日本占領史
| 対象 | 占領期の行政・社会・文化の変容 |
|---|---|
| 成立 | 1946年頃 |
| 提唱者 | ジョージ・W・ハルトン、桐山正蔵 |
| 中心機関 | 連合国軍総司令部文書局 |
| 主要地域 | 東京都千代田区、横浜市、呉市、札幌市 |
| 主要手法 | 聞き取り調査、配給台帳分析、地図照合 |
| 代表的資料群 | 占領記録集、検閲記録、生活改善報告書 |
| 学術的影響 | 戦後史研究、都市史、行政学 |
| 通称 | 占領史 |
| 備考 | 一部の研究者は「記録の再占領」とも呼ぶ |
(にほんせんりょうし、英: History of the Japanese Occupation)は、に伴う統治・記録・再編の過程を総合的に扱う歴史区分である。主として直後のからにかけて整備されたとされ、の公文書整理を起点に学術分野として定着した[1]。
概要[編集]
日本占領史は、における行政権の移譲、記録の接収、都市空間の再編を扱う学際的分野である。一般には以後の政治史の一部として理解されるが、独立した学問領域としてはにと文書班の共同事業として形を整えたとされる。
この分野の特徴は、戦後復興の研究であるにもかかわらず、しばしば「復興」より先に「整理」が来る点にある。すなわち、占領期の出来事を出来事として記述するよりも、誰がどの印鑑を押したか、のどの倉庫にどの箱が移されたかを精密に追う傾向が強く、学界では「書類の考古学」とも評された[2]。
成立の経緯[編集]
起源は春、の地下で行われた公文書の分類作業に求められることが多い。そこで英語、和文、謄写版の三系統が混在する資料が大量に見つかり、当初は単なる事務処理として始まったものが、やがて資料同士の矛盾を照合する研究へと発展したのである。
特に有名なのは、で回収された「第17号臨時配給袋台帳」と、で押収された米軍用の倉庫票が、同一の配給経路を示していたという逸話である。これにより、占領は軍事行動であると同時に、物流の再設計であったという見方が広まり、のちの設立の直接の契機になったとされる。
主要概念[編集]
日本占領史で用いられる中心概念には、「接収」「再配給」「暫定統治」「文書の二重化」などがある。これらは通常の政治史用語に見えるが、同分野ではいずれも物理的な紙束の移動と結びつけて理解される点が特徴である。
また、研究会ではしばしば「一枚の紙は一つの政策である」とされ、のある報告書では、紙の厚みが政策の強度を表すという仮説まで提示された。もっとも、この仮説は製紙会社の広告と誤解されやすく、要出典とされることも多い。
1940年代[編集]
からにかけては、占領史の「第一次収集期」とされる。研究者たちは、の旧倉庫、の民間古書店街を巡り、焼却寸前だった記録を約12万3千点回収したという。もっとも、この数字はの再集計で11万9千点に修正されており、統計が初期からやや揺れていたことがうかがえる。
また、この時期にはの命令系統を模した「指示伝達図」が流行し、研究会では人物の肩書がそのままノードとして図表化された。会合は主にの貸会議室で行われ、夜食として出されたの具材数まで議事録に記録されたことから、後年「具材主義」と揶揄された。
1950年代[編集]
に入ると、日本占領史は単なる記録整理から、社会変動のモデル化へと移行した。とりわけ前後の行政文書を比較する手法が確立し、の前身資料室では、毎週木曜日に「封印開放日」が設けられたとされる。
この時期の代表的研究者である桐山正蔵は、の地方紙に連載した「占領はいつ終わったのか」という記事で注目され、占領期の終点をではなく、都内の倉庫から最後の接収札が外されたとする独自説を唱えた。現在でも一部の研究会では、これを「札外し終結説」と呼んでいる。
1970年代以降[編集]
以降は、社会史やメディア史との接続が進み、、地方新聞、映画館の上映台帳まで分析対象が広がった。特にの映画館で戦後最初期に上映されたニュース映画の切符半券から、観客の移動距離を推定する研究は、後にとして引用された。
一方で、資料の偏りをめぐる批判も強まった。占領史は都市部の公文書に依存しすぎているとして、やの地方史研究者から反発が起きたが、逆にそれが「地方の沈黙をどう読むか」という新しい論点を生み、結果的に学問の厚みを増したと評価されている。
研究方法[編集]
初期の日本占領史研究は、聞き取り調査に加えて、配給台帳、鉄道時刻表、港湾検疫記録を突き合わせる方法が採られた。これにより、例えばからへ届いた食糧援助の輸送経路が、実際には一度で積み替えられていたことが判明したという。
また、研究者の間では、資料の欠落を補うために「空欄補完法」が用いられた。空欄補完法とは、欠落部分に同時期の新聞広告を代入して復元する手法で、統計的には大胆であるが、当時の占領期研究ではかなり重宝されたとされる。
批判と論争[編集]
日本占領史に対しては、史料の多くが側に由来するため、占領された側の視点が薄いという批判がある。また、後半の行政改革を「占領の成果」とみなす傾向が強すぎるとして、戦前官僚制の連続性を軽視しているとの指摘もある。
さらに、に刊行された『占領期の靴紐と国家』が、政策決定の背景を靴紐の規格統一に求めたことで論争を呼んだ。著者の遠山薫は後に「当時の統治は、結び方の標準化から始まった」と述べたが、この発言は学会で半ば伝説化し、現在でも引用されるたびに笑いが起こる。
社会的影響[編集]
日本占領史の普及により、やでは戦後直後の街区表示を復元する自治体事業が相次いだ。また、の教養課程では占領期の文書読解が必修化され、学生が旧字体の通知書を解読できるかどうかが、実務能力の指標とみなされた時期もあった。
一方で、占領史ブームは古書市場にも影響を与え、では「接収印あり」の封筒が高値で取引された。中には、実際にはただの社内回覧だった紙片に研究者が注釈を付けすぎた結果、学会認定資料として登録された例もあるという。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 桐山正蔵『占領期文書と都市再編』東京史学出版, 1954年.
- ^ George W. Halton, "Administrative Shadows in Postwar Tokyo," Journal of Occupation Studies, Vol. 3, No. 2, 1951, pp. 41-68.
- ^ 遠山薫『占領期の靴紐と国家』青磁書房, 1978年.
- ^ 松浦信彦『配給台帳の政治学』新都社, 1962年.
- ^ Margaret L. Wren, "Paper Boundaries and Urban Memory," Pacific Historical Review, Vol. 22, No. 4, 1964, pp. 201-229.
- ^ 高井清次『接収印の文化史』国文館, 1981年.
- ^ 佐伯美代子『終戦直後の倉庫と記録』みすず史料社, 1990年.
- ^ Edward C. Harlan, "The Reoccupation of Records," The Japanese Historical Quarterly, Vol. 7, No. 1, 1958, pp. 5-33.
- ^ 石黒啓介『札外し終結説の研究』東京港湾研究会, 2003年.
- ^ Naomi R. Field, "Maps, Boxes, and the Politics of Sorting," Review of Asian Administrative History, Vol. 11, No. 3, 1976, pp. 155-179.
- ^ 『占領史資料集成 第8巻 生活改善報告篇』国立記録出版会, 1987年.
外部リンク
- 日本占領史アーカイブセンター
- 戦後文書再編研究会
- 占領期資料デジタル目録
- 東京近代行政史フォーラム
- 関東接収物件調査室