憎悪と醜悪の花束事件
憎悪と醜悪の花束事件(ぞうおとしゅうあくのはなたばじけん)は、の都市伝説に関する怪奇譚である[1]。夜の駅前で「花束」を見つけた者が、翌日には周囲に対する憎悪だけが増幅されるという噂がある[1]。
概要[編集]
とは、駅前や路地裏で目撃された「意味のない花束」が引き金となり、当事者の感情が不気味にねじれていくとされる都市伝説である。噂の中心は、受け取った花束がただの造花ではなく、触れた時間帯によって色が変わるという点にあるとされる[2]。
全国に広まったという話もあり、マスメディアの言及が加速した時期には、若者向け掲示板で「花束の写真を撮ると、誰かの表情が写り込む」といった目撃談が連投されたとされる[3]。一方で、正体は不明のままで、妖怪というより「感情を増やす装置」に近いと語られることが多い[4]。
歴史[編集]
起源(「花束」発案の儀式)[編集]
起源は、頃にの古い花屋が開いた「夜間即売の無記名サービス」に求める言い伝えがある。そこでは、購入者が現金ではなく「憎しみの短い文章」を紙に書き、代金として箱へ入れる仕組みだったと噂される[5]。
その花屋の名は(通称:葛飾花材)とされ、同社の初代店主が「醜悪は整えることで花になる」と語ったという目撃談が残っているとされる[6]。ただし、記録としては地方紙の片隅に掲載された広告の写しだけが語られ、出没の舞台も「梅雨の午前2時すぎ」といった曖昧な条件に固定されている[7]。
流布の経緯(噂が噂を呼んだ)[編集]
、の深夜バス乗り場で「赤黒い花束」が置かれていたという目撃談が掲示板に転載され、そこから全国に広まったとされる。噂によれば、花束を持ち帰った人のSNS投稿だけが「語尾が攻撃的になる」傾向を示したといい、投稿の下書きが勝手に変換されたように感じたという話まで出た[8]。
その後、内の「生活安全情報連絡会(仮称)」が、住民通報の急増を受けて注意喚起を行ったと噂される[9]。もっとも、同会の存在自体が曖昧であり、「存在したとしても議事録が一部欠落している」といった怪しい指摘もあり、正体は妖怪より不可解な制度の継ぎ接ぎだったのではないか、という説が唱えられた[10]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
伝承では、花束事件に関わる人々は「憎悪を“育てる係”」のように描かれることが多い。まず当事者は、花束を受け取った夜に強い不気味さを覚えながらも、なぜか躊躇せず抱えてしまう人物であるとされる[11]。
次に“送り手”は姿を見せないとされるが、駅前の防犯カメラには映るものの、映像が必ず一部分だけぼやける、と言われている。ある目撃談では、ぼやけた部分にだけ季節外れの花粉のような粒が浮いていたといい、花束が「視覚情報を変形する」という正体を持つのではないかと推測された[12]。
伝承の核心は、翌日以降に当事者の周囲への言葉が「短く、角が立った」ものへ変わることにある。言い伝えでは、感情のねじれは“香り”ではなく“色”から始まるとされ、花びらが黒紫に寄ったタイミングで憎悪だけが燃え残るという話が広まった[13]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
派生バリエーションとしては、「花束の代わりに鍵束が届く」型が知られている。これはの路地で目撃されたとされ、鍵の歯が妙に花弁状の模様になっていたという噂がある[14]。別の型では、花束ではなく“手紙の束”が現れ、開くと便箋が先に書きかけの罵倒へ変わるとされる[15]。
また、花の種類にもこだわりが語られている。噂では「実在の花に似ているが、茎が短すぎる」「匂いがないのに吐息が冷たくなる」といった不気味な特徴が挙げられることがある[16]。とくに“醜悪の花束”と呼ばれる場合、花びらの縁だけが微細な波形になっており、見つめ続けると視線が引き裂かれるように感じるという怪奇譚が語られた[17]。
数値面の伝承では、出没時刻がやけに具体化される傾向がある。たとえば「午前0時から0時37分まで」「雨音が1分あたり22回以上のとき」といった“測定っぽい”条件が挙げられ、噂が現実味を増したとされる[18]。なお、これらの条件は統一されないため、全国に広まったブームの過程で各地のローカル観測が混ざった可能性があると指摘される。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法は、花束に触れる前に「名前を呼ばない」ことが原則とされる。都市伝説としては典型的に聞こえるが、「“誰に向けた花か”を確定させないことで憎悪が増幅しない」と言われている[19]。
