新言語秩序
| 名称 | 新言語秩序 |
|---|---|
| 英語名 | New Linguistic Order |
| 略称 | NLO |
| 成立 | 1948年頃 |
| 中心地 | 東京都・京都市 |
| 関連機関 | 文部省言語整備局、帝都音韻研究会 |
| 主唱者 | 佐伯冬馬、マーガレット・A・ソーン |
| 主題 | 表記統一、敬語階梯、音節配分 |
| 影響 | 教育行政、放送、観光案内、官報文体 |
新言語秩序(しんげんごちつじょ、英: New Linguistic Order)は、中葉にの官庁街との研究会を中心として形成された、言語の表記・発音・敬語運用を統合管理しようとする思想および制度群である。しばしばの極北として語られ、通称「NLO」とも呼ばれる[1]。
概要[編集]
新言語秩序は、において言語を国家的インフラとして再設計しようとした一連の構想を指す。表向きには読み書きの簡便化と相互理解の促進を掲げたが、実際には「誰が、どの語彙を、どの敬語で話すべきか」を行政的に整理する試みであったとされる[2]。
この思想は、にの臨時会議で草案が作成され、のアナウンス表現、の教科書、の案内放送へと断続的に浸透した。もっとも、当初の計画はきわめて野心的で、全国の駅名・人名・外来語に三段階の「音韻格」を付与する構想まで含んでいたという[3]。
成立の経緯[編集]
起源については諸説あるが、最も有力なのは、の終戦直後にで開かれた「国語再編懇談会」において、古典文法の再評価と放送言語の統一が偶然同席したことに始まるとする説である。ここで者の佐伯冬馬が、配給伝票の誤読率が高いことを根拠に「表記を政治ではなく配列の問題として扱うべきである」と主張したと伝えられている[4]。
その後、にの旧逓信省分室で「新言語秩序準備委員会」が設置された。委員には、音声学者の、漢字整理で知られる、そしてなぜか鉄道時刻表の編集経験者であるが参加した。田沼は後年、『言語とは駅であり、句読点は乗換である』と述べたとされ、この一節が運動の非公式標語になった[5]。
理念と制度[編集]
音韻格制度[編集]
新言語秩序の中核は、語を発音の明瞭度と社会距離に応じてからに分類する音韻格制度である。A格は官報・放送・校長挨拶に限定され、D格は市場・屋台・家庭内叱責に用いるものとされた。実際には規定が複雑すぎて、1953年の試行校では児童の87.4%が「こんにちは」をどの格で発音すべきか判断できなかったという[6]。
敬語階梯[編集]
敬語については、相手との関係を単なる上下ではなく、時間軸を含む三次元構造として扱う「敬語階梯」が導入された。これは、過去の恩義・現在の職位・未来の利害を加算して語尾を決める方式であり、の試験アナウンサーが一文を読み終えるまでに平均14.2秒を要したと記録されている。なお、同制度は一部の地方新聞に「文末破産」と呼ばれた[7]。
表記統合[編集]
表記統合では、漢字・かな・ローマ字を一文内で役割分担させる案が採用された。たとえば固有名詞は漢字、感情語はかな、工業製品はローマ字で書くことが推奨され、版の試案では『東京でcoffeeを飲むのは、生活の近代化である』といった文例が示されている。ただし実務上は、請願書と恋愛小説の区別がつきにくくなるという副作用が指摘された[8]。
拡大と社会実装[編集]
新言語秩序は、まずにおいて実験導入された。特にとの二校で試験的に採用され、朝礼の号令、日誌、保健室の申告書にまで適用範囲が広げられた。1957年の調査では、導入後に作文の平均語数が18%減少した一方、教師の赤入れ回数は32%増加したとされる[9]。
また、はニュース原稿の「感情語濃度」を下げるため、NLO準拠の句読点配置を採用した。これにより、台風速報の読み上げ速度は安定したが、視聴者アンケートでは「落ち着きすぎて怖い」という回答が増えた。観光行政でも、とが案内板の多言語化に代えて「単語の階層表示」を試み、結果として外国人旅行者が最も戸惑ったのは英語ではなく日本語の括弧の多さだったという[10]。
批判と論争[編集]
批判は当初から多く、特に言語社会研究班は「言語を秩序化すればするほど、逸脱が新しい階級を生む」と指摘した。また作家のは、『新言語秩序は、話しやすさを増す代わりに、言い淀みの美徳を奪う』と雑誌『文芸潮流』で批判している[11]。
一方で、官庁側は「秩序化の目的は統制ではなく誤解の減少である」と説明したが、実際には各省庁で解釈が異なり、は駅名の平易化を重視し、は税目の読み上げ精度を重視し、は作文用紙のマス目を増やすことに執着した。この不一致は、1958年の『省庁間語彙調整会議』を招いた最大の要因とされる。
衰退と遺産[編集]
新言語秩序は前後を境に急速に熱を失った。理由としては、制度が複雑すぎて運用コストが高かったこと、そして実際には人々が規則を守らずとも会話が成立してしまったことが挙げられる。1966年の内部報告書では、制度維持費が「都内中規模図書館14館分」に相当すると試算され、財政当局の不興を買った[12]。
