手回し式ニュースブレイカー
| 名称 | 手回し式ニュースブレイカー |
|---|---|
| 分類 | 手動制御式通信遮断装置 |
| 初出 | 1921年頃 |
| 発明者 | 渡辺精一郎 |
| 主用途 | 速報の抑制、見出し整理、誤報の一時停止 |
| 主要導入先 | 新聞社、放送局、官庁広報室 |
| 動力 | 人力 |
| 現存数 | 公的確認例 14台 |
| 備考 | 一部機種は豆電球とラッパを併用する |
手回し式ニュースブレイカー(てまわししきにゅーすぶれいかー、英: Hand-Crank News Breaker)は、手動のクランク操作によって速報信号を断続的に生成し、印刷所・放送局・役所の「過剰な速報」を物理的に中断するための装置である[1]。20世紀初頭ので生まれたとされ、のちにの前身施設や地方紙の通信部で広く用いられたとする説が有力である[2]。
概要[編集]
手回し式ニュースブレイカーは、速報や号外の発行前に、一定時間だけニュース伝達を「割る」ことを目的として設計された装置である。内部の歯車と真鍮製の遮断板が連動し、クランクを1回転させるごとに通信回線のリズムを崩す構造になっていた。
本来は誤報防止のための補助機器であったが、実際には編集会議の結論を先延ばしにする「便利な言い訳」として重宝された。特に初期の新聞社では、深夜の特報を止める役目が強く、各社の整理部に1台ずつ置かれたとされる[3]。
歴史[編集]
成立[編集]
起源は、の印刷機修理工・渡辺精一郎が、株価急変時の号外乱発に頭を抱えた整理部から相談を受けたことにある。渡辺は、手回し式のロール印字機を逆転利用し、「押せば出る」なら「回せば止まる」という単純な発想で最初期試作機を作ったとされる[4]。
最初の試作機は高さ82cm、重さ19.4kgで、真鍮のハンドルがやけに長く、1分間に17回転以上させると内部のバネが「咳をする」ような音を立てたという。これを聞いた記者たちが「今はニュースが息切れしている」と表現したことから、ニュースブレイカーの名が定着した。
普及[編集]
にはのにあった通信社連絡所へ導入され、翌年には、、の地方紙三社で同型機が採用された。普及の決め手は、機械としての実用性よりも「クランクを回す姿が忙しく見える」ためであるという指摘がある[5]。
の前身部局では、午前6時のラジオ便りに誤って戦勝気分の原稿が混入した事件を受け、アナウンス卓の横に設置したとされる。なお、この時期の導入台数は全国で推定43台であるが、帳簿上は29台しか確認できず、残りは「社長室の扇風機として転用された」と説明された。
衰退と再評価[編集]
に自動テレタイプとワープロ式原稿整理機が普及すると、ニュースブレイカーは急速に姿を消した。ただし一部の編集部では、電源断時の非常用機材として保管され、災害報道の際に「いったん回してから考える」儀式が残ったとされる。
、の古書店倉庫から状態の良い1台が発見され、の資料登録候補となった。以後、報道倫理と機械工学の接点を示す資料として再評価が進み、2020年代には「アナログなファクトチェック装置」として講演会で紹介されることがある。
構造と機能[編集]
装置は主に、クランク、遮断板、符号針、注意ベル、そして「まだ早い」と刻印された表示窓から構成される。クランクを回すと内部の符号針が秒から秒の範囲で揺れ、原稿束に貼られたタグの色を赤から灰色へ変化させる仕組みであった。
また、上級機では回転数に応じてラッパ音が変化し、回転で「保留」、回転で「差し戻し」、回転で「本日の会見は終了」と鳴るよう調整されたという。もっとも、実際には音量の違いよりも、回す担当者の肩の疲労が意思決定に影響したとされる[6]。
社会的影響[編集]
手回し式ニュースブレイカーは、速報競争の過熱を和らげる一方で、編集責任の所在を曖昧にした。特に地方紙では、誤報の責任を「装置が重かったため」と説明する慣行が生まれ、これが後年の社内稟議文化に影響したと指摘されている。
一方で、官庁の広報室では、記者会見前にブレイカーを回して沈黙の時間を作ることで、質問の尖り具合を調整する運用が行われた。内閣情報局の外郭組織とされるでは、会議冒頭に必ず3分間の試運転を行い、クランク音の大きさで案件の難易度を測定したという。
批判と論争[編集]
批判の多くは、装置が「速報を止める」のではなく「責任の先送りを可視化している」だけではないか、という点に向けられた。とりわけの論説欄では、ブレイカー導入後に「原稿は減ったが言い訳は増えた」と皮肉られ、社内で小さな論争を呼んだ。
また、渡辺精一郎の実在自体については、同姓同名の工場技師が複数いたため混乱が生じた。2011年にで発見された家族写真には、問題の機械を前にした人物が写っていたが、帽子の角度のせいで本人確認が難しく、現在も要出典とされることがある。
派生型[編集]
港湾式[編集]
港湾での荷役ニュースを止めるために改造されたは、ハンドルが防錆処理された鉄製で、潮風の強い日は回転が軽くなるという奇妙な特性を持った。の通関広報係では、台風時の臨時会見にのみ使用された記録がある。
教育機関向け[編集]
系の新聞研究室では、学生が提出した未検証レポートを一時停止するため、卓上型の小型版が採用された。こちらはクランクを3回回すと「再調査」、7回で「脚注不足」、11回で「教授回覧」と表示される仕様で、のちにゼミ文化の原型になったとする説まである。
遺産[編集]
現代では、手回し式ニュースブレイカーは報道史資料として扱われるほか、危機管理研修の比喩としても用いられている。実際の機械はほとんど残っていないが、の旧地方紙社屋から見つかった個体は、現在も毎月第2火曜に職員が軽くクランクを回し、紙面会議の空気を整えるために使われているという。
そのため、ニュースブレイカーは単なる通信機器ではなく、「急ぎすぎる社会に対する手動ブレーキ」として記憶されている。なお、に刊行された機械史概説では、これを「日本近代メディアが生んだ最も無駄に立派な抵抗装置」と評している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『速報遮断装置考』東京通信機械出版, 1926年.
- ^ 佐伯和夫『近代新聞社における手動保留機構』報道工学会誌 Vol.3, No.2, pp. 41-58, 1931.
- ^ Margaret A. Thornton, "Manual Interruption Devices in East Asian Newsrooms", Journal of Media Mechanics Vol.12, No.4, pp. 201-219, 1978.
- ^ 中村義雄『号外文化と編集室の疲労』日本マスメディア史研究所, 1954年.
- ^ H. L. Brenner, "Crank-Based Delay Systems and Editorial Ethics", Press History Quarterly Vol.7, No.1, pp. 9-27, 1962.
- ^ 小松原千鶴『東京における通信遮断器の系譜』日本機械史叢書, 1998年.
- ^ Aiko Stern, "The Hand-Crank News Breaker and the Politics of Waiting", Transnational Press Studies Vol.19, No.3, pp. 88-115, 2009.
- ^ 藤井健太郎『クランクを回すと会議が静かになる理由』文化出版局, 2014年.
- ^ 山岸修『日本放送史の周辺機器』放送資料協会, 1987年.
- ^ 渡辺精一郎・監修『手回し式ニュースブレイカー図録』神田機械目録社, 1938年.
外部リンク
- 日本ニュースブレイカー保存会
- 近代報道機械アーカイブ
- 東京手動編集工学研究所
- 神田古機具資料室
- 臨時報道整理会 史料閲覧室