次に勧められるのは、花束を見つけてもビニール袋で二重に包み、袋を結ぶ回数は“七回”に統一するという手順である。言い伝えでは、八回目で色が白に戻り、九回目で逆に黒くなるとされる[20]。この回数ルールは学校の怪談として再編集された結果だと考えられ、「理科室の廃試薬棚で七回結ぶと安全」といった怪談が付け加わったという噂もある[21]。
最後に、最も多いのは「その場で花束を撮影しない」という注意喚起である。噂によれば、写真には花束の“中心”だけが写らず、その中心に人の口が生えるように見える、と語られている。実際には現像の癖と説明できそうだが、目撃談は“撮影した人だけが翌日怒りっぽくなる”方向で語られることが多い[22]。
社会的影響[編集]
事件にまつわる恐怖は一過性で終わらず、日常の言葉遣いへ波及したとされる。たとえば通勤路で花束が置かれると噂された時期、駅員がアナウンスで「見かけても受け取らないでください」と繰り返したという話があり、言葉のトーンが“丁寧から硬い敬語へ”変わった地域もあったと語られた[23]。
また、職場や学校では、いわゆる“贈り物”の定義が厳格になったとされる。噂が強まった年には、無記名の差し入れを禁止する校則がの複数校で導入されたという[24]。このとき、花束事件は「心の安全衛生」キャンペーンの比喩として利用されたとも言われる。
一方で、ブームが過熱すると、逆に疑心暗鬼が増す弊害も語られた。憎悪と醜悪の花束が“誰かの仕業”に見えてしまい、地域の対立が煽られる、と批判された時期があったとされる。噂の中では、花束を見つけた者が他者を責め始めるために、恐怖が社会へ感染したのではないかという見立てもある[25]。
文化・メディアでの扱い[編集]
は、ホラー作品では「視聴者の感情に手を伸ばす怪談」として扱われることが多い。テレビの深夜特番では、花束のCG表現が議論になり、「花びらが“正確に不気味な形”をしている」と専門家がコメントしたとされる[26]。
一方で、インターネット文化では、事件名がコピペ化され「怒っている人に花を渡すと固定される」という短文テンプレが流通した。これにより都市伝説は“恐怖の話”から“行動のジョーク”へも転用され、学校の怪談として定着したという経緯があるとされる[27]。
映画化の企画では、主人公が毎回午前0時37分に駅へ向かう構成が検討されたと噂されるが、脚本段階で「0時37分が観測地により変化する」問題が浮上し、公開は見送られたとされる。なお、ここにもやけに細かい数字が持ち込まれる癖があり、ファンは“数字の統一ができない怪異ほど本物だ”と語り合ったという[28]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
脚注は存在しない体裁だが、以下の参考文献が参照された可能性があるものとして列挙する。
[1] 佐伯ユキオ「駅前で見つかる花束:怒りの変調と都市伝説」『怪談研究季報』第12巻第3号, pp.45-61, 2001. [2] 田丸綾子「“憎悪は香りではない”説の再検討」『感情工学ノート』Vol.9, pp.101-118, 2007. [3] 林昌介「マスメディアにおける“怪談の整形”——憎悪と醜悪の花束事件」『メディア怪異学会誌』第4巻第1号, pp.12-27, 2010. [4] 渡辺精一郎「妖怪の機能モデル:視覚・色・記憶」『民俗科学』第18巻第2号, pp.77-95, 1998. [5] 片岡正典「足立区夜間花材販売の広告写しについて」『地方紙資料集成』第6号, pp.33-39, 1983. [6] 町田ミナ「葛飾花材の系譜と“箱”の習慣」『日本近郊商店史研究』pp.201-219, 1991. [7] 鈴木ハル「“梅雨の午前2時すぎ”の伝承—聞き取りの統計」『口承文芸の調査法』第2巻第4号, pp.5-24, 2004. [8] O’Rourke, Liam「Digital Reposts and the Violence Lexicon in Japanese Urban Legends」『Journal of Internet Folklore』Vol.3, No.2, pp.210-234, 2012. [9] 警視庁生活安全情報連絡会(仮称)『夜間通報の傾向分析(試案)』pp.1-52, 1997. [10] 山脇慎「欠落議事録から読む都市伝説の制度化」『行政と怪異』第7巻第1号, pp.60-82, 2015. [11] 近藤典子「当事者の躊躇が消える夜:心理の語り」『臨床語彙と怪談』Vol.11, pp.88-103, 2009. [12] Nguyen, Thanh「Blur Artifacts as Supernatural Evidence」『Imaging Myths Review』Vol.5, pp.55-70, 2016. [13] 伊集院カズ「色の開始点:黒紫化と憎悪の伝播」『色彩民俗学』第1巻第1号, pp.1-19, 2018. [14] 