ただし、その遺産は消滅していない。現在のの口調、行政文書の見出し語、さらには一部のコールセンターにおける定型応答の長さには、NLOの影響が残るとされる。また、言語学史の分野では、同運動は「失敗した制度設計」であると同時に、「話し言葉を国家計画の対象とみなした最初期の大規模実験」として再評価されている。
主要人物[編集]
佐伯冬馬[編集]
は国語学者であり、運動の理論的支柱とみなされている。彼は文体を「社会の歩幅」と呼び、敬語を踏み外すことは靴紐を結ばずに国会へ入るようなものだと比喩した。もっとも、私生活では極端にくだけた手紙を書く人物だったとされ、この落差が弟子たちの困惑を招いた[13]。
マーガレット・A・ソーン[編集]
は米国出身の音声学者で、での研究を経て日本に招かれた。彼女は子音の連結規則を日本語教育へ移植しようとして、東京の小学校で『rの反転現象』を提唱したが、児童からは「先生の英語のほうが難しい」と返されたという逸話が残る。
田沼省三[編集]
田沼省三は鉄道時刻表の編集者から転じた制度設計者である。彼の担当は句読点と改行の配置で、会議では常に鉛筆を時刻表のように縦に並べていたとされる。後年、彼が作成した「読点の乗換案内」は一部の官庁で秘かに愛用された。
脚注[編集]
[1] 山川久代『戦後言語行政史序説』東洋文化出版社, 1978年, pp. 41-44. [2] Peter L. Hargrove, “Administrative Syntax and Postwar Japan,” Journal of East Asian Bureaucratic Studies, Vol. 12, No. 3, 1984, pp. 201-229. [3] 文化言語研究会編『新言語秩序試案集』霞関書房, 1951年. [4] 佐伯冬馬「配給伝票と国語再編」『国語研究』第18巻第2号, 1947年, pp. 9-17. [5] 田沼省三『句読点は乗換である』帝都出版, 1960年. [6] “Pilot Schools and the A-Grade Speech Project,” The Kyoto Review of Applied Linguistics, Vol. 7, No. 1, 1954, pp. 55-63. [7] 中村静雄『敬語階梯の理論と実際』明倫館, 1958年, pp. 88-91. [8] 「表記統合小委員会議事録」『官報語彙資料』第4号, 1956年, pp. 2-12. [9] 東京都教育研究所『NLO導入校実態調査報告書』1958年. [10] Akiko R. Bennett, “Tourism Signs and Linguistic Order in Mid-Century Japan,” Pacific Urban Semiotics, Vol. 5, No. 4, 1991, pp. 77-102. [11] 三条真理「秩序化される口語」『文芸潮流』第31巻第6号, 1959年, pp. 15-20. [12] 大蔵省臨時調査局『新言語秩序維持費算定メモ』1966年, pp. 1-3. [13] 岡本礼子『佐伯冬馬書簡集』私家版, 2002年, pp. 112-118.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山川久代『戦後言語行政史序説』東洋文化出版社, 1978年.
- ^ 佐伯冬馬「配給伝票と国語再編」『国語研究』第18巻第2号, 1947年, pp. 9-17.
- ^ 文化言語研究会編『新言語秩序試案集』霞関書房, 1951年.
- ^ 中村静雄『敬語階梯の理論と実際』明倫館, 1958年.
- ^ 田沼省三『句読点は乗換である』帝都出版, 1960年.
- ^ 大蔵省臨時調査局『新言語秩序維持費算定メモ』1966年.
- ^ Peter L. Hargrove, “Administrative Syntax and Postwar Japan,” Journal of East Asian Bureaucratic Studies, Vol. 12, No. 3, 1984, pp. 201-229.
- ^ Akiko R. Bennett, “Tourism Signs and Linguistic Order in Mid-Century Japan,” Pacific Urban Semiotics, Vol. 5, No. 4, 1991, pp. 77-102.
- ^ 京都言語文化学会編『新日本語の音韻格』南鴎社, 1972年.
- ^ 岡本礼子『佐伯冬馬書簡集』私家版, 2002年.
外部リンク
- 国立言語秩序資料館
- 帝都音韻研究会アーカイブ
- 戦後表記改革デジタル年表
- 新言語秩序研究フォーラム
- 官報文体保存会