[37]。
また、警察庁は同種事案の予防として、匿名メモを見つけた場合の通報手順を整理し、2024年までに全国の生活安全課へ通知したとされる[38]。しかし、通知内容には「“言葉の聞き間違い”を前提として、音声的特徴を具体化する」趣旨が含まれていたため、逆に目撃の語りを誘導する結果になったという指摘もある[39]。
メディアでは本事件が“時間に取り憑かれる犯罪”として消費され、ネット掲示板では『誰時のあの人』が合言葉のように流行した。結果として、模倣通報が増え、検挙数はむしろ伸びにくくなったとされる[40]。さらに、失踪者の家族が受けた二次被害(嫌疑の飛び火)も記録されており、社会的影響は失踪そのものを超えて広がったとまとめられている[41]。
評価[編集]
本事件の評価は、未解決であることに加え、証言の不一致が大きいことから、学術的にも二極化した。捜査心理学の領域では「犯人が存在する以前に、目撃者の記憶が時間の形式で整形された可能性」が提案された[42]。
一方、刑事法の立場では「遺留品の時刻(17:17)を意味とみなすことの危険」が強調され、時計が“たまたま”止まった可能性も否定できないとされた[43]。ただし、この主張は、匿名メモに3通すべてが類似した句読点で書かれていたという観察とぶつかったとされる[44]。
批判がさらに進むと、「彼は誰時のあの人」という名称自体が後から付いた呼称であり、通報者の口調を反映した二次創作ではないか、という論点が出た[45]。ただし警察資料では、通報記録の音声採録に近いものが存在し、そこには“誰時”という語が最初期から見られるとする。ここに、資料の整合性の取り方をめぐる研究上の論争が生じたとされる[46]。
このように、本事件は「証拠がない」ことよりも「証拠が揺れる」ことによって、評価が長期化した事案とされている[47]。
関連事件/類似事件[編集]
本事件と類似するとされる事案として、(1)“秒針を残す”とされる玩具店周辺の誘導事件、(2)同じく17時台に通報が連鎖した港区の写真紛失騒動、(3)失踪ではないが「合言葉が時間表現で統一されていた」豊島区の不審電話多発などが挙げられる[48]。
ただし、これらは実行様式が似ているだけで、遺留品の性質が異なるとされる。たとえば玩具店周辺の件では、遺留品が“乾いた鈴”であったのに対し、本事件では時計部品であったとされる[49]。
また、模倣の観点からは、失踪ではなく“自発的に姿を消す”タイプの都市伝説連動事案も、捜査現場では混同されたとされる。結果として、被害者の心理的背景(不安や思い込み)と犯罪性の境界が曖昧になり、検挙の難度が上がったという見解がある[50]。
関連作品(書籍/映画/テレビ番組)[編集]
事件の未解決性と、証言の食い違いが“物語の形”を作ったことから、多くの創作が派生した。まず、ノンフィクション風の書籍『17時台の欠落—誰時のあの人の痕跡』が出版され、時計部品とメモの写真が詳細に再現されたと宣伝された[51]。
映像作品では、テレビ番組『緘口の路地裏捜査(再現VTR版)』が、目撃証言を同時にテロップ表示して矛盾を強調する演出を用いたとされる[52]。また映画『秒針のない日』では、登場人物が“17:17”を合言葉として選ぶが、最後にその時刻が実は別人の記憶であることが示唆される構成になっている[53]。
一方で、これらの作品は当事者の家族に配慮する形で名称変更が行われたとされるが、視聴者からは「結局、事件名を言い換えただけではないか」という声も出たと報じられた[54]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 練馬東警察署『十七時台発生不明者連続事案(板橋)捜査報告書』警視庁, 2010.
- ^ 加藤玲奈『時計遺留品と記憶の整形』刑事政策研究所紀要, 第12巻第3号, pp. 41-63, 2012.
- ^ 田中慎二「目撃証言の言語ブレ—誰時/誰刻の分類」『日本心理法学会年報』Vol. 18, pp. 155-172, 2016.
- ^ M. A. Thornton「Temporal Phraseology in Eyewitness Narratives」Journal of Forensic Linguistics, Vol. 9, No. 2, pp. 201-229, 2018.
- ^ 警察庁生活安全局『匿名メモに関する通報・取扱指針(試行版)』, 2024.
- ^ 佐久間和夫『都市部路地における誘導行動の地理解析』地理情報犯罪学研究, 第5巻第1号, pp. 9-28, 2015.
- ^ R. Klein「Clock-Stop Artifacts and Evidentiary Meaning」Forensic Science Review, Vol. 31, pp. 77-96, 2020.
- ^ 田村真琴『合言葉が証拠になる時—模倣通報の社会学』青林社, 2022.
- ^ “彼は誰時のあの人”記事編集委員会『17時台の欠落—誰時のあの人の痕跡』河出書房新社, 2011.
- ^ 不審事案対策室『再現VTR時系列の作り方(誤差設計)』日本映像警務協会, 第1版, pp. 1-88, 2019.
- ^ 小笠原一『未解決事件の法医学的読み替え』講談社, 2008.
外部リンク
- 練馬東警察署 旧事件資料アーカイブ
- 板橋区 住民向け防犯掲示板(過去分)
- 刑事言語研究データベース
- 時計遺留品鑑識メモ(仮想展示)
- 都市伝説と模倣犯罪の統計倉庫