御奈新ケ満出高校非公式テニス部
| 正式名称 | 御奈新ケ満出高校非公式テニス部 |
|---|---|
| 通称 | ケ満部(けまんぶ)、U.T.C.(校内略称) |
| 種目 | 硬式テニス(ただし部内では「硬柔混合」と呼ばれる) |
| 設立年 | 1996年(部内史料では「満出暦1年」表記) |
| 活動拠点 | 御奈新ケ満出高校 第3砂利コート(通称: 錆びレンジ) |
| 指導体制 | 外部コーチ0名、顧問非公認、先輩運用 |
| 理念 | 非公式のまま公式に近づく、記録の監査 |
| 主な行事 | 月曜「距離整合」練習、夏の「雨天ログ祭」 |
御奈新ケ満出高校非公式テニス部(みなあらけまんしゅっこうひしきごてにすぶ)は、のであるにおいて活動しているとされる非公式のテニス同好団体である[1]。部内では「勝つ」よりも「記録を残す」ことが重視され、独自の練習規約や用具規定が伝承されている[2]。
概要[編集]
は、学校の部活動としては公認されていない一方で、地域のテニス愛好家や近隣中学校の一部生徒にまで噂が届いている団体である[1]。
同部は「部室」ではなく、校舎裏の旧倉庫(鍵番号が一定しないとされる)を“観測点”として用い、練習のたびに距離、打球角度、サーブ速度の推定値を記録し、翌週に相互監査を行うという運用が特徴とされる[2]。
成り立ち[編集]
命名と「非公式」の由来[編集]
命名の「非公式」は、当初は顧問教員に正式な活動届けを出していたものの、教育委員会の書式が“縦書き指定”であったことから、部員が誤って「公式扱いのまま非公式」を目指すように運用をすり替えた、という逸話として語られている[3]。もっとも、校内には横書きで提出された控えが残っており、後年になってそれが「公式なのに非公式と書いた」という矛盾資料として笑い話化したとされる[4]。
また「御奈新ケ満出」は、校名そのものが地元で長く読みにくいとされるため、部内では必ずカナ表記で復唱し、誤読した者には“シャトル配給”が科される習慣があったと伝えられている[2]。この復唱儀式が、部の結束を強めた一因として言及されることがある。
1996年の「満出」事件[編集]
同部の起源として、1996年の春、当時の2年生だった(ひいらぎ まや)が、体育館の空調故障で全館使用が止まり、代替として中庭の仮設ネットだけが残ったことを契機に始めたとされる[5]。
柊は“公式試合に耐える身体”を作るより先に、“公式記録に耐える測定”を作るべきだと主張し、部員に対して練習メニューを「サーブの放物線予測」として提出させたとされる[3]。このとき提出された手書きの測定表は、現在も部外秘資料として語られ、紙幅が合計で「A3換算で184.6枚分」と推定されているという記述がある[6]。なお端数の数値は、当時の部員が“何となく小数点が好きだった”ためだとされるが、真偽は明らかにされていない。
一方で、別の系譜では、同年にの学園祭が「満出(まんしゅっ)」という外部企画名で呼ばれ、そこから練習用ネットが学園祭備品として流用されたとも説明される[4]。
活動と運用[編集]
距離整合練習(週次ルーティン)[編集]
部内の基礎練習は、月曜に実施される「距離整合」練習と呼ばれる。砂利コートの不陸が原因で、シューズの摩耗量が週により変化するため、打球の到達点が“同じ見た目”にならないという問題意識から生まれたと説明されている[2]。
練習では、部員がそれぞれ0.5秒刻みで打球開始時刻を申告し、当日の“最短到達ライン”を校舎影の位置で定義する。さらに、ラインテープが風で飛ばされることを想定して、テープの再貼付に許可された回数が「最大3回」と定められていたとされる[7]。3回超過の場合は、打球ではなくシャトル回収を“反省競技”として扱うという運用が語られている。
ただし当該の規約文書には、シャトル回収が何を反省対象とするかが“反省の角度”として記されており、読めば読むほど非合理さが増すとされる点が特徴である[6]。
用具監査と「鍵番号問題」[編集]
非公式テニス部の用具は、部室ではなく旧倉庫の棚に保管されるが、棚鍵の番号が保管後の並べ替えで変動することがあるといわれる。そのため部員は、各自の手帳に「鍵番号の推定値」を記入し、週末に“監査係”が照合する仕組みを作ったとされる[1]。
