新庄大監督
| 選手名/氏名 | 新庄 大監督 |
|---|---|
| 画像 | Shinjo_Daikan.jpg |
| 画像サイズ | 220px |
| 画像説明 | 通算200勝達成時の胴上げ写真(本人談) |
| 愛称 | 大監督(だいかん) |
| 生年月日 | 1990年9月17日 |
| 出身地 | 秋田県秋田市 |
| 身長 | 186 cm |
| 体重 | 92 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 17 |
| ポジション | 投手 |
| 所属チーム/クラブ | 東北クラウンベアーズ |
| 利き手/利き足 | 右投左打 |
| medaltemplates(メダル獲得歴) | [[2016年]] 日本野球機構最優秀投手、[[2012年]] ベストナイン(投手)、[[2009年]] 世界U-18優勝(投手最年少勝利記録) |
新庄 大監督(しんじょう だいかんとく、[[1990年]]〈[[平成]]2年〉[[9月17日]] - )は、[[秋田県]][[秋田市]]出身の[[プロ野球]]選手([[投手]])。右投左打。[[日本野球機構]]の[[東北クラウンベアーズ]]所属。[[2008年]]の[[第19回世界U-18野球選手権]]では優勝を挙げ、[[2016年]]には[[最優秀投手]]として[[MVP]]に選ばれた[1]。
経歴[編集]
新庄 大監督は[[秋田市]]の学童クラブ「[[北星タイガース]]」で肩を作り、[[2006年]]に[[秋田県立秋田工業高等学校]]へ入学したとされる。当時、同校の野球部は「投手は監督が決める」ルールを掲げていたが、本人はそれを文字どおり信じ、練習メニューを“監督の指示”としてノートに転記したという。なお、本人の初の公式投球は[[2007年]]春季予選の初戦であり、1回表に四球を出した直後に球数を数え直し、同回内で再計算したという逸話が残っている[2]。
プロ入り前は、[[2008年]]の[[第19回世界U-18野球選手権]]に選出され、予選で合計球数を“1試合あたり78球”に収束させたことで注目を集めたとされる。特に決勝戦では、先発として4回までで投球数をちょうど312球に抑えたと記録されているが、当時の公式記録表にある312という数字が、なぜか会場の照明番号(312)と一致していたため、選手会で「照明に支配された」という冗談が広まった[3]。翌[[2009年]]に完全勝利を果たし、[[2020年]]のインタビューでも「勝ったのはスピードではなく“合図のタイミング”だった」と繰り返している。
[[2010年]]の[[プロ野球ドラフト会議]]では[[東北クラウンベアーズ]]から単独指名を受け、入団交渉の席で「背番号17は“監督の星”です」と述べたことで話題になった。結果として背番号17が与えられ、入団直後の春季キャンプでは“体重92.0kg”を毎朝測定し、誤差0.2kg以内を目標に掲げたとされる。本人のこだわりが功を奏し、同年の一軍初登板は開幕12日目で、初回に三者連続空振りを記録し、以後は先発ローテーションの軸となった。
代表経歴としては、[[2016年]]に[[日本代表]]として[[国際大会]]へ選出され、準決勝で逆転を呼ぶ同点中継ぎを務めたほか、決勝では“投球間の沈黙”を守る打線指示で勝利に貢献したとされる。この指示は後にチーム内の合言葉として残り、ファンの間では「大監督は言葉より無言が速い」と評された[4]。
選手としての特徴[編集]
新庄 大監督の投球は、いわゆるストレートと変化球の“比率”を戦術として売りにした点が特徴とされる。本人は試合前に相手打者の打撃フォームを0.5秒ごとに区切って観察し、そこから「最初の1球目だけは必ず低めから入る」と定義していたという。実際、球種配分は“ストレート41%、カットボール27%、スライダー22%、サークルチェンジ10%”と公表されていたが、シーズン中に10%の部分が入れ替わることもあったため、首脳陣は「彼は配合表を守るのではなく、配合表が彼を守っている」と説明している[5]。
また、左打ちの打撃が話題になった。投手としては珍しく、打席では“無音バント”のようなスタイルを採用し、球を見ずに打席を整える時間を最適化したとされる。記者が「何を見ているのですか」と問うと、本人は「球です」と答えつつ、実際にはベンチの時計を見ていたという“ズレ”が後に暴露された。この矛盾が、ファンの間で「大監督の統計は嘘をつくためにある」と受け取られ、SNSでも反響を呼んだ。
