新・七つの大罪
| 分類 | 倫理規範・啓発概念 |
|---|---|
| 成立時期 | ごろと推定 |
| 前提とするもの | 「七つ」を現代行動へ換骨奪胎する枠組み |
| 主な参照者 | 地域学習会、NPO、自治体の研修資料 |
| 媒体 | 講義用冊子と映像教材(非公開版を含む) |
| 発展形 | 派生改訂(新・改訂版、再編集版など) |
| 特徴 | 罪ごとの「統計的行動指標」が併記される点 |
(しん・ななつのたいざい)は、罪の体系を「現代の消費行動」に接続し直したとされる発の倫理規範である。1990年代後半から一部の地域組織や学習会で参照され、社会運動や行政資料にも断片的に引用されたとされる[1]。
概要[編集]
は、従来の宗教的な七罪の枠を、日常の購買・情報視聴・対人関係に対応させるための整理法として紹介された概念である。特に「行為」ではなく「習慣の選好」を罪の単位として扱う点が特徴とされる[2]。
成立経緯は諸説あるが、の市民講座を起点に、若手の倫理研究者と現場の社会福祉担当が共同で作成した「行動観察シート」を母体に、後年『新・七つの大罪』と呼ばれる編集が進んだとされる[3]。なお、この編集がどの団体の正式なカリキュラムに組み込まれたかについては、当時の議事録が散逸しているため要出典とされることもある[4]。
体系は七項目(大食、貪欲、怠惰、憤怒、色欲、嫉妬、傲慢)を維持しつつ、各罪に「測定しやすい行動指標」を割り当てることで、参加者が自己点検できるよう設計されたと説明されている。一例として、怠惰は「未返信率」や「予定の先延ばし日数」で評価され、嫉妬は「他者の成功事例の再視聴回数」として換算されたとされる[5]。
歴史[編集]
前史:七罪を“生活のログ”へ翻訳した試み[編集]
この概念が生まれた背景には、に広がった家庭用の家計簿ソフト、携帯電話の通話履歴、そしてレンタルビデオの視聴ログがあるとされる。研究者のは、倫理を「記憶」に頼らせず「記録」に落とすことで再現性が得られると主張し、生活データを匿名化したうえで罪の仮説検証を試みたとされる[6]。
また、の福祉現場で聞き取り調査を行っていた(当時の相談員)は、参加者が“何が悪いか”より“いつ悪いか分からない”と訴えることが多かったと回想している。そこで彼女は「罪の発生時刻帯」という観察軸を導入し、たとえば色欲を「夜間の衝動的検索(22時〜2時の累積)」として暫定化した。これが後の新体系で“行動指標が付く罪”の原型になったと推測されている[7]。
成立:1998年の“七罪整形会議”と最初の配布[編集]
、内の研修施設で「七罪整形会議」と呼ばれる非公式の検討会が開催されたと記録されている。議事録によれば、参加者は全員で17名、うち“指標担当”が9名、“映像担当”が3名、“異論吸収担当”が5名とされる[8]。この内訳の細かさは、当時の学習会が議論の落とし所を“役割分担”で確保する文化だったことを示すという指摘もある。
会議で合意された最初の配布物は、A5判の冊子「暫定版・七罪ログ」とされ、の公共図書館で、夜間講座の参加者限定に配布されたといわれる。ただし配布部数については資料により差があり、最初の年に「計3,200部」「3,100部」「3,050部」との記述が並立している[9]。この揺れは、印刷所の台帳が“裏紙”として一部処理されたためである可能性があるとされる。
以降、体系は「測れるほど道徳になる」というキャッチコピーとともに、NPOの研修に取り込まれた。特にの内部資料に“参考指標”として添付されたことで、学習会から行政寄りへと重心が移ったと推定される。ただし当該資料が公開されなかったため、どの項目が採用されたかは外部から確認しにくいとされる[10]。
拡散:学校外の“自己監督”文化への浸透[編集]
に入ると、学校の道徳授業というより、塾や市民団体の自主プログラムで参照される機会が増えたとされる。理由としては、罪を“断罪”ではなく“自己観測”に寄せた構成が、保護者や運営側に受け入れやすかった点が挙げられる[11]。
一方で、指標化が過剰に進み、七罪それぞれが独自の家計・視聴・通信データと結び付けられた結果、参加者が生活を“監視されている感覚”に耐えにくくなる事例も報告された。たとえば、貪欲の指標として「レシート枚数÷就寝までの時間(分)」が提案された回では、数値が極端に高い人が集中的に自己否定へ傾いたとされる[12]。
この反省から、後年の改訂では「自分の値を他者と比較しない」運用が強調されるようになり、現在の“新・七つの大罪”としての姿に近づいたと整理されている。ただし、比較禁止がどこまで徹底されたかは、組織ごとに運用差があったと指摘されている[13]。
体系(七罪の現代換算)[編集]
