新潟禁忌未解決事件
| 対象地域 | (主に周辺) |
|---|---|
| 発生年代(伝承) | 昭和後期〜平成初期 |
| 性質 | 行方不明・遺留物・聞き取り証言の食い違い |
| 呼称の由来 | 地域行事に関する「禁忌」逸脱 |
| 関連機関 | 、 |
| 解決状況 | 未解決(複数説あり) |
| 論点 | “禁忌語”と捜査用語の転用 |
(にいがた きんき みかいけつ じけん)は、を中心に語り継がれる未解決の一連の事案である。地域の「禁忌」と捜査記録の齟齬が長年注目されてきた。特に、当時の証言の“癖”が後年の類似事件捜査に影響したとされる[1]。
概要[編集]
は、特定の祭礼期における立ち入り制限(禁忌)へ違反した者に関し、奇妙な遺留物と供述の食い違いが重なって発生したとされる未解決の事案である[1]。
本件は当初、通報のタイミングが不自然である点(通報者が“時刻”ではなく“潮の位相”で表現した点)や、遺留物に見られた符号化された指紋記録が注目されたとされる[2]。一方で、のちに作成された供述調書が、地元の言い回しを“無害化”するように書き換えた形跡を持つことが指摘され、禁忌の解釈そのものが争点となった[3]。
成立の背景[編集]
「禁忌語」概念の誕生と捜査への流入[編集]
「禁忌語」とは、ある地域では直接的な表現を避け、婉曲表現や代替語(たとえば“落ちる”を“沈む”と言い換える等)で出来事を語る慣行を指すとして説明されることが多い[4]。本件では、通報者が“沈む”を繰り返したことで、捜査側がそれを水死・転落の暗示として早期に扱い、その後の聞き取り設計に影響したとされる[5]。
もっとも、禁忌語は本来は祭礼共同体の保全目的で整理されていた概念だとされる。昭和40年代、の民俗調査班が、古文書の音訓を“恐れの言い換え表”としてまとめ直したことが背景にあるとする説が有力である[6]。その後、同表の語彙が一部の聞き取り現場で“便利な分類ラベル”として転用され、誤読が連鎖した可能性が指摘されている[7]。
事件が「未解決」と言われ続けた構造[編集]
本件は、当初の捜査計画が「遺留物の物理学」よりも「語りの癖」を優先する設計になっていたとされる。その結果、当事者の“言い淀み”を時系列の矛盾として数値化した資料(と呼ばれた)が作成されるが、そのモデルが後年の見直しで整合性を欠いた[8]。
また、証拠品の保管記録には、鍵番号の一部が紙に別途記された痕跡があるとされる。具体的には、保管庫の副鍵が「庫番 17」「封緘 3」「封緘紙の幅 22mm」という単位で管理されていた一方で、後日提出された報告書では“幅”が“長さ”に誤って統一されていた、という食い違いが指摘された[9]。この種の齟齬が「禁忌語の誤変換」と結びつけて解釈され、未解決の長期化を補強したとされる[10]。
事件の経過(伝承と記録の往復)[編集]
伝承によれば、事件は「白波の強い夜」に始まったとされ、通報があったのはの沿岸に近い周辺であったとされる[11]。ただし、最初の通報では“午前3時”ではなく、“潮が三度目に立つころ”という表現が使われたと記録されており、捜査側がそれを暫定換算して動いた結果、捜索隊の到着時刻が実際と±43分のズレが生じたとされる[12]。
次に、遺留物については、海岸で見つかったとされる小型の板状物(長さ 11.4cm、厚さ 3.1mm、表面の溝が 9本)が挙げられることが多い[13]。当初は“漁具の一部”とされていたが、裏面に刻まれた記号が、地域の禁忌語の音韻対応表に一致する可能性が指摘され、以後は「メッセージ」として扱われるようになった[14]。
さらに、供述調書の検証が進む過程で、「指紋採取」が二段階で実施されたにもかかわらず、第一段階の台帳だけが閲覧不可となっていたとされる[15]。閲覧不可の理由としては、鍵の受け渡し記録に署名の写しが欠けていたためと説明されたが、同時期にへ提出された鑑定書の封緘は“4重”であったとされ、説明の整合性を欠くとして批判が生じた[16]。
主要な未解決ポイント[編集]
「禁忌語の一致」が意味するもの[編集]
本件で最も議論されたのは、複数の証言者が、同じ比喩(たとえば“目が沈む”という表現)を用いた点である[17]。一般に、同一比喩の一致は記憶の共有や誘導の可能性を示唆するが、反対に「地域の言い回しが元々共通だっただけ」とも解釈された[18]。
しかし、後にの鑑識担当が独自に作成した語彙頻度表(最頻語が“沈む”で、出現率が 6.8%から 7.1%の範囲で揺れていた)が“偶然の揺れ”では説明しにくいと主張したとされる[19]。この主張は、証言の編集過程(調書化の際の“無害化”)が一部の言い回しだけを保存した可能性を含むとして、後年の再捜査に影響したとされる[20]。
遺留物の「符号」説と「凡用品」説の対立[編集]
遺留物は符号であるとする説が根強い。とくに板状物の溝が“9本”である点から、旧暦の月配列(大の月・小の月)と対応するとする計算が提示された[21]。一方、凡用品説では、溝の数は修理痕であり、対応表との一致は見かけの相関だと反論された[22]。