さらに、投球フォームは球界で“監督型”と呼ばれる独特の構造を持つとされる。右腕を出す際に、投げる前の一瞬だけ捕手へ小さくうなずき、その角度を自身の指導書(通称『監督角度帳』)で管理していたという。角度は毎回“ちょうど12度”と説明されていたが、本人が後年に「12度は体感で、正確には測れていない」と発言したことで、かえって伝説化した[6]。
人物[編集]
人物面では、試合外の“指揮”が前面に出る選手として知られている。試合前のベンチでは、同僚が練習メニューを聞きに来ると、本人は答える前に必ずチームのホワイトボードを消し、書き直したうえで「君の前回の球速は“思っているより2km/h遅い”」と断言したという。本人が“数字で人を動かす”タイプだったため、投手陣だけでなく内野手まで記録を持ち寄る習慣が広まった。
細かいエピソードとして、[[2013年]]の交流戦で登板予定が雨で流れた際、本人はブルペンに入らず、代わりにロッカールームの床タイルを数え始めたとされる。記者が驚いて「どうして数えるのですか」と聞くと、「守備の失策は足場の“偶数”で決まる」と答えた。結局、その試合でチームは守備ミスが0に抑えられ、以後、クラウンベアーズは公式練習の前にタイル数を確認する“儀式”を続けた。もっとも、タイル数が偶数だった試合はたまたま多かったとも指摘されている[7]。
また、ファン対応でも“監督感”が強かった。ファンサービスのサインは通常の丸サインではなく、本人の名前の右側に小さな「◆」を添える方式で統一しており、ファンはそれを「監督マーク」と呼んだという。本人は「◆は交代の合図である」と説明したが、実際のルール上は何の意味もないため、後に制作会社がそのマークを再現した商品(Tシャツの装飾)を出したところ、一時的に“本物を持っている感”が転売マーケットにまで波及したとされる[8]。
このような振る舞いの背景には、育成時代の経験があるとされる。北星タイガースの監督だった[[渡辺精一郎]]は、選手のノートを整理する役として幼い本人を指名し、結果として「未来の自分へ説明する文章」を書く癖がついたという。のちに大監督は投手としてだけでなく“解説者のように語る選手”としても定着し、球場の空気を変える存在となった。
記録[編集]
タイトル面では、最優秀投手として[[2016年]]に選出されたほか、同年には先発として[[MVP]]を獲得したとされる。通算の目安として、プロ入り10年目にあたる[[2019年]]終了時点で勝利数がちょうど120勝に到達していたという記録があるが、当時の公式サイト更新タイミングが翌朝であったため、「更新直前に“キリ番”へ調整されたのでは」と半ば冗談じみた議論も生まれた[9]。
表彰としては、[[2012年]]に[[ベストナイン]](投手)を受賞し、[[2014年]]には球団創設記念の特別賞「クラウン・スピン賞」を受賞したとされる。クラウン・スピン賞はリーグ公式の表彰ではなく、当時の球団社長が「回転の美しさ」に点数を付ける独自企画として導入したものだったが、ファン投票で盛り上がり、結果として“称号”として根付いた。
代表歴では、[[第24回]]国際大会で日本代表に選出され、予選で防御率1.38を記録したとされる。さらに個人記録として、シーズン最多奪三振ではないものの、奪三振と四球の差が“+57”という数値に収束したことが評価された。本人は「三振は派手、四球は地味。差は人格である」と述べ、以後インタビューの常連フレーズとなった[10]。
個人記録の一例として、[[2017年]][[8月]]の対戦で“連続イニングにおける被安打0本”を8イニング続け、観客が勝手に“八封印”と名付けたとされる。ただし、公式には別の内訳(守備指標含む)が用いられていたため、厳密性は低いとも指摘されている(ただし本人はその曖昧さを好んだ)[11]。
出演[編集]
テレビ番組では、バラエティ枠の『[[無言ブルペン]]』に[[2018年]]から出演している。番組では毎回、スタジオにブルペン風のセットを組み、司会者が素人打者として打席に立つが、大監督は投げずに「捕手の合図」を再現するだけで勝負をつける企画があったとされる。視聴者からは「投げないのに当たってる感じがする」と評され、結果としてネット上で“監督メソッド”という言葉が流行した。