高橋ユウ「川崎路地に現れた“鍵束”の系譜」『神出鬼没録』pp.140-156, 2006. [15] Patel, Rina「Paper Bundles that Rewrite Speech」『Comparative Urban Hauntings』Vol.2, Issue 4, pp.300-322, 2013. [16] 西原晃「茎が短すぎる花の描写—視覚ディテールの機能」『ホラー造形論』第9巻第2号, pp.25-46, 2005. [17] グレゴリー・アール「The Ugly-Edge Motif in Japanese Ghost Narratives」『International Folklore Aesthetics』Vol.8, No.1, pp.77-99, 2011. [18] 田中宗介「観測条件の数値化と信憑性」『都市伝説の統計文学』pp.12-34, 2020. [19] 吉田文人「“名前を呼ばない”儀礼の言語学的効用」『言葉のまじない学』第3巻第3号, pp.140-159, 2008. [20] 森田真奈「結び回数の神話:七・八・九」『民俗数学と怪談』Vol.6, pp.210-228, 2014. [21] 本多翠「理科室の廃試薬棚における再現」『学校の怪談録』第5巻, pp.90-107, 1999. [22] 李承佑「撮影拒否が生む共同体の統制」『視線と恐怖の社会学』pp.60-83, 2017. [23] 渡邉拓馬「駅員アナウンスと“硬い敬語”の連鎖」『地域行動の変容』第10巻第2号, pp.41-58, 2003. [24] 山本リエ「無記名差し入れ禁止の導入事例」『学校安全施策の実務』第2巻第1号, pp.101-119, 2002. [25] Carter, June「Suspicion Contagion in Online and Offline Urban Legends」『Social Panic Quarterly』Vol.1, No.3, pp.12-29, 2011. [26] 笠井大地「CG花びらの“不気味さ”を測る試み」『映像恐怖工房』第13号, pp.70-88, 2019. [27] 佐野まどか「テンプレ化する怪談—行動ジョークとしての“花束事件”」『ネット怪談の変容』Vol.4, pp.150-171, 2021. [28] Matsuura, Keiko「Why Numerical Motifs Fail in Adaptation」『Screenwriting and Hauntings』Vol.6, pp.300-317, 2018(書名が原題と誤記されているとの指摘がある)。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯ユキオ『駅前で見つかる花束:怒りの変調と都市伝説』『怪談研究季報』第12巻第3号, pp.45-61, 2001.
- ^ 田丸綾子『“憎悪は香りではない”説の再検討』『感情工学ノート』Vol.9, pp.101-118, 2007.
- ^ 林昌介『マスメディアにおける“怪談の整形”——憎悪と醜悪の花束事件』『メディア怪異学会誌』第4巻第1号, pp.12-27, 2010.
- ^ 渡辺精一郎『妖怪の機能モデル:視覚・色・記憶』『民俗科学』第18巻第2号, pp.77-95, 1998.
- ^ 片岡正典『足立区夜間花材販売の広告写しについて』『地方紙資料集成』第6号, pp.33-39, 1983.
- ^ Nguyen, Thanh『Blur Artifacts as Supernatural Evidence』『Imaging Myths Review』Vol.5, pp.55-70, 2016.
- ^ 森田真奈『結び回数の神話:七・八・九』『民俗数学と怪談』Vol.6, pp.210-228, 2014.
- ^ Carter, June『Suspicion Contagion in Online and Offline Urban Legends』『Social Panic Quarterly』Vol.1, No.3, pp.12-29, 2011.
- ^ Matsuura, Keiko『Why Numerical Motifs Fail in Adaptation』『Screenwriting and Hauntings』Vol.6, pp.300-317, 2018.
- ^ 警視庁生活安全情報連絡会(仮称)『夜間通報の傾向分析(試案)』pp.1-52, 1997.
外部リンク
- 怪談アーカイブ『夜0時台の花束』
- 都市伝説データベース『色と憎悪の相関』
- 学校の怪談研究会『理科室・七回結びの記録』
- 掲示板復刻サイト『午前0時37分のログ』
- 映像怖談工房『CG花びらの比較画像』