日本排泄語彙学会
| 正式名称 | 日本排泄語彙学会 |
|---|---|
| 略称 | 排語学会 |
| 設立 | 1958年 |
| 設立地 | 東京都文京区 |
| 分野 | 語彙学・社会言語学・衛生史 |
| 会員数 | 1,284名(2023年時点) |
| 機関誌 | 『排語年報』 |
| 本部 | 東京都千代田区神田駿河台 |
| 初代会長 | 渡辺精一郎 |
| 標語 | 語を整え、痕を残さず |
日本排泄語彙学会(にほんはいせつごいがっかい、英: Japanese Society of Excretive Lexicography)は、におけるに関する語彙、隠語、婉曲表現、ならびにそれらの社会的変遷を研究する学術団体である。にで設立されたとされ、後にの周辺分野としても扱われた[1]。
概要[編集]
日本排泄語彙学会は、日常会話における・・・などの直接表現と、それを避けるために生まれた婉曲語、方言語、業界隠語を収集・分類する団体である。学術的にはとの境界領域に位置づけられるが、実務上は公共施設の案内表示や学校教育における語感調整にも関与してきたとされる[2]。
同学会は、戦後の公衆衛生行政の再編とともに発足したという説が有力である。もっとも、創設の契機となったのは夏ので発生した「上り便所事件」と呼ばれる出来事で、駅員が案内板に書いた三種類の語が旅客の混乱を招き、結果として言い換え表現の体系的整理が必要になったとされる。この逸話は初期の会報にのみ見られ、裏付けが薄いことから、現在でも要出典扱いである[3]。
歴史[編集]
前史と設立[編集]
前史は20年代の言語学教室に求められることが多い。特にが、地方紙に掲載された投書欄から排泄関連語を3,412語採集し、それを「直示語」「緩和語」「隠蔽語」「誤認防止語」の四群に分けた草稿が、学会創設の原型になったとされる[4]。
、本郷の貸会議室で第一回準備会が開かれ、参加者は17名であったという。うち4名はからの招待、2名は国語教育関係者、残る11名は「便所の改称運動」に関わる自治体職員だったと記録されている。ただし、名簿の多くがイニシャル表記で、編集者の間では「実在したのか不明な会議」とも呼ばれている。
設立総会では、学会名を「日本排泄語彙研究会」とする案も出たが、会長に選出された渡辺が「研究会では予算が通りにくい」と発言し、より硬質な「学会」に落ち着いたという。この発言は後年の座談会記録で紹介されたものであるが、あまりに官僚的であるため、しばしば創作ではないかと疑われている。
機関誌と分類体系[編集]
に創刊された機関誌『』は、当初は年1回発行であったが、語彙資料の急増によりから年2回発行となった。誌面では、排泄を直接指す語を避けるための「婉曲度指数」が導入され、語ごとに0.0から9.8までの数値が付与された。たとえば「お手洗い」は2.1、「ご不浄」は4.7、「さる所」は8.9とされた[5]。
この指数は厳密な統計に見えて、実際には編集委員5名の合議で決まることが多かった。とりわけ方言の「はばかり」は、当初6.0とされたが、関西支部から「便意の切迫度を過小評価している」と抗議があり、翌年7.3へ修正された。この修正は学術的に珍しくないが、同学会では唯一、語義ではなく“切迫感”が改訂理由になった例として有名である。
また、に発表された『全国排泄語彙分布地図』では、からまでの語形差が緻密に示された。もっとも、地図の凡例に「便所の神聖化地域」という区分が存在し、だけが濃い紫で塗られていたため、学界外では装丁の妙味ばかりが注目された。
社会的影響[編集]
同学会の活動は、公共広告や学校教材にも影響した。特にのと共同制作した『やさしい表示の手引き』では、「トイレ」「化粧室」「お手洗い」を施設格で使い分ける案が採用され、の一部商業施設で試行された。これにより、商業ビルの案内表示が妙に丁寧になり、エレベーター内で「三階は化粧室の階です」と流れる例が現れた[6]。
一方で、語彙保護の名目で収集された隠語が、逆に若年層の流行語として拡散する問題も生じた。には、会報で提案された「静脈放出」という語がインターネット掲示板で一人歩きし、意味不明のまま歌詞やサークル内の合言葉に転用された。学会は翌年、これを「語の自走」と定義して報告したが、実際には編集部が流行を歓迎していた節がある。
なお、同学会は自治体の災害対応にも関わったとされる。後には避難所のトイレ案内に関する提言書を出し、の仮設トイレでは「使用中」を意味する赤札の代わりに青い札を使う方式を推奨した。これは衛生上の実用性よりも「心理的羞恥の軽減」を重視した設計であり、賛否が分かれた。
主要人物[編集]
初代会長のは、元々は系統の国語教育者で、排泄語の研究を「日常生活における最後の未整理領域」と呼んだ人物である。彼は会議で必ず茶碗を三回回してから発言したため、後進からは内容より所作を記憶されている。
第二代理事長のは、女性言語学者として初めて同学会の分類委員長を務めた人物で、便器の形状と呼称の相関を調査した論文で知られる。彼女が発表した「洋式化に伴う語彙の沈静化」という仮説は、現在でも一部の研究者に支持されているが、実地調査の対象が主に百貨店の女子トイレであったため、一般化には慎重である。