CM出演では、[[2016年]]にスポーツ飲料メーカー「[[北湖飲料工業]]」の広告に起用された。コピーは「数字で勝つ、無言で守る」であり、映像では本人が汗を拭く回数をカウントし、その回数が“毎回6回”になるよう編集されたと報じられた。ただし、撮影回数が増えたために現場は「6回縛りは編集の都合」と言われており、本人だけが真面目に守っていたという[12]。
そのほか、球団公式のYouTubeチャンネルでは「監督角度帳の解読」というショート企画が展開され、ファンが角度を定規で測ろうとする行動まで起きた。測定方法が過剰に広まったため、球団は一度「安全のため家庭で定規を振り回さないでください」という注意書きを出したとされるが、注意の文章が誤字だらけで話題になった[13]。
著書[編集]
著書としては『[[監督角度帳]]』([[2019年]]、[[東北文庫]])が知られている。内容は投球理論だけでなく、メモの取り方、会話の間(ま)の作り方、そして“勝敗のあとに残る沈黙”の扱い方が章立てされているとされる。同書の帯には「投げ方ではなく語り方を矯正する」と書かれており、読者の間では投手ファンに限らずビジネス書としても読まれたという。
続編として『[[沈黙の回転比]]』([[2021年]]、[[秋田出版]])が刊行された。こちらは変化球の比率を論じる体裁だが、実際には“練習中にどの順番で数えるか”が中心で、理工系の読者が「統計学の誤用」と批判した一方で、心に響いたという反応が多かった。なお、著者の謝辞にだけ[[渡辺精一郎]]と[[東北クラウンベアーズ]]の広報担当が列挙されており、なぜか編集者名がないことが話題になった[14]。
背番号[編集]
背番号はキャリアを通じて“17”が主に用いられたとされる。プロ入り直後に付与された番号であり、本人は「17は勝つための数」ではなく「17は“指示を忘れないための数”」と説明したという。さらに、入団会見で「背番号は将来の監督になる人のためにある」と冗談めかして語り、その後に球団の社内掲示物まで“17”に寄せられた。
なお、登録上の背番号が一時的に変更されたとする記録も存在し、[[2012年]]前半だけ“27”で出場したという噂がある。ただし公式戦の出場記録と一致しないため、球団が公式に訂正したという経緯が指摘されている。本人はこの件について「27は練習用、17は試合用」と述べたが、試合で27を見せた覚えはないという声もあり、誕生秘話はやや伝説化している[15]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田所玲『沈黙の回転比:新庄大監督の統計的朗読』東北文庫, 2019.
- ^ Miles K. Hargrove『Pitching as Narrative: The “Angle” Method in Japanese Baseball』Journal of Sports Semiotics, Vol.12 No.3, pp.41-63, 2020.
- ^ 佐伯正人『クラウンベアーズ黄金期の裏側』秋田出版, 2018.
- ^ Lee Min-jae『U-18勝利の計量心理学:球数312の謎』International Review of Youth Sport, Vol.7 No.1, pp.11-29, 2011.
- ^ 渡辺圭子『野球における合図の時間設計』スポーツ・テクノロジー研究会, 第5巻第2号, pp.98-117, 2016.
- ^ 新庄大監督『監督角度帳』東北文庫, 2019.
- ^ 林田雄一『プロ入り後の体重管理とパフォーマンス』日本スポーツ計量学会紀要, Vol.24 No.4, pp.203-219, 2017.
- ^ Matsuda Tomoaki『Fan Culture and the “◆” Mark in NPB』Baseball & Media Studies, Vol.3 No.2, pp.77-92, 2022.
- ^ 北湖飲料工業『広告制作記録集:数字で勝つ、無言で守る』北湖飲料工業広報部, 2016.
- ^ 山城香澄『投球フォームの角度は再現できるか(改訂版)』運動力学ジャーナル, 第9巻第1号, pp.5-22, 2021.
外部リンク
- 東北クラウンベアーズ公式プロフィール
- 無言ブルペン特設ページ
- 監督角度帳 公式サポート
- クラウン・スピン賞 アーカイブ
- 北星タイガース 記録室