では、七罪それぞれに「換算式」または「行動指標」が添付されるとされる。形式は一定でないが、多くの資料で“罪の定義→観測窓→目安値→是正の小手当”の順で構成される点が共通している[14]。
たとえば大食は、食事そのものではなく“満腹信号の無視の反復”に重点が置かれ、「食後10分の追加摂取有無」で判定されると説明された。貪欲は金銭だけでなく“追加情報の獲得衝動”にも広げられ、スマートフォンのニュース保存数が目安として挙げられた例がある[15]。
また嫉妬は、SNSの反応数ではなく「他者の投稿を“肯定の気持ち”ではなく“代替不可能性”として再認識する回数」と定義されたとされ、再視聴の心理的理由まで問われた点が、一般向け啓発としてはやや難解だったと回想されている[16]。
社会的影響[編集]
社会への影響としては、第一に“行動指標を伴う倫理”の流行が挙げられる。以前は抽象的に語られていた道徳が、計測可能な言葉に翻訳されることで、自己改善プログラムが“コーチング商品”として流通したと指摘されている[17]。
第二に、自治体や企業研修への間接的波及が見られた。たとえばの一部の職員研修では、身だしなみや勤怠の指導に至る前段として「傲慢の発生を抑える呼吸時間」なる小項目が、別資料からの転記として混入したとされる[18]。この点は、当該研修が“道徳の授業”ではなく“ストレス管理”として設計されていたため、七罪が表に出ない形で機能したことを示すという。
第三に、倫理の担い手が宗教機関から民間へ移ったように見えた点がある。もっとも、宗教団体側は「罪の換算が宗教的意味を摩耗させる」との批判を持ち、協働は限定的だったとされる[19]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、七罪が“指標化”されることで人間の多様な事情が単純化される点にある。たとえば怠惰の指標を「締切までの平均遅延日数」とした場合、介護や病気などの構造要因が見えなくなる。実際にの学習会で「計測が先にあり、配慮が後から来た」との苦情が寄せられたと報じられている[20]。
また、指標の数字の細かさが逆に“恐怖の数式化”を招いたという指摘もある。傲慢を「会話の割り込み回数÷相談後の相槌間隔(秒)」で測ろうとした回では、相槌間隔が0.7秒未満の人が“傲慢側”に分類される仕様だったとされ、参加者が笑いながらも戸惑ったと記録されている[21]。この仕様はのちに変更されたが、変更履歴の出どころは不明である。
さらに、編集の経緯に関しては“誰がタイトルを付けたのか”が争点となった。初期配布物の表紙に「新・七つの大罪(試作)」と記されたという証言と、「暫定版・七罪ログ」が先だったという証言が食い違っている。どちらが正しいかは、当時の印刷版の現物が確認できないため要検討とされている[22]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『倫理をログにする試み(第1巻)』港都出版, 2001.
- ^ 林田真澄『福祉現場の“罪の観測”』みなと総合研究所, 2004.
- ^ 佐伯由希『新・七つの大罪の作り方—暫定版資料の復元』東京学習会紀要, 第12巻第2号, pp. 33-58, 2006.
- ^ Margaret A. Thornton『Measuring Virtue in Consumer Habits』Oxford Civic Press, Vol. 8, No. 1, pp. 101-139, 2010.
- ^ Katsuya Mori『The Sevenfold Index and Modern Moral Coaching』Journal of Behavioral Ethics, Vol. 3, No. 4, pp. 77-96, 2013.
- ^ 鈴木良太『道徳の数式化は可能か』日本社会計測学会, 第7巻第1号, pp. 1-24, 2015.
- ^ 田中眞理子『自治体研修における参照語彙の変遷』地方行政研究, 第21巻第3号, pp. 210-245, 2018.
- ^ Alina Petrova『Proxy-Morality and Self-Tracking Ethics』Cambridge Applied Sociology, Vol. 14, No. 2, pp. 9-41, 2016.
- ^ 内藤めぐみ『七罪整形会議の周辺—17名の配分表』神戸資料館年報, 2020.
- ^ (タイトル略)『新・七つの大罪(誤植訂正版)』架空大学出版局, 2002.
外部リンク
- 七罪ログ協会アーカイブ
- 倫理工学セミナー記録
- 行動指標ハンドブック(非公開代替)
- 自己監督プロジェクト掲示板
- 自治体研修資料の断片倉庫