超乳
| 名称 | 超乳 |
|---|---|
| 分類 | 発酵乳系機能性飲料 |
| 発祥 | 日本・近畿地方 |
| 成立 | 1968年頃 |
| 主成分 | 乳清、糖質、微量ミネラル |
| 関連機関 | 関西乳質改善研究会、中央酪農試験場 |
| 用途 | 嗜好飲料、儀礼、作業前の補給 |
| 流通 | 地域限定の予約配給制 |
| 代表的工程 | 二段攪拌、低温静置、月齢熟成 |
超乳(ちょうにゅう、英: Chōnyū)は、の一種として分類されるが、一般的なやとは製法と流通経路を異にする特殊な液状食品である。後期ので体系化されたとされ、今日ではと民俗儀礼の境界領域に位置づけられている[1]。
概要[編集]
超乳は、に由来する液体を、通常の工程とは異なる「再気泡化」と呼ばれる操作で整えたものとされる食品である。成分上はに含まれるが、実際には味よりも口当たりの持続性が重視され、飲用後に舌の上へ薄い膜が残る点が特徴である。
この食品は北部の業務用冷蔵設備の実験区画で偶発的に成立した、という説が有力である。もっとも、最初の記録はの町内会報とされており、研究者の間では「偶発発生説」と「地域儀礼説」が長く対立してきた[2]。
歴史[編集]
成立以前の背景[編集]
超乳の前史は、後半にの酪農団体が行った「冷蔵輸送中の脂肪分離対策」にさかのぼるとされる。当時のでは、の沈降を防ぐために攪拌速度を毎分3.8回転から6.2回転へ段階的に上げる試験が繰り返され、結果として「飲み終わっても減った感じがしない液体」が得られたという。なお、この現象は当初、単なる計器故障として処理された[3]。
創成期[編集]
、此花区の倉庫で行われた夜間試験において、主任技師が温度差のある乳清を2槽で循環させたところ、表面に微細な泡層が固定化したと伝えられる。渡辺はこれを「超える乳」と記したが、後にの表記へ統一された。初期製品は瓶で提供され、1本あたりの充填誤差が±9ミリリットルもあったため、購入者の間で「注ぐと増える」と評判になった[4]。
普及と制度化[編集]
にはが試飲会を開催し、との喫茶店23店が導入した。特にでは、茶碗蒸しの前に超乳を出す「前口順」が流行し、仕込みに使われたの保有数が3年で4倍になったとされる。一方では、通常の牛乳に比べ「腹持ちが長すぎる」として注意喚起文を出したが、実際には夜勤労働者からの需要が強く、注意喚起はほとんど効果を持たなかった[5]。
製法と性質[編集]
超乳の製法は、一般に「三層静置法」と呼ばれる。第一段階で後の乳清に微量のを加え、第二段階で磁器製の攪拌槽に48分間静置し、第三段階で月齢に応じた照明下で18時間熟成させる。このとき、照明の色温度がを下回ると、口当たりが「重く」、上回ると逆に「すっと抜ける」とされる。
また、超乳には「再気泡時間」という独自指標がある。これは飲用後に泡が消えるまでの時間を示し、標準品では、高級品ではが理想とされる。1970年代の業界資料では、再気泡時間が30秒を超える個体を「礼法向け」、10秒未満のものを「現場向け」と分類しており、用途によって評価が大きく異なっていた[6]。
社会的影響[編集]
超乳は一部地域で、夜間労働や長距離運転の前に配られる「準備飲料」として定着した。とくにでは、始業前に紙コップ1杯の超乳を飲むと作業ミスが2割減るという社内伝承が広まり、にはの工場で専用自販機が12台導入されたという。もっとも、のちの調査ではミス減少の主因は「飲用後に5分間だけ雑談が義務化されたため」と判明している。
また、超乳は民俗儀礼にも取り込まれ、の一部集落では婚礼の翌朝に新郎新婦へ薄めた超乳を飲ませる習慣が生まれた。これは「家の空気をやわらげる」ためと説明されたが、実際には親族間の緊張を和らげるための口実であったとする証言がある。ただし、この慣習はの衛生指導以降、急速に廃れた[7]。
批判と論争[編集]
超乳をめぐっては、発明者を誰とみなすかで長年議論があった。説のほか、の町工場主・が先に原型を作ったとする説、さらにの寺院で行われた供物調整が起源だとする説がある。特に松浦説は、彼の日記に「泡の立つ牛乳は売れる」との記述があることから支持者が多いが、その日記の紙質がの複写紙であることが判明し、評価は揺れている。
また、は超乳を「乳飲料として分類するには流動性が不安定」として正式認定を見送った。一方で、地方紙の投書欄では「飲みごたえがありながら、喉が疲れない」と擁護する声も多く、論争は品質というより生活感覚をめぐるものとなった。なお、の公開試飲会では、来場者の17%が「味がする前に懐かしい」と回答しているが、調査票の設問が不明瞭であったため信頼性は低い[8]。
現代の位置づけ[編集]
に入ると、超乳は機能性飲料やクラフト食品の文脈で再評価された。にはの食品文化研究班が「液体の記憶を残す飲料」として分析を行い、成分そのものよりも供給方法と作法が価値を形成していると結論づけた。これにより、超乳は単なる飲み物ではなく、地域の労働史を保存する媒体として扱われるようになった。
ただし、現在流通する製品の多くは、かつての超乳とは異なり、甘味を強めた復刻版である。古参の愛飲者からは「膜が薄い」「再気泡時間が足りない」といった不満がある一方、若年層にはデザート感覚で受け入れられている。2023年時点で、近畿圏の限定販売数は年間約28万本とされるが、予約帳の記録方式が店舗ごとに異なるため、実態はやや不明である。
脚注
- ^ 渡辺精一郎『超乳工学序説』関西食品研究社, 1974年.
- ^ 松浦克己『泡と乳の民俗誌』伊丹文化出版, 1981年.
- ^ 浅野瑞枝『近畿液体食品史』大阪大学出版会, 1992年, pp. 118-146.
- ^ H. Thornton, "Reaeration and Mouthfeel in Regional Dairy Drinks," Journal of Food Folklore, Vol. 12, No. 3, 2008, pp. 44-67.
- ^ 関西乳質改善研究会編『超乳試験報告書 第7号』同研究会, 1972年.
- ^ 中村理香『飲用後の静寂—超乳の感覚評価—』『食品文化研究』第18巻第2号, 2015年, pp. 9-31.
- ^ A. M. Keller, "Buffered Milk and Social Rhythm in Industrial Japan," Kyoto Sociological Review, Vol. 5, No. 1, 2011, pp. 102-119.
- ^ 『厚生省食品局通達集 昭和47年度』厚生省食品局, 1972年.
- ^ 岡田伸一『液体の記憶と地域共同体』神戸大学出版, 2019年, pp. 201-238.
- ^ L. Bernard, "On the Persistence of Foam in Super Milk," International Journal of Dairy Anomalies, Vol. 4, No. 2, 1998, pp. 1-19.
外部リンク
- 関西乳質資料館
- 超乳研究会
- 近畿食品民俗アーカイブ
- 液体食品年表データベース
- 神戸大学 食品文化研究室