指の夢
| 名称 | 指の夢 |
|---|---|
| 別名 | 指夢、指見(ゆびみ) |
| 分野 | 民俗心理学・睡眠記録学・手相補助論 |
| 起源 | 1928年頃の東京市下谷区 |
| 提唱者 | 北沢 俊雄、三好 里枝 |
| 主な使用地域 | 関東地方、のちに北海道南部 |
| 記録媒体 | 指帳、硝酸紙カード、夜間筆記輪 |
| 衰退 | 1980年代後半の睡眠科学普及以降 |
指の夢(ゆびのゆめ)は、の関節運動を睡眠中の反射として記録・解釈する、発祥の民俗心理学的概念である。特に後期のとの一部で、夢見の整合性を判定するための私的な習俗として広く知られていた[1]。
概要[編集]
指の夢とは、睡眠中に見た夢を内容ではなく、起床直後のの状態によって分類するという独特の考え方である。一般には、右手の親指が最初にこわばる夢は「招待夢」、小指が外側へ反る夢は「延期夢」とされ、日記形式で記録された。
この概念はの印刷工や帳場勤めの女性たちのあいだで自然発生したとされるが、後年の研究では、後の不眠症対策として半ば意図的に整備された可能性が指摘されている。なお、初期の資料では「夢の内容は忘れても指は覚える」とされ、やけに断言調であった[2]。
歴史[編集]
起源[編集]
最初期の記録は、下谷区の鶯谷近くにあった整体院「北沢整圧所」の帳面に見える。施術者の北沢俊雄は、患者が「夢を見たはずなのに、朝になると右人さし指だけが重い」と訴える事例が続いたため、指の角度と夢の種類に相関があると仮定した。
同年秋、看護補助として雇われていた三好里枝が、夜勤明けの同僚42人に対して独自の聞き取りを行い、に指型の輪郭を写し取った。この作業はのちに「夜間筆記輪」と呼ばれたが、実際には輪ではなく木製の枠であったとされる。
流行と制度化[編集]
には、浅草の文具商・丸山清一が「指帳」を商品化し、指の曲がり具合を0度から17度まで記入できる罫線入りノートを発売した。発売初月の売上は1,260冊で、うち約3割がの出版社に買い占められたという。
、(後のとは無関係)が『指見式夢判定法暫定基準』を刊行し、指の節ごとに「進行」「停滞」「反復」の3分類を設けた。これにより、家庭内の夢の会話が急激に長文化したとされる。
衰退[編集]
戦後は一時的に下火となったが、の『婦人と生活』誌上で「朝、親指を揉めば昨夜の夢が戻る」と紹介され、再び中年層に広まった。しかし後半、の睡眠研究班が、夢の想起と指のこわばりには有意な差がないとする報告を出し、学術的権威は失われた。
ただし、地方の趣味研究会ではなお細々と続いており、南部の一部では今も「第三関節が鳴る夢は天候が崩れる前兆」と信じる人がいるという[3]。
分類法[編集]
指の夢では、夢そのものを語るのではなく、起床時に残る指の挙動で夢を読む。最も有名なのは「親指夢」「人さし指夢」「中指夢」「薬指夢」「小指夢」の五分類であり、それぞれ対人関係、決断、誤解、金銭、延期を示すとされた。
また、指の向きだけでなく、爪の月牙の白さ、利き手との差分、寝返り後の温度変化まで記録する流派があった。三好里枝派では、右手を「外界」、左手を「未提出の記憶」とみなし、夢の内容よりも翌朝の握力が重要視された。
主な実践者[編集]
この習俗の普及に関わった人物としては、北沢俊雄のほか、の貸し文具店主・松浦トキ、の女学校教諭・小泉澄子が知られている。松浦は指帳の普及により、店の売上が月平均で18%増えたと記したが、のちに同じ帳面に天気図も書き込んでいたことが判明している。
小泉は1936年から生徒に「朝の指口述」を課し、5分以内に起床直後の指の癖を3行で説明できない者には再記録を命じた。この教育法は「実用的すぎる」として、当時の保護者から賛否が分かれた。
社会的影響[編集]
指の夢は、単なる迷信にとどまらず、労務管理や恋愛相談にも流用された。昭和30年代の一部の工場では、夜勤明けの作業員に「小指が寝た者は休憩延長」とする内規があり、欠勤率が5.8%から4.1%に下がったとされる。
一方で、結婚相談所が「親指夢が多い者は家庭運が安定する」として会員カードに記載欄を設けたため、個人情報の扱いをめぐる小さな問題も起きた。なお、のある新聞投書では、「夢まで指先で査定されるのは行き過ぎである」との苦情が掲載されている。
批判と論争[編集]
批判は主として者と医から出された。前者は「夢の想起を末梢神経に帰すのは飛躍である」とし、後者は「朝のこわばりは寝具の問題である」と説明したが、愛好家の側は「指は嘘をつかない」と応じた。
また、にの学生サークルが実験を行い、被験者92人中31人に「中指夢」が出たと発表したが、実験担当者が途中で枕を交換していたことが後日判明し、再現性の議論を呼んだ。もっとも、これをもって全否定には至らず、むしろ「枕にも思想がある」とする奇妙な派生説を生んだ。
現在の扱い[編集]
現在、指の夢は主として、、および昭和期の生活文化を扱う展示で紹介される。の小さな資料館では、復元された指帳と夜間筆記輪が年に3回公開され、来館者の8割が「想像よりずっと真面目だった」と感想を残す。
インターネット上では、指の夢を「朝にスマートフォンを持った時の指の反応を観察する現代版占い」として再解釈する動きもある。ただし、正統派の研究者はこれを「画面依存の俗説」として退けている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
期の流行文化
脚注
- ^ 北沢俊雄『指見式夢判定法暫定基準』日本睡夢協会出版部, 1937.
- ^ 三好里枝『夜間筆記輪と指の記憶』銀河書房, 1941.
- ^ 丸山清一「指帳販売の実際」『文具と生活』Vol. 12, No. 4, 1934, pp. 18-27.
- ^ 小泉澄子「朝の握力と夢口述の相関」『横浜女子教育研究紀要』第8巻第2号, 1938, pp. 41-56.
- ^ 田所進一『睡夢と末梢反射の昭和史』東都文化社, 1968.
- ^ Margaret L. Thornton, "Manual Dreams and Peripheral Narrative", Journal of Imaginary Somatics, Vol. 7, No. 1, 1974, pp. 3-19.
- ^ 佐伯一郎『指と無意識――家庭記録学入門』青木新書, 1979.
- ^ 国立精神・神経センター睡眠研究班「起床時こわばりと夢想起の関連」『睡眠科学報告』第14巻第3号, 1989, pp. 201-219.
- ^ 井上健二『枕はなぜ語るのか』みすず風出版, 1992.
- ^ A. C. Holloway, "The Five-Finger Taxonomy of Dreams" in Proceedings of the Kyoto Colloquium on Folk Sleep, 1981, pp. 88-104.
外部リンク
- 日本指夢学会
- 川崎市生活民俗資料室
- 昭和夢記録アーカイブ
- 夜間筆記輪保存会
- 関東睡眠文化研究所