掴みのマツ
| 氏名 | 掴みのマツ |
|---|---|
| ふりがな | つかみのまつ |
| 生年月日 | 1887年4月17日 |
| 出生地 | 大阪府堺市浜寺町 |
| 没年月日 | 1954年11月2日 |
| 国籍 | 日本 |
| 職業 | 話術家、寄席演出家、口上研究者 |
| 活動期間 | 1910年 - 1953年 |
| 主な業績 | 「三呼吸つかみ法」の確立、初見客向け導入句の標準化 |
| 受賞歴 | 演芸文化功労章、関西口演連盟特別賞 |
掴みのマツ(つかみのまつ、 - )は、の話術家、即興演出家。寄席における「開口一番の一瞬で客席を掌握する技法」の体系化者として広く知られる[1]。
概要[編集]
掴みのマツは、末期から中期にかけて活動したの話術家である。寄席、演説会、地方巡業、さらには商店街の売り出し口上までを横断し、冒頭の数秒で聴衆の注意を集める手法を「掴み」として定式化した人物として知られる[1]。
その芸名は本名のに由来するとされるが、本人は生前「マツは名前ではなく、客の心をつまむための道具である」と語ったと伝えられている[2]。ただし、この言葉は後年の弟子筋が作った台詞である可能性も指摘されている[要出典]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
、の堺沿岸部に生まれる。父は問屋、母は貸本屋の手伝いであったとされ、幼少期から荷車の呼び込みや船着き場の口上を聞いて育った[3]。8歳の頃には、魚市場で「声だけで鰯を二倍高く売る子」として近隣に知られたという逸話が残る。
また、地元の寺で行われたの余興に毎回入り込み、僧侶の説法を途中で引き継ぐ癖があったとされる。これが後の「掴みの技術」の原型になったとする説が有力である。
青年期[編集]
にへ出て、船場の呉服商で見習い奉公をしたのち、偶然知り合った寄席芸人のに弟子入りしたとされる[4]。もっとも、柳枝の系譜には同名の人物が複数いるため、誰に師事したのかは研究者の間でも揺れがある。
にはで開かれた口演会で、開演前のわずか23秒の前口上のみで入場者を満席にしたことから、関係者の間で「つかみの男」と呼ばれるようになった。このとき彼が用いた言い回しは「今日は結論から申し上げます」であったと伝えられるが、当時としてはあまりに早すぎるため、聴衆の半数は何の結論か理解しなかったという。
活動期[編集]
頃から、とを往復しながら、演説術の改良に取り組んだ。彼はの寄席で「三呼吸つかみ法」を披露し、最初の呼吸で沈黙、二回目で視線固定、三回目で固有名詞を置くことで客席の注意を最大化する技法を確立したとされる[5]。
の後には、被災地の慰問巡業に参加し、避難所での短時間公演に適した「二拍おち口上」を考案した。これは、笑いの直後に間を入れ、その間に水を配るという実用的な形式で、のちに炊き出し広報にも転用された。
には文化面で連載を持ち、「導入句は短く、比喩は濃く、固有名詞は古く」を標語として広めた。なお、彼の連載には毎回、見出しと本文の間に不自然な空白があり、編集部が意図的に「間」を再現したものだとする説がある。
晩年と死去[編集]
はのラジオ口演指導にも関わり、放送開始から9秒以内に聴取者を引き止めるための「冒頭定型文」を提案した[6]。ただし、彼の案はやや長く、実際の放送では「ここで少し驚いていただきたい」といった謎の一文のみ採用されたとされる。
11月2日、芦屋市の別宅で死去。享年67。死因は心臓発作とされるが、最期まで「まだ客が掴めていない」と口にしていたため、弟子たちの間では「未完の掴み」を象徴する死として語り継がれた。葬儀では参列者が無意識に前のめりになったため、焼香の列が通常より17分早く進んだという。
人物[編集]
掴みのマツは、温厚でありながら、初対面の相手にだけ妙に厳しいことで知られた。本人によれば「一番信用できぬのは、最初から笑う者である」とのことで、講演会では入場直後の笑いをあえて禁じることが多かったという。
服装は地味で、夏でも羽織を脱がなかったとされるが、これは袖口から自作のカンペを出し入れするためであったという説がある。実際、での公演時には、右袖に11枚、左袖に14枚の短冊を隠していたという記録が残る[要出典]。
逸話として有名なのは、の商店街で雨天決行の売り出し口上を任された際、冒頭の一言「傘を買う前に、まず聞いてください」で客の足を止め、その場で傘の売上を前年同日比31%増にした話である。本人はこれを「天気を見ずに気分を読む」技術と呼んだ。
業績・作品[編集]
掴みのマツの業績は、芸としての話術にとどまらず、広告、教育、放送の分野に及ぶ。もっとも有名なのは『』で、に私家版として刊行された、全84頁の薄い冊子である[7]。ここでは、冒頭で相手の肩書きを一度だけ言い直す、質問の前に固有名詞を置く、数字は奇数に寄せる、などの細則が体系化されている。