監査係は通常、入部希望者の中からくじ引きで決まり、決定確率が「くじの目数÷総紙片数」で計算されたと説明されることがある[8]。この説明はもっともらしいものの、同じ手順が翌週には逆の分数で記されていたため、“監査とは計算を楽しむための儀式”だったのではないかと指摘する声もある[4]。
またラケットについては、グリップテープの色に意味があるとされ、「青=過去」「赤=未来」「黒=未決」のような分類があったと伝えられている[5]。もっとも、その色分けの最初の根拠は、部員がたまたま購買部で見たポスターの配色だったという回想が残っており、起源の軽さが却って信憑性を高めているとも言われる。
社会的影響[編集]
非公式団体であるにもかかわらず、同部は近隣で“練習記録を提出すると先輩が返信してくれる”という評判を得たとされる[2]。返信の様式はA4一枚のテンプレートで統一され、質問には必ず「想定される反論」を1つ添えてから回答することが暗黙のルールとなっていた[7]。
この運用は、学校外から見れば面倒である一方で、生徒側には「反論込みの学び」が提供されたとして評価されることがある。実際にの図書館に、同部名を題材にした“測定日誌の書き方”に類する小冊子が置かれた年があり、その冊子は館内で貸出され、読まれた記録が“貸出番号がちょうど17桁だった”ことから、後年には都市伝説的に語り継がれたとされる[9]。
さらに、大学のスポーツ推薦を狙う一部生徒の間では、非公式であっても記録が整っていれば“資料として強い”という考え方が広がり、結果として他部の活動計画にも「監査」という言葉が導入されたと推定される[3]。ただし学校側が制度導入を認めた形跡は薄く、あくまで“空気の伝染”として語られている。
批判と論争[編集]
同部には、合理性の低さを指摘する声が存在したとされる。特に「距離整合」の測定基準が影や風に左右されるため、第三者にとって再現性がないという批判があった[6]。
また、旧倉庫の鍵番号運用が“個人情報のように扱われている”として問題視されたことがある。具体的には、監査係が手帳を回収する際、他部員の記録が混入した可能性を巡って、翌週の集計が0.0秒ズレたように見えるという苦情が出たとされる[1]。
一方で擁護派は、再現性が目的ではなく、部員の注意力と記録への責任感を鍛えることが目的だとしている。そのため、論争は技術的妥当性よりも“練習の意味づけ”を巡るものになりやすいと指摘される[4]。なお、議論が最終的に「テープ最大3回」の条文の解釈に戻ってしまうことが多かったという報告があるが、これもまた同部らしさだと見なされている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 柊真矢『御奈新ケ満出高校非公式テニス部・記録監査の手引き』月影書房, 2001.
- ^ 中里紗耶香『部活動周辺の測定文化—影と風の再解釈—』御奈市教育研究会, 2007.
- ^ Margaret A. Thornton『Unofficial Clubs and Institutional Memory: A Microhistory of Japan』Journal of Youth Sport Studies, Vol. 12 No. 3, pp. 44-61, 2013.
- ^ 岡崎礼央『鍵番号問題の社会学的検討』新星学術出版, 第1巻第2号, pp. 109-126, 2010.
- ^ 佐藤灯『非公式記録の説得力—A4一枚返信フォーマットの解析—』スポーツ資料館紀要, Vol. 5, pp. 77-98, 2016.
- ^ 林田紘『砂利コート運用と摩耗推定の統計』日本コート工学会誌, 第8巻第1号, pp. 201-233, 2011.
- ^ Christopher J. Weller『Temporal Binning in Amateur Practice Logs』International Review of Applied Recreation, Vol. 19 No. 4, pp. 12-28, 2018.
- ^ 御奈市図書館『貸出番号17桁の小冊子について(館内記録抄録)』御奈市, 2009.
- ^ 坂巻瑞樹『非公式テニス部と地域の学び—雨天ログ祭の実践—』東雲図書館出版, 2012.
- ^ 山岸恵『硬柔混合という誤差設計』誤差工房, pp. 3-21, 1999.
外部リンク
- 御奈市テニス記録アーカイブ
- ケ満部・距離整合マニュアル(写し)
- 旧倉庫鍵番号一覧(伝聞集)
- 雨天ログ祭フォトギャラリー
- A4返信テンプレ倉庫