搾乳カフェ
| 名称 | 搾乳カフェ |
|---|---|
| 英語 | Milking Cafe |
| 起源 | 1988年ごろ |
| 発祥地 | 東京都渋谷区神南 |
| 業態 | 体験型飲食施設 |
| 主な提供物 | 温乳飲料、発酵乳、乳脂菓子 |
| 流行期 | 1991年-1997年 |
| 関連制度 | 都市酪農促進特区 |
| 代表的運営母体 | 日本都市酪農協会 |
| 特徴 | 搾乳体験を伴う飲食サービス |
搾乳カフェ(さくにゅうカフェ、英: Milking Cafe)は、を中心に広まったとされる、来店客が乳牛の飼育設備を模した空間で自動搾乳体験を行い、その場で温乳飲料を味わうことを売りにした業態である[1]。末期の都市牧場ブームと期の「体験型消費」の流れの中で成立したとされる[2]。
概要[編集]
搾乳カフェは、客がに腰掛け、を模した搾乳ブースで短時間の体験を行い、その後に前後に保たれた温乳を飲む施設を指すとされる。一般的なと異なり、注文よりも「搾る所作」が中心に置かれる点に特徴がある。
一方で、初期の施設では本物の乳牛を用いた店舗と、ゴム製模型と送乳管だけで構成された簡易店が混在していたため、当時の新聞には「衛生上の新業態」から「酪農のテーマパーク」まで呼称が揺れていた。なお、の内部資料に「店舗側の乳量管理に対する指導要領が未整備」と記されていたとする証言がある[要出典]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源はにで開かれた「国際都市畜産見本市」の会場内ブースに求められることが多い。ここでの若手職員だったが、来場者に酪農の手触りを伝えるため、搾乳作業を簡略化した体験装置を試作したのが始まりとされる。
当初は飲食店ではなく、試食を伴う教育展示であった。しかし、見学者の回転率を上げるために、渋谷の雑居ビル1階に試験店舗が設けられ、これが「都市生活者が乳の生成過程に参加する場」として雑誌『月刊ミルク産業』で取り上げられたことで、一気に広まったとされる。
流行期[編集]
からにかけては、内だけで42店舗、全国では推計183店舗が開業したという。特にの高層地下街にあった「ミルク・アンド・ノイズ」は、深夜2時まで営業し、仕事帰りの会社員が搾乳後にを飲む店として知られていた。
また、の店舗では、店内BGMにではなく搾乳機の駆動音をリズム化した「MU-04」が採用され、若者の間で「機械の呼吸が落ち着く」と評判になった。もっとも、来店者が増えるほど乳量の供給が追いつかず、週末には予約制に移行せざるを得なかった。
衰退と再評価[編集]
のと、都市部での生体動物展示に対する批判の高まりにより、搾乳カフェは急速に減少した。とくにの店舗で発生した「低温殺菌表示の誤認」が報道され、業界全体の信頼が大きく損なわれたとされる。
ただし、2000年代後半になると、体験型観光やの文脈で再評価が進み、やでは、観光牧場に併設された小規模店舗が「搾乳カフェ・リバイバル」と呼ばれた。復活版は本物の乳牛を用いず、搾乳レバーと可変圧ポンプを使う半機械式が主流であった。
店舗形態[編集]
搾乳カフェには大きく分けて、実牛型、半機械型、完全模型型の三類型があった。実牛型はやの郊外に多く、庭先放牧に近い空間が再現された一方、完全模型型はの若年層向け店舗に集中し、泡立てた乳飲料にを振るなど、半ばスイーツ店化していた。
また、注文方法にも特徴があり、客は「一搾り」「二搾り」「特盛」を選択し、搾乳量に応じて割引が発生する独自のポイント制度が採用されていた。中には、搾乳回数をに達すると記念の木札が授与される店舗もあり、常連客の間では「七搾りの儀」と呼ばれていた。
社会的影響[編集]
搾乳カフェは、初期の都市生活者に「生産に触れる食事」という感覚を広めた点で評価されている。特に学校教育関係者の一部は、子どもが乳製品を単なる加工食品ではなく、再現可能な行為として理解する契機になったと述べた。
一方で、酪農家の側からは「都市の娯楽として乳の苦労だけが消費される」との批判もあり、の会合では、搾乳カフェに対する名称変更案として「都市乳製供給ラウンジ」が提案されたという。もっとも、この案は長すぎるとして即日否決されたとされる。
批判と論争[編集]
最大の論争は、来店客が「乳を搾る」という行為をどこまで体験として許容できるかにあった。動物福祉団体は、都市型店舗での過密展示や照明負荷を問題視し、には役所前で「牛にも休憩を」と書かれた横断幕が掲げられた。
また、搾乳行為を演出するために店員が白衣ではなくを着用し、やや過剰な演出を行う店舗も多かったため、「衛生とコンセプトの境界が曖昧である」との指摘もあった。なお、店舗によっては搾乳前に短いのような手順が導入され、外国人観光客が「宗教施設か飲食店か判別しにくい」と困惑したという。
文化[編集]
搾乳カフェは、の雑誌文化とも結びついていた。女性誌では「白い服で行くべきカフェ」と紹介され、男性誌では「乳脂肪率で選ぶ夜食スポット」として扱われた。これにより、単なる飲食店ではなく、ライフスタイルの記号として消費された側面が強い。
また、当時のテレビ番組『』では、芸能人が搾乳量を競う企画が放送され、最高記録はでを搾り出したとされる。ただし、この記録は番組演出である可能性が高い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『都市酪農と体験消費の成立』日本経済評論社, 1996年.
- ^ 佐藤みどり『乳と都市空間: 1980年代商業文化史』青弓社, 2004年.
- ^ Harold P. Benson, "Milking Cafes and Urban Leisure," Journal of Food Studies, Vol. 12, No. 3, pp. 41-68, 2001.
- ^ 中村一成『搾乳カフェ事件簿』風媒社, 1998年.
- ^ Margaret L. Howe, "Dairy Performance in Retail Environments," Culinary Anthropology Review, Vol. 8, No. 1, pp. 115-139, 1995.
- ^ 『月刊ミルク産業』編集部『特集: 渋谷の搾乳カフェ』ミルク産業出版, 1991年11月号, pp. 22-31.
- ^ 山田静子『食の演出と都市の牧場化』岩波書店, 2007年.
- ^ Kenji Arai, "The Thermal Milk Question in Japanese Cafés," East Asian Journal of Gastronomy, Vol. 5, No. 2, pp. 9-27, 1999.
- ^ 高橋玲子『都市乳製供給ラウンジ構想の挫折』農村計画研究所, 2002年.
- ^ Philip J. Wren, "A Brief History of Mechanical Milking Lounges," London Institute of Domestic Agriculture Bulletin, Vol. 4, No. 4, pp. 201-219, 2010.
外部リンク
- 日本都市酪農協会アーカイブ
- 渋谷体験飲食史研究会
- 都市牧場文化資料室
- ミルクデザイン年鑑オンライン
- 搾乳カフェ保存委員会