また、彼は『』、『』、『』などを提唱した。特に『逆比喩口上』は、たとえば「この煎餅は岩より静かである」のように、意味より先に映像を押し出す手法で、戦前の百貨店の催事場でよく用いられたという。
なお、にはの依頼で、検閲下でも内容を損なわない「安全な掴み文例」36種を提出したとされるが、現存する写しはなぜかほとんどが商店街向けである。彼の最晩年の録音は、現在でもで断片的に保存されているとされる。
後世の評価[編集]
戦後の演芸研究では、掴みのマツは「話芸の技術者」として再評価された。の報告書は、彼の方法を「内容以前に聴衆との距離を測る稀有な体系」と評している[8]。一方で、彼の手法はあまりにも実務的であるため、純粋芸術としては扱いにくいとの批判もある。
になると、営業研修や放送台本の分野で再び引用され、特に関西圏の百貨店では「掴みのマツ式冒頭チェック」が配布されたという。もっとも、そのチェック表には「開始15秒以内に笑わせる」といった過剰な項目があり、現場では「マツの呪い」と呼ばれた。
現在では、内の一部資料館や地域史展で取り上げられるほか、毎年11月には「前口上の日」イベントが行われている。来場者の入場を止めるために、あえて受付で2分待たせる演出が恒例となっている。
系譜・家族[編集]
父・は灯油商、母・は貸本屋の補助をしていたとされる。兄に、妹にがいたと伝えられ、妹のふさは後年、彼の口上カードを毛糸で束ねて保管したことで知られる。
配偶者はで、に結婚したとされる。長男のは演劇照明の仕事に就き、次男のは戦後のラジオ局で案内係を務めた。孫の代に至っては、家業よりも「家族全員が最初の一言だけやたら上手い」と評されるようになったという。
なお、弟子筋には、、などの芸名があり、彼らの一部は実在の演芸記録に断片的に現れるが、誰が正式な門下であったかは今なお整理されていない。
脚注[編集]
[1] 口上研究史の整理は後年の編纂による部分が多い。 [2] 伝記資料『掴みのマツ遺聞』では別の表現になっている。 [3] 堺市周辺の聞き書き資料に依拠する。 [4] 柳枝門下の名簿は散逸している。 [5] ただし、同法の初出は別の芸人にあるとする異説もある。 [6] 放送台本は一部しか残っていない。 [7] 私家版のため現存数は少ない。 [8] 報告書本文では「過剰に実務的」とも評されている。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯直人『掴みのマツと近代口上史』関西芸能出版社, 1978, pp. 41-88.
- ^ M. Tanaka, "Opening Lines and Audience Capture in Prewar Japan," Journal of Performance Studies, Vol. 12, No. 3, 1986, pp. 203-219.
- ^ 平井和子『寄席前口上の技法』東京演芸学会出版局, 1991, pp. 9-63.
- ^ Edward J. Kline, "The Three-Breath Method in Japanese Oratory," Asian Folklore Review, Vol. 7, No. 1, 1994, pp. 55-71.
- ^ 堺市史編集委員会『堺の商いと言葉』堺市教育委員会, 2002, pp. 114-132.
- ^ 森田修一『放送開始九秒前の文学』放送文化社, 2008, pp. 17-49.
- ^ Lydia H. Cormack, "Commercial Speech and the Ethics of Initial Attention," Oxford Papers on Rhetoric, Vol. 19, No. 4, 2011, pp. 311-338.
- ^ 上方演芸研究会『戦後演芸資料集 第4巻』上方文庫, 1958, pp. 1-26.
- ^ 大和田俊『マツ式導入句の美学とその失敗』芸能評論社, 2015, pp. 72-101.
- ^ Marvin S. Bell, "When the Audience Leans Forward: A Microhistory," Proceedings of the International Society of Comic Arts, Vol. 3, No. 2, 2019, pp. 88-96.
- ^ 鈴木一真『掴みのマツ口演全集』関西口演資料社, 2021, pp. 5-58.
- ^ Noriko S. Arai, "The Curious Case of Matsu Tsukami's Unfinished Grip," Kyoto Studies in Popular Culture, Vol. 2, No. 5, 2023, pp. 1-19.
外部リンク
- 堺口上アーカイブ
- 関西演芸デジタル年報
- 前口上研究センター
- 国立口演資料室
- 昭和話術史ミュージアム