また、の方言学者は、会員の中でもっとも多くの現地調査を行ったとされ、からまでの便所呼称を徒歩と夜行列車で集めたという逸話が残る。もっとも、彼の調査ノートには飲食店の領収書が多く挟まれており、旅費の使途をめぐって一度だけ理事会で追及された。
研究方法[編集]
同学会の方法論は、聞き取り調査、駅舎観察、学校便りの収集、ならびに公共施設の掲示撮影から成る。特に「発話の前後2秒間に見られる視線の逸らし」を重要指標とする点が特徴で、これを同学会では「羞避反応」と呼ぶ[7]。
調査票は全48問で構成され、最後の3問だけが極端に細かい。例えば「便所という語をいつから口にしなくなったか」「幼少期、親からどの婉曲語を受け継いだか」「最も気まずかった案内表示は何か」などである。なお、回答者の約12%が「家では『あそこ』としか言わない」と記述し、研究者を困惑させた。
以降は、SNS上の言い換えも調査対象に加わった。これにより「トイレ」の代替語として「白い個室」「席を外す場所」などが採集されたが、同学会はうち27語を「語彙として不安定」と判定した。なかでも「第2休憩所」は、実際には駅ナカ店舗の名称と誤認された事例が多く、分類不能群として別冊に回された。
批判と論争[編集]
同学会は、排泄語を過度に収集することでかえって羞恥を再生産しているとの批判を受けてきた。とりわけの朝刊に掲載された投書「なぜトイレを言い換える必要があるのか」は、学会内部で大きな議論を呼んだ[8]。
また、分類の細かさが過剰であるとの指摘もある。『排語年報』第31巻第2号では、「お花を摘みに行く」「席を外す」「ちょっと失礼」が別系統に分類されたが、外部の日本語学者からは「語用論の限界を試す遊びに見える」と評された。これに対し、学会は「婉曲語の差異こそ社会階層を映す」と反論している。
さらに、には、学会が商標登録をめぐって内の清掃用品メーカーと争った。争点は、便器洗浄剤の商品説明に「語を洗う」という表現が使われたことであった。裁判所は最終的に学会側の主張を退けたが、判決文の中で「学術用語としての比喩は広義に保護されない」と述べたことが、言語学界では妙に引用されている。
脚注[編集]
[1] 設立年と設立地については、初期会報『排語年報』創刊号所収の年表に基づくとされる。 [2] 学会の学際性については、後年の記念誌で強調されたが、当時の活動実態は必ずしも一致しない。 [3] 上野駅での事件は、同学会史の中でもっとも有名な逸話であるが、駅務日誌への記載は確認されていない。 [4] 渡辺精一郎の採集語数は、遺稿集では3,412語、追補版では3,487語とされ、版ごとの差がある。 [5] 婉曲度指数は、1980年代の編集委員会メモでは「試験的尺度」とされている。 [6] この手引きの一部は、自治体向けに再編集され、現在も改訂版が流通しているとされる。 [7] 羞避反応の定義は学会内でも揺れがあり、心理学的指標との整合性は十分ではない。 [8] 当該投書の署名は匿名であり、実際の投稿者は特定されていない。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『排泄語彙の社会史』日本言語学会出版部, 1961.
- ^ 佐伯みどり「洋式化と婉曲語の沈静化」『社会言語学研究』Vol.14, No.2, 1978, pp. 113-129.
- ^ 高橋善次『日本方言における便所呼称の分布』三省堂, 1983.
- ^ Japanese Society of Excretive Lexicography, Proceedings of the 12th Annual Symposium on Hygienic Lexemes, Vol.12, 1970, pp. 1-84.
- ^ 内藤久子「羞避反応の測定と掲示表現」『国語と生活』第22巻第4号, 1991, pp. 44-58.
- ^ 渡辺精一郎・佐伯みどり 編『排語年報 総索引』明治書院, 1994.
- ^ A. Thornton, 'Euphemism in Public Sanitation Signage', Journal of Applied Lexicography, Vol.8, No.1, 2002, pp. 9-31.
- ^ 田島和雄『都市空間と排泄のことば』岩波書店, 2008.
- ^ M. K. Elwood, 'The Quiet Room Problem in Japanese Stations', Linguistic Urban Studies, Vol.19, No.3, 2014, pp. 201-226.
- ^ 日本排泄語彙学会 編『やさしい表示の手引き 改訂新版』ぎょうせい, 2017.
- ^ 北村玲子「語を洗う——商標訴訟にみる学術比喩」『法と語彙』第6巻第1号, 2019, pp. 77-93.
外部リンク
- 排語年報デジタルアーカイブ
- 日本排泄語彙学会 公式記録庫
- 全国婉曲語地図プロジェクト
- 便所呼称史研究センター
- やさしい表示推進協議会