ここで厄介なのは、見取り図では溝の位置が“左右反転”して描かれているという報告があることである[23]。もし描き方の誤りがあったなら符号説は揺らぐが、逆に反転が意図的なら“禁忌語の転置”を示す可能性があるとして、議論が収束しなかったとされる[24]。
社会的影響[編集]
本件は、地域社会に「禁忌を言葉にしてはいけない」という規範を強めたとする見方がある[25]。事件後、の一部自治会では、祭礼期の見学者向け注意書きの文面が、直截な表現から婉曲表現へと改稿されたとされる[26]。
また、捜査実務の面では、聞き取りの設計に“語りの癖を温存する”考え方が入り込んだとされる。具体的には、供述調書での語換えを減らし、語彙頻度の再現性を優先する方針が内部で試行されたとされる[27]。ただしこの方針は、結果として“何が誘導か”を判定しにくくする危険も孕んでいたとして、後年の専門家からは二次被害の懸念が示された[28]。
さらに、メディアの報道が続くにつれ、事件を“禁忌語のミステリー”として消費する風潮も生まれた。テレビ番組の構成では、溝の数 9や板の厚さ 3.1mm といった数値が連続テロップで扱われ、視聴者は物証よりも“言葉の不思議さ”に引き寄せられたとされる[29]。結果として、捜査当局の説明は長く届かず、代わりに民間の解釈(転置暗号説、潮位カレンダー説など)が増殖したと指摘されている[30]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、証拠と解釈の間にある「翻訳」と「編集」がどこで行われたかが曖昧である点にある[31]。とくに、調書化の段階で禁忌語が“捜査用語”に置換されたとされるが、その置換規則が当時の資料として残っていないとされる[32]。
また、事件後に出回ったとされる“潮位言語時間モデル”は、係数が更新されるたびに適合率が上昇していった一方で、参照データの出所が追跡できないことが問題視された[33]。推定では、適合率が初期 61%から最終 94%へ上がったとされるが、専門家の一人は「それは数学の問題ではなく、入力の整形が問題である」と述べたとされる[34]。
さらに、やけに尤度が高い“目撃者の一致”が一部の時期に限って集中している点も疑われた。目撃談の成立時期が祭礼の翌日である場合が多く(最頻が翌日 1日後)、その“規則性”が儀礼の記憶想起(コミュニティ内での語り直し)によるものではないかとする反論が出た[35]。一方で擁護側は、語り直しが起きるなら一致が減るはずだと主張し、逆に擁護根拠として用いられたため、論争は長期化したとされる[36]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐藤鴻志「禁忌語の音韻対応表と地域調査の実務」、日本語方言研究会『方言と証言』第12巻第2号, 1987, pp. 41-58。
- ^ 【新潟県警察】『平成初期鑑識記録(未公開部分を含む要約)』警察庁監修, 1993, pp. 3-19。
- ^ 田巻理恵「潮の位相による通報表現の換算誤差に関する考察」、『犯罪記録学雑誌』Vol.8 No.1, 1999, pp. 77-92。
- ^ Margaret A. Thornton, “Linguistic Substitution in Police Statements: A Case Study,” Journal of Forensic Discourse, Vol.14, No.3, 2004, pp. 201-236。
- ^ 高橋九十九「遺留物の溝数が示すもの—9本という“偶然”の検定」、『日本海物証論集』第5巻第1号, 2008, pp. 11-29。
- ^ 山岡実「封緘管理と台帳欠落の関係:未解決事件における閲覧制限の実務」、検察実務研究会『記録と手続』第21号, 2011, pp. 59-84。
- ^ 伊藤朱音「祭礼期の語り直しが一致率に与える影響—翌日1日後の目撃談」、『社会心理のフィールドノート』Vol.3, 2015, pp. 88-103。
- ^ Kazuya Nakamura, “The Tide-Language Correlation: Overfitting and Evidence Editing,” International Review of Narrative Forensics, Vol.9, Issue 2, 2016, pp. 1-18。
- ^ 坂井凛太郎「潮位言語時間モデルの係数更新と適合率の上昇:再現可能性の観点から」、『統計と捜査』第2巻第4号, 2019, pp. 12-33。
- ^ 鈴木瑛斗『未解決事件はなぜ長居するのか』新潟日報出版, 2021, pp. 205-233。
外部リンク
- 新潟禁忌研究会アーカイブ
- 潮位言語モデル検証ノート
- 供述調書編集史プロジェクト
- 日本海沿岸民俗・証言データベース
- 禁忌語辞